抗えない

@baijia

第1話 前世


切られた傷口から溢れ出る血。毒で変色し、感覚が薄れていく体。


自分のものだとは思えない。



「エリシャ!」



7歳年下の少年が叫んでいる。



「殿下、私は大丈夫です。はやく転移の陣を使ってお逃げ下さい!」



一回しか使えない上に、一人しか転移できない高等魔術が刻まれた紙を使えば、殿下だけは遥か遠くの王都にも安全に戻せる。



「大丈夫なわけあるか! やっぱり俺も残って戦う!」


「騎士だからこれくらいは普通ですよ! だから大人しく逃げて下さい!! 貴方が死んだら、私は後ろ指を差されて生き続けなければならなくなる……」


「いたぞ!!」



遂に見つかってしまった。



「殿下! 急いでください! 貴方の剣の腕ではどうにもならないのです!!」


「お前を見捨てることなんて……」



この状況でぐだぐだと話し出す殿下に被せるように言った。



「王と王妃を……姉を、頼みます」



責任感の強い殿下のことだ。頼むと言われれば、きっと断れないだろう。

それにもう追手が迫っている。


殿下は案の定、苦いものを噛み潰したような顔で「分かった」と答えてくれた。


近づいて来た敵にナイフを投げる。


そこからはもう話す暇は無かった。


時間稼ぎに集中し、多少の切り傷には目を瞑って相手を切り倒していく。



(私はここで死ぬんだろう)



女だけど剣を好きになり、剣と共に生きてこれた。それだけで充分幸せだった。

このまま剣と共に栄誉ある死を迎えられるのなら本望ではないか。



(そろそろいいかな?)



転移するのに充分な時間を稼ぎ切ったと思う。

後ろを向いて、崖の方に走る。


この状態では流石に生きられないのは分かっているから。だけど殺された証を敵にやりたくはなかった。


崖を飛び降りる直前で追いつかれ、背中を切り付けられて、谷底の川に落ちていった。



(こんな死に方はしたくなかったのに、最後の最後で切られるとか格好悪いな)



もし、この世に神様がいるのなら、人間を使って遊んでいるとしか思えない。



「神様なんて糞食らえだ」



その体は川に落ちる前に消えていた。



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