第7話 まわる
1
「なあ、クレア。今どこに向かってるんだ」
「とりあえず、隣町に向かっています」
「ふむ、何かあるのか」
ゆっくり道を進む馬車の中で話し声が聞こえる。
声の主は一人の少女と二人の生首である
「あの町の人達は、穴の暴走で困っている私達を助けてくれました。
あそこにはお世話になりましたから、挨拶して行きたいのです」
「へぇ。助けてくれたのか。珍しいな」
「ほう、穴が怖くないのか」
「いえ、穴を怖がって町に近づくことはありませんでした。しかし、何もかもがない状態で、支援物資が送られることには、感謝しているのです」
「そうだな。穴は恐ろしい。責めることはできんな」
「そろそろ見えてるはずです。ちょうど山の麓にある―あれは!」
「ちょっと待て。煙が上がってるぞ」
「助けに行くのか?危険だぞ」
「はい…。アレックス様、ヴァ―ル様、手を貸してください」
「孫から頼まれたのであれば断れんな」
「まったくだ。パパっと終わらせようぜ」
クレアは、祖父たちの答えに顔を綻ばせる。
「ありがとうございます。―馬を走らせるので、落ちないようにして下さい」
2
「これは酷いな」
「魔物が暴れたにしても、ここまでとは…」
「生きてる人がいるといいのですが」
一人の少女と二人の生首は、未だ火がくすぶる町の中を歩いていく。
「これは応援を呼ばねばなりませんね」
「安心するといい。我が使い魔で知らせに行っている」
「ありがとうございます」
クレアはヴァールに礼を言うが、その顔は険しいままだった。
「クレア。何か気になる事があるのか」
「はい。これは穴が暴走したときに似ています」
「穴があるのか?」
「少なくとも私は知りません」
クレアは周囲を観察しながら答える。
「ううむ。ということは最近誰かが持ち込んだのか」
「けど穴ってのはこうも暴走するものなのか?」
「いいや、適切に保管すればむしろ無害だ。我も暴走することがあるなど先日初めて聞いたくらいだ」
「そんなもんか。まあ穴が原因なら俺が食えばいいしな」
「あんな得体のしれないものよく食おうと思うな」
ヴァ―ルは呆れたようにアレックスを見る。
「腹の足しにはならんが、体の調子は良くなるぞ。一回食べてみればいい」
「…貴様ほど高い適正があるやつは、いないだろうな」
「待ってください。なにか聞こえませんか?」
クレアが二人の会話に割って入る。
耳を澄ますと人の声のようなものが聞こえる。
「助けを求めているものかも知れんな」
「はい、助けにいきましょう」
3
「ありがとうございます。クレア様」
クレアは、足の怪我で動けなくなっていた人を回復魔法で治癒していた。
「ところで、その、そこのリビングヘッドは大丈夫なのでしょうか」
男はアレックスとヴァールを見ながら尋ねる。
「ご安心下さい。リビングヘッドではなく、ただの生首です」
「ただの生首…。違いが分かりませんが、まあクレア様が言うなら大丈夫なのでしょう」
「何があったのですか?」
男は目を伏せる。
「突然魔族が空からやってきたんです。
それでその魔族が、
『どうやったかは知らないが、穴を制御したようだな。
魔族と人間と一緒に暮らすヤツらが生意気な。
だが私は心が広い。
寛大な私が貴様らにまたプレゼントだ』
といって取り出した黒い点に魔法をかけたと思ったら、黒いモヤのが勢いよく噴き出したんです」
「まただと!」
「生首がしゃべった!?」
ヴァ―ルが叫んだことに驚き、男が逃げようとする。
「大丈夫ですよ。無害な生首です」
男は、ハアと息を吐く。
「ところで他の方はどこにいるか分かりますか?」
「はい。えっと、この辺りにいた人たちは、あっちの大きな建物のほうに。
オレは吹き飛ばされて動けなくなっちゃったんですけど、みんな必死だったんで、気づかれずそのまま置いて行かれちゃったんです」
「分かりました。そろそろ動けますか」
「あ、はい。ありがとうございます」
男は足の調子を確かめながら、ゆっくりと立ち上がる。
「そこに案内してもらえますか?ほかに怪我人がいるかも。アレックス様とヴァ―ル様は穴をお願いします」
「いや、俺だけでいい。おい、その魔族がもってきた黒い点はどこだ」
「えっ。こっちも喋った!?えっと、向こうに行くと広場があるのでそこです」
「分かった。こっちで何とかしよう。ヴァ―ルはクレアを護衛してくれ」
「一人で大丈夫なのか?」
「ああ、食うだけだからな。問題ない」
4
そのあと町からの応援が到着し、本格的な救助活動が始まった。
穴もアレックスが飲み込み、これ以上被害が拡大することはない。
クレアは町から来た回復術士と一緒に怪我人を治療していた。
二人の生首ができるような事はの残っていないだろう。
「…今回来た魔族、多分間違えてこの町に来たな。この町の住民はいい迷惑だろう」
「おそらくな。またと言っていたから、例の魔族の可能性は高い」
「住民に聞いたのだが、西のほうに飛び去ったそうだ」
「それを俺に言ってどうする」
「決まっておろう。娘の仇を討つ」
「いいな。最近暴れてないからな。丁度いい」
「暴れると言えば、避難場所で暴れていた奴もいたそうなんだが、我らが到着する前におとなしくなったらしい」
ヴァ―ルの言葉にアレックスは言わんとしていることを考える。
「つまり―
俺が穴を食ったから、治ったって言いたいのか?」
「多分な。そうすると、ここに来た魔族がなぜ穴に変化が分かったかが説明できる」
「なるほどねぇ」
アレックスは納得したように声を上げる。
「じゃあ、今その魔族は苦しみから解放されたってことか」
「そういうことになる」
「へぇ。そいつは許せねぇな。ちゃんと苦しんでもらわないと」
「ああ。自分がしたことは、回りまわって自分のもとに帰ってくることを教えてやろうではないか」
二人の生首はぐふふと、低い声で笑う。
そこに通りかかった救助隊の人間が聞いて、ビクッとする。
その笑い声が、元町長達のものだと分かると、安心したように走り去っていく。
「しかし、救助の人間たちは熱心なものだ。貴様が穴を食ったとは言え、怖くないのか」
「それは、ここの住人たちに助けてもらったからですよ」
いつの間にか近くまでやってきたクレアが答える。
「離れて大丈夫なのか」
「魔力を使いすぎちゃって…。休めって言われちゃいました」
「かなり疲れているようだ。無理しすぎだな。言われた通り休むといい」
「…はい」
クレアは生首たちの間に座る。
「この街の人たちには、たくさん助けられました」
「ああ、そんなことも言ってたな」
「だから、今度は私たちの番が回ってきた、ということなんです」
クレアは誇らしそうに笑う。
その様子を見て二人の生首はにんまり笑う。
「ほう、だが実行できる奴はなかなかいない。誉めてやろう」
「まったくだ。立派な孫を持ててオレは嬉しい」
二人の祖父から、褒められて恥ずかしそうに笑うクレアなのだった。
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