何がリアルで何がフェイクか Season2
天上 杏
第1話 SUNRISE TO SUNSET(SUNSET TO SUNRISE)
Pay money To my Painの映画“SUNRISE TO SUNSET”を見てきた。
これを機に、ずっと言葉にすることができずにいた想いを書こうと思う。
Kとはどんなボーカリストだったか。私はこう答える。
“you”と自分自身に向けて問いかける歌手だった、と。
Kの書く詞は自己分裂している。
“you”は昔の恥ずかしい自分だったり、思わず目を背けたくなる弱い自分だったりする。Kの歌を聴くと、鏡の中の自分を奮い立たせたり、和解しようと手を伸ばしたりしているみたいだと思う。
「Pay money To my Pain聞いたことないんすか? なるべく早く聞いた方がいいっすよ」と音楽仲間に言われたのがきっかけだった。確か2010年頃。初めて聞いたアルバムはAnother day comes。すぐにドハマリした。
PTPの音楽が本当に好きだった。私はメタルが好きだから。
KORN、LINKIN PARK、Deftones、SlipKnot……海外のニューメタルの影響を存分に匂わせながら独自のヘヴィネスを奏でる彼らの音楽を、私は愛していた。
初めて生で聴いた曲はThis Life。比喩でも何でもなくステージに後光が差していた。Weight of my prideのウォールオブデスは最高に楽しかった。“When you fall into the ground, what do you see?”という歌詞は私の人生の通奏低音だ。Same as you are。Kの“you”は自分を指しているとか言ってみたけれど、流石にこれは恋人かそれに準ずる人に語り掛けたリリック。私は、Kに対して思っていた。あなたは私と似ている、私と同じだ、と。
Kは本当に仲間思いで、サマソニのFACTのライブ中、舞台袖で一緒に能面をかぶって踊っていたのを覚えている。終わった後「FACT最高!」とか何度も絶叫していた。それから他のライブで、ステージに突っ伏して「幸せになりてえよ」みたいなことを呟いていたのも覚えている。私はそれを見てすごく不穏な気分になったのだった。誰かがKを守ってくれますように、と祈る気持ちだった。私はただのファンで、観客席から名前を叫ぶくらいしかできないから。Kのタトゥーが増えていくのが嫌だった。彼は全力で、襲い掛かる現実に抗っているように見えた。
Kの歌は自己言及であり自己批判であり、自傷行為。彼は歌うことで自分を奮い立たせ、自分を傷付けていた。どちらかだけというのはできないのだ。私には分かる。音楽は自分を癒し、自分を食い破る。私が歌えなくなった時期とKの精神が不安定になり出した時期は、見事にかぶっていた。私が抗鬱剤と睡眠薬に頼っていた時、Kも同じだった(ということを当時私は何となく察していて、その直感が正しかったことを今日映画を見て知った)。
ツアー中止を知った時は正直ホッとした。Kは明らかに精神不安定に見えたから、休むのがいいと素直に思った。でも、まさか死ぬとは思わなかった。
私を支配する強迫観念はこうだ。Kは音楽に殺されたのだ、と。
今日映画を見るまで十年間、私はずっとそう思っていた。
私はKの死を受け入れていなかった。彼は今もどこかで生きているとか、みんなの心の中にいるとかそういう話ではなく、Kの死を知らずにいた時間の延長線上を生きている──つまりは現実逃避し続けている──十年間ずっと、そんな気持ちだった。
映画を見て、私はどう変わったか。止まっていた時計は進んだか。
はっきり言う。分からない。
全く変わっていないかもしれないし、全然進んでいないかもしれない。
明確に分かったことはただ一つ。
Kはもういないのだということ。本当に、どこにもいないのだと。
Kは私の生きる世界から消えてしまった。
ただそれだけのことを受け入れるのに、十年かかった。
私は十年間死ななかった。あれだけもうこれ以上生きていたくはない、早く死にたいと思っていたはずなのに、色んな偶然が重なり、30歳を超え、子供を産み、ライブハウスからはほんの少し足が遠のき、来月で私は40歳になる。
いつの間にか、私は死にたいと思わなくなっていた。
Kの歌は今も私の心に、あの日と変わらず響く。
でも私は“you”と自分自身を責め、批判し、傷付けた日々からは、すっかり遠い場所に来てしまった。
これは感性の劣化なのだろうか? 私は老けた?
ねえ、K。私来月で40歳になるよ。Kの歳を越えて随分経つね。
私がKから受け取った言葉で一番好きなのは、“STAY REAL”。
REALで在り続けているか、常に己自身に問いかけろ──あれだけ好きだった言葉を、私は今日映画を見るまで完全に忘れていたよ。
あなたが死んでから、私は何篇か小説を書きました。
全くもって芳しい結果は出ていないけど、一つだけ言い切れるのは、Kの歌が無ければ私は小説を書けなかったということ。
とりわけ“氷上のシヴァ”は、ほとんどPTPの音楽を下地に書いたと言っても過言ではない。
私はこの小説を、Kがもし生きていて小説を書いたらこう書くだろう、というように書いた。
Kが歌にしていることを、私は小説で体現する──ずっとそう思っていた。
でも、そんなのはおかしいよね。
私はもう、Kのように書こうとするのはやめるよ。
私は私の小説を書く。
今書いている小説を完成させた時、私は自分の時計が止まってなどいなかったと、あなたは音楽に殺されたのではなかったと、私自身に証明する。
あなたが遺した穴は、空白は、何にも投影することなく、何をもってしても埋め合わせることなく、そのまま抱え続けて生きていく。
今日、スクリーンを通してもう一度会えたみたいで嬉しかった。
最後まで歌い続けてくれてありがとう。
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