フリーズ

@rabbit090

第1話 桐谷むぎ

 いつもより、時間が少しだけ長く感じている。

 それはきっと、あなたの傍にいるからなのだろう。

 「別れて。」

 静かに言ったつもりだったのに、彼は冷静な顔を作って、私に問いかけた。

 「何で?俺、なんかした?お前、不満があるの。なら、言えばいいのに。」

 そうだ、その通りだ。ていうか、私もそう思う。

 なぜ私はいつも、大事なことを避けるのだろうか、それが、大きな問題を引き起こしていることだって分かっているのに。


 中学校の帰り道、しずかは私の顔を見ていた。

 「何か付いてる?」

 「いや。」

 私は、学校が好きだった。

 学校は仲間がいて、楽しくて、私は、私には拒絶する理由が一つも見当たらなかった。 

 けど、閑は学校を嫌っていた。

 私には理解できなかった。

 しかし、幼稚園の頃から一緒に学校に通い続けている閑を見ていれば、確かに嫌になるのかもしれない、とは思っていた。

 私は、閑のことが好きだった。けど、閑はどこかずれていて、だから面白いように周囲とうまくやっていくことができなかった。

 いつも、ボタンを一つだけ掛け違えたような状態が続いていて、仲がいいからこそ、閑の辛さが分かって、もどかしかった。

 「ねえ、あのさ。」

 「うん。」

 だから、私は許していた。

 閑が、中学校に入った頃から、周囲とうまくやるために、私のことをダシに使っていたとしても、気にしないように努めていた。

 しかし、しばらくすると私のありもしない悪口を、吹聴されていた友人たちは、私から離れて行った。

 一番辛辣だったのは、裏切り者、と泣き叫ばれたことだった。

 その子が言うには、私がその子の私物を盗んだという事だったが、身に覚えがなかった。

 そして、多分それを盗んだのは閑だと思う。

 悪いけれど、その頃の静かには最早、正常という言葉は無かった。

 私は、だから学校を辞めた。

 行かなくなった、そして、高校に行くこともなく、アルバイトを始めた。

 周囲との関係が断たれた中、私は、バイト先で夫と出会った。

 彼は、とても穏やかな大人だった。

 年齢は20個も上だった。けど、大好きだったから。

 私はその人に恋をした瞬間に、人生をすべて、救われたような心地を覚えた。


 なのに、

 「もう、耐えられないから。」

 「だから、分かったよ、もういいよ、でもお前、一人でやっていけるのかよ。」

 優しかった夫は、もういない。

 私は、人を信用することができない。

 私は、だから、いつも、全てがダメになってしまうのだろうか。

 泣く気すらしなかった。

 私は、さっさと家を出て、外の風にあたって、それで。

 頭の中では考えが浮かぶのに、体が動かない。

 ああ、もうどうすればいいの。

 けど、分からない。

 そして、夫はそんな私を目にした瞬間に、いつも抱きしめてくれるのだった。

 だからやっぱり私には分からない。

 なぜ、私を追い詰めて、助けて、追い詰めて、何なの?

 多分、私はこの先も一生、人を、誰かを、信じることはできないのだろうと、悟っていた。

 

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