君が描く理想郷

@torahituzi

外道国家の御坊

「終わりだ・・・」

 武装した軍団を前に、黒マントを肩に掛けた騎馬武者が睨みつける・・・。短髪の上に杯を返したような冠を着けた、眉と髭の濃い中年で、着物に鎧を被せた武将風の男だ。

 対峙する武装団を率いるは、銀甲冑の女騎士。裸馬に跨るその姿は古代重装歩兵のそれだが、胸から上と肩周りは白い肌が露出している。

「あんたには、そう見えたか?」平然とした横目で見る彼女。そこに迫る・・・、マントをたなびかせた人影。

 高い金属音を響かせ、武将と女騎士の剣刃がぶつかる。

「策とでも言うか!」

「陥ったこの窮地が」という武将の咆哮と共に、

 両将の率いた軍団も激突。彼の言うように、女の側は川を背にして逃げられない状況にある・・・。

 鍔競り合い越しに、しかめっ面の男は続ける。

「お前達は、野戦に敗れた・・・」

 この少し前、森や山に囲まれた平野にて合戦が行われていた・・・。

 敗れ林道を逃げる女将達は、行く先々で林から飛びだした伏兵に襲撃され、それらに追い立てられながら・・・、

「ここに・・・」

「追い詰められたのだ!」

 黒き武将が切り払い、銀装の彼女を弾き飛ばす。

 飛ばされても馬は何とか踏ん張ったが、その上で体勢を崩している彼女。

 前傾姿勢で、青い毛を扇状に並べた頭飾りの付いた兜を支える、その首元に・・・、

「殺った!」と刃が届こうとする。

 これを剣で受け止めた、重装の騎兵。人馬共に銀色の鎧で堅めた兵士が、両将の間に割って入る。それを確認することもなく、

下を向いたままの不敵な女、

「でもこっちは・・・」

「誰も諦めていないぞ」

 その声と共に、周りに銀鎧の重装騎兵団が守りについた。

 一歩退いた黒衣の騎手。

「むしろこの背水の状況・・・」

「死に物狂いに戦う鬼となって、戦況を覆すだろう」

 彼に向けて銀兜から狂気の形相を覗かせた騎兵達が襲い来る。

「それが策なら・・・」

 殺意を冷静に見る男は、肘を曲げて手を挙げる。

「浅はか・・・」

 彼の率いた軍団の後ろから、無数の旗が上がる。

 それらが左右に別れ、軍団の両脇を進んで、黒将のいる前線までくると、

 軍旗を携えた騎兵隊が現れ、敵を圧倒する数で立ち並ぶ・・・。

「この増援を加えた物量で・・・」

「休む間も与えず攻め続ければ・・・」黒マントをたなびかせながら、開いた手を前にやった武将、

「如何なる強兵も、いずれ疲れ果て、力尽きる・・・」彼の合図と声と共に、迫り来る銀騎兵へ、増援の騎兵と様々な武装をした彼の軍団兵が応戦しようと動く。

(この増援で・・・)その激突しそうな様子を見ながら武将は、

(本拠が手薄に・・・)何か心配事があるようだ・・・。 

 この戦いの勝敗は、黒将と銀将、どちらかが討たれるか、捕らえられるかで決する。ただ領地を守らなければならない黒将の側は、ある拠点を奪われても敗北となる。それが、世界のルール。そしてその拠点が、今の戦場から遠くに見える森の中に、白い壁と天守(ダンジョン)を覗かせた、この城である。

「危ういが・・・」(仕方ない!)

(奴を討ち取れるチャンスは、今しかない)

(今しか・・・)物思いにふけていた馬上の武将・・・。その眼前に、

 馬を駆り後ろに青いスカートをたなびかせた女騎士が今にも斬りかかろうと迫る。

「その焦りが・・・」

「あんたの敗因」

 彼女の刃を幅広の刀身で受けた男は、馬の突進力が伴ったその一太刀に弾き飛ばされ、落馬。受け身を取り、起ち上がろうとする彼の前に、女将の剣先が突きつけられる。

「どういうことだ?」

「大軍をかからせたのに、どうして敵がここまで?」

「兵達は何をしていた?」戦場を見ると、

 数で圧倒していたはずの味方は、所々で敵に押し込まれ、ただただ受けに回ることしかできていない。中には戦意を失い、立ち尽くしている者までいる。

「なぜこんなに士気が低い?」

 汗を流し動じている武将に、馬上から銀の彼女が「ふん」と顎をしゃくり後ろを向くよう促すと、

 遠くに見える先の城から、煙が上がっている・・・。

「城が、落ちたのか!?」驚愕する男。

「馬鹿な!」

 握った両手で地面の土草を叩き、

「どこにそんな戦力が!」

 低い姿勢で下を向いている。その頭の上から、

「潰走兵だ・・・」

 銀の敵将が教えてくれる・・・。

「あんたは、合戦に敗れ逃げ散ったこっちの兵を、ひとり一人追って殺さなかっただろ」

「そいつらを気の利く副将に集めてもらって・・・」

「あの手薄な城を攻撃させた」

 城壁の上、銀色の旗の下、同色の仮面兜を被った将軍とボロボロの潰走兵が立つ。

「そうか・・・」とゆっくり上げた髭面は、平静としてどこか穏やかな様子になっている。

「“本命”にこだわるあまり視野が狭くなって、遊軍リスクを見逃していたか・・・」

「そんな状態で、致命的な隙を見せてしまうとは・・・」「やはり」

「焦っていたということか・・・」

 胡座をかいた男は、また俯いている。

「焦るのも、無理はない」

 剣を納めた銀騎士。

「もうすぐ“受験”だしな」

 そう敗者を見下ろした。

「なぜそれを!」と驚いた黒将の頭上、

「覇道将軍」という文字が浮かんでいる。

 同じように「銀の乙女リタ」と頭にある彼女。

「当然調べてる・・・」

「敵アバターの中にいる、人間の情報くらい」

 厳つい武将を向こうで操る、本体を動揺させる。

「だから・・・」

「今回合戦に応じた訳か」未だ下を向いたままの“覇道将軍”。

「ああ・・・」と“リタ”のほうは他所を見ている。

「幾らあんたが、優秀な戦術家でも・・・」

「迫り来る“現実リアル”に追われ、焦っていれば・・・」

「隙ができるような危険な賭でも、やるしか無くなるだろ」馬腹を蹴る銀のグリーブ。

「思惑通りに、まんまとか・・・」屈した男を尻目に銀将はもう、城のほうへ馬を進めている。

 広く露出させた白い背中で、振り向いた彼女は、

「城の奴らと合流するぞ」

 後ろの仲間を、森の緑に白く映えた城へと、促した・・・。


 城壁を越えて中を覗くと、

「やったな!“リタ”殿」

 彼女らを、銀兜率いる敗走兵の一団が出迎えている。

「これで今シーズンの覇者は、俺らで決まりだ」

 兵士達の歓声の中、面の付いた銀兜から無精髭を覗かせた男。その頭上には、“銀兜”と表示されている。

「そうなるな」と周りと比べてテンションの低いリタ。

「偉業だぞ!これは・・・」

「何せ、参加者数億の頂点だからな」前に乗り出した彼、銀兜。同様に、城門前で指揮将らを囲む兵士達も、勝ち取ったその栄光に興奮している。

「うおおお!」「マジやばいわ!」「なんて栄光!」

「この栄光と興奮。エンディングを迎えて、二次元のなかだけで終わらせるのは、何とも味気ない・・・」場の熱気を見せるように両手を広げた銀兜。

「そこで、どうだろう・・・」

「皆で、この勝利を祝わないか?」

 手を前にやり、答えを促す。

「祝う?」女騎士の解らない顔に、

「オフ会だ」と補足する銀兜。

「居酒屋にでも、レストランにでも集まって祝勝会をしよう」と続けた彼の提案に、

「いいね。それ」「やろう。やろう」「賛成!」

 城門前が活気づく。上がる声の中・・・、

「なら・・・」

 静かだが耳に入ってくる、女指揮将の声・・・。

「俺ん家でやろう」

「広いから・・・」

 彼女は平然とした無表情で、口を開いた・・・。


 空を覆い陽光を遮った、濃く黒ずんだ水蒸気・・・。おぞましい斑点が浮かんだ魚の死骸が浮ぶ、脂ぎった池・・・。枯れ木や枯れ草しかない、動物の頭蓋が転がった荒野。そこには村のような、幾つかの民家が見えるが、どれも廃れて人の気配はない・・・。

 そこは、“穢レ国(けがれくに)”・・・。自然は死に絶え、人々の生活は壊された大地。

 その暗き絶望の中に、希望の如く輝く、大都市が見える・・・。

 都市に入ってすぐの大通り。その脇に敷かれた歩道で、横並びに立ち尽くした人々は、その都会の様子を見る・・・。

 スーツを来た人々が携帯用通信機で話しながら忙しそうに歩き、開放的でお洒落な服装をした若者達が騒ぎながら道を行き、二人の小さな子供と夫婦がテーマパークに行くような話を楽しそうに話している。誰もが誇りに満ち充実した人生を送っているように、輝いて見える。

 “輝く大通り”に見取れる、ダサい身なりでお洒落に興味がないようなオタク風の男達・・・。そんな彼らを、

「俺が・・・」

「“銀の乙女リタ”だ」天使の輪が取り巻いた球状の頭髪から、幾つか癖毛が反り返っている、少年が出迎えた・・・。



 ダラしない感じの少年は、紺色の学生服のような、胸や腰辺りにポケットの付いた上着で、その左胸には金色の太陽の形をしたボタンが輝いている。

「行くぞ」少年は横を向いて、

「こっちだ・・・」

「近道がある・・・」歩道の脇道を親指で指し、そちらへ入っていく。

 追って脇道に入ると、彼の進み行く先が妙に薄暗い。それでも、導かれるままついて行って、入り込んだ・・・、闇の中・・・、

 生気のない、薄く開いた瞳が、こちらを見ている。

 頭垢混ざりのボサボサ頭で、膝を抱える腕は鉄棒のように細い。ボロいTシャツに半ズボン姿の少年・・・。

 他にも・・・、割れたショーウィンドウの下でもたれかかる、斑に禿げ歯もボロボロな男。汚い路上の隅に段ボールを敷いて死んでいるように寝転がっている老人。廃車の後部座席で寄り添う、服の片肩が破けた母子の背。ドラム缶の焚き火に群がる、ボロ着の貧民達。空き地から、歩道や道路にまで溢れている、廃材の山。

 困窮と、暗き絶望に満ちた、もう一つの大通り。

「これは・・・」唖然とするオタク達。その中のひとり、豚鼻の小男は、思わず声を溢す。

「ん?」先導していた少年は、その立ち竦んだ様子に、

「どうした?此奴らがどうかしたのか?」

 不思議そうな顔を見せる。この悲惨な光景が日常であるかのように、平然と・・・。

(どうかしたかって・・・)思う小男。両隣にいる色白な優男と頬ニキビの小太りも、

(この惨状に、何も感じないのか?)(サイコパスって奴?)

 その場の雰囲気や少年の様子に、怖じ気づくばかり・・・。

「放といて、行くぞ」そう急かされても、客人達は足が動かない・・・。恐ろしげな貧民街をガンガン進んで離れていく、小さな背を見送る事しかできない・・・。そんな悠長にしている彼らへ、

「申し訳ないが・・・」と後ろから、掠れた声・・・。

「進んでいただけませんか。御客人方・・・」そこには、灰色の背広に紺のネクタイを締めた老人が立っている。白髪で片方だけ長い巻き毛の前髪が優雅な感じだが、腰に帯びた東洋風の刀剣と拳銃が物々しい雰囲気を漂わせる、老紳士・・・。そんな彼に促されて・・・、

 不安そうにお辞儀をした客人達は、前を行く少年に向かって駆け出す・・・。

 彼に追いついた所で・・・、

 足元が揺れるのを感じた、オタク達・・・。

 老紳士が追い越した横で、怯えた彼らが振り返ると、

 目を向けた汚く薄暗いビル群の向こうから、“震源”が近づいてきている・・・。巨大な何かが迫りくるように轟々と、その振動は大きくなり・・・、何が起こっているかが見えてくる。

 コンクリート製のビルが根元から砕かれ、足元を掬われるように倒壊している・・・。ビル群のすべてがそのように押し崩され・・・、その残骸が瓦礫の雪崩となって押し寄せる・・・。

 幸いにも、その様子を傍から安全に見れる位置にまで逃れることができている一行・・・。その一方で、

 周りにいた力なき貧民達は、為す術もなくこれに巻き込まれ、

 所々で押し流されながら瓦礫に挟まれ、押し潰されていく・・・。そんな凄惨な事態に、

 息を飲み、冷や汗をかく、平和な国から来たらしき客人達・・・。その横を通り過ぎる、招待者ホストの少年は、彼らの前に出て、

「区画整備か・・・」と、この状況を平然と見る・・・。

(整備?)その言葉に頭を傾げるオタク達が、その破壊を眺め続けていると・・・、

 瓦礫の後ろから、反り返った壁が迫ってくるのが見える。上部に迫出した牛の飾り物が見えるそれが、複数で横並びになって瓦礫を押しやっているようだ・・・。そして、

 “壁”が一行の前を通り過ぎると、それが“大盾”であることがわかる。車両の前面に備わった斜めがかった盾・・・。そんな装備の重機が隊列を組んで、ビル群を押し崩し、今瓦礫を押しやっている・・・。そこに生きる住民への配慮も一切なく・・・。

 そんな様子を見ながら、これを“区画整備”と呼んだ地元の少年は、

「聞いてたか?」隣を見やり尋ねる・・・。

「いえ、何も・・・」隣には、さっきの老紳士がいて、

「おそらく・・・、継母殿でしょう・・・」と推察・・・。

「邪魔な御身を狙って・・・」子供に敬語を使う彼がそう理由を話すと、

「あんたのほうだろ・・・」という、身分が高いらしい少年・・・。

「あの人からすれば、俺を担いであの手この手で権力と握ろうとする、あんたのほうが目障りだと思うけど・・・」との彼の推察。これに、

「それも、あり得ますね・・・」納得する、臣下らしい老紳士。それを他所に、

 この物騒な事態に興味を失くしたような少年は客人達のほうへ・・・。彼らの間を通り過ぎてから、

「みんな、行くぞ・・・。戻ってくるかもしれんし・・・」と一行を急かす・・・。

 その懸念に、区画整備の重機隊が向かったほうを気にしながら、慌てて駆け出すオタク風の客人達・・・。その後ろに灰色スーツの老臣も続いて、

 一行は再び見窄らしい大通りを行く・・・。

 しばらくして、コンクリート製の巨大な壁が彼らの前を塞ぐ・・・。歩道から反対側の歩道にかけて不自然に大通りを横断したそれだが・・・、先導する少年はこのドン付きで直角に曲がり、歩道のほうへ・・・。その歩道に面した商店の間には路地が見え、少年はその薄暗い奥へと入っていく・・・。入り組んだその路を進み、曲がり、“野垂れ死に”を跨ぎながら抜けていくと・・・、薄汚れた路は次第に明るくなって・・・、

 拓けた滑走路のような場所に出た・・・。

 その幅広い道路へはフェンスに阻まれて入れないようだが、少年はその障害物を破損した下の方からめくり上げ、屈み潜り込んで入っていく。遠くに、侵入者に備えるためであろう、武装した兵隊が見えるが、こちらに気づいても全く対処する様子はない。続いて客ら侵入しても、注意すらもしてこない。

 そうして何事もないまま滑走路を横切ると・・・、先に青々と茂る、庭園が見えてくる。一行はそこへ近づき、入り口らしき格子状の鉄門の前までやって来た。

「ここだ・・・。俺ん家・・・」少年は黒い門に手をかける。格子越しによく見ると・・・、

 人工の池や石畳の道がある庭園の向こうに、東洋風の建物が見える・・・。金色の瓦屋根が載った、箱型の建造物で・・・、

 鉄門を通り庭園を抜けて、近づいてみると・・・、

 幾つかの直方体で形作られたその白壁は、“家”というには余りにも高い・・・。それを見上げて、

「城か?」思わず溢したオタクの一人。無精髭でメガネの男が、

「君って?」尋ねるように 、こんなところに住んでいるという少年を見ると、

「そういえば・・・」

「名乗ってないな」玄関、焦げ茶色の大扉へ続く階段に片足をかけるその子・・・。

「ア=ルウペだ」

「この国を牛耳る・・・」

「独裁者の息子っていえばわかるか?」肩を退かせ指さす頭上・・・、

 黄金瓦を載せた白の箱型が幾つか重なった一番上、そこに建つ館の上に旗が揺らめいている。

 青地の全体に光線を飛び散らせた、輝ける金の太陽が描かれた、あの国旗・・・。

 ニュースでよく見る、巨大な自由資本主義国家に対しても不貞不貞しい駆け引きを仕掛けようとする、どこぞの小さな独裁国家のものだ。

小男「あの短足の太っちょ・・・」

優男「豚総統か・・・」

小太り「ムカつく世襲独裁者」

 ルウペと同じような軍国主義的な制服と、司令官が被るような帽子を身に着けた、まるまる太った、オッサンの国だ。

「酷い言われようだな・・・」半目のルウペ。

小男「ここはあのオッサンの家か」

優男「そういうことか」

小太り「だからこんなにデカいのか」

 高すぎる家を見上げる客人達。

(正しくは“家”兼“城”ですな・・・)一行を一歩引いたところで、さっきの側近らしき老紳士が見ている。

(ここは、国政が行われる“政府”でもある・・・)

 彼らが入ろうとしている、箱型が何重にも重なった建造物・・・。最上部にヘリポートの見えるそれは、堀の上を行く連絡通路を通じて、奥にある別の大きな建造物と繋がっている・・・。こちら側の重箱のような建物と比べて、広く場所を取ってはいるものの、背丈はそれの半分ほどしかない、巨大な多角形の厚板のような形のそれ・・・。これが、側近に言う“国政が執り行われる場所”なのだろうか・・・。

 それは置いておいて、手前にある高層の重箱・・・。“俺ん家”と呼ばれたこちらに入ろうと、焦げ茶色の入り口へ続く階段を上るルウペ一行・・・。

 その前で突然扉が開く。開いたのは大扉ではなく、その下のほう、左右の扉が接する辺りにある小戸。そこから、

「あら、お兄様」パーマのかかった白金の髪を揺らした、麗しい少女が現れる。

「後ろの“それ”は何?」黒い月の髪飾りを着けた彼女に、

 ルウペの後ろにいるオタク達が顔を赤らめ、見惚れている。

「これは友・・・」兄が彼らを紹介しようとすると、

「プレゼントね」幼い口が不気味に笑みを浮かべる。

「私のために用意してくれたのね」指の細い手が何かを催促するように開くと、後ろにいつの間にかいた、召使いらしきメイド服の女性が察して動き、

 その手に拳銃を手渡す・・・。

「“的”を」

 見開いたブラウンの瞳が、銃口を向けて狙う。

「いや、これは外国の友達で・・・」

 妹の殺意にも、日常のように平然としている兄。

「友達のはずないわ」

「私たち支配者にとって見れば下民なんてのは、富を築くための労働力か、弄んで楽しむ玩具でしかないの・・・」妹の銃口が、外来客らを見渡して、

「こんな風に・・・」笑みとともに、トリガーが引かれた。

 銃声はない・・・。大きな瞳が手元を見ると、

 拳銃が後部からトリガー上にかけて、バッサリと斜めに断ち切られている。その向こうには切断したと思しき剣先が太刀筋を描き、紫色の両刃剣が金属如き輝きを魅せている。

「教育係ごときがぁ!」少女が怒鳴りつける先、古代青銅剣のような様式をしたその剣を柔らかく握っているのは、少年の老側近。ルウペらの後ろに付いてきていた男が、いつの間にか彼女の隣にまで来ている。

「この国の人間ならば幾らでも・・・」

「弄んで頂いてかまいませんが・・・」上着の上から巻いたベルトと、紫の紐で括って結び付けられ垂れ下がった鞘へ、納刀する教育係。流し目で見ながら、

「彼らは異国からの客人。殺しては・・・」

「外交問題となります故」邪魔したことを謝るように、会釈する。

 不快そうに見る妹は、

「だから、何!」老紳士へ声を荒らげる。頭を上げながら彼、

「そうなれば・・・」

「御父上を困らせることになりますが・・・」静かにそう諭した。

 少女はぐうの音もでない・・・。茶色い大きな瞳で睨むばかりだ。

「ふんっ、何よ!」そっぷを向いて絹糸ような金髪が揺れる。

「御父様に言いつけてやるから!」小戸を開けたその、幼き顔には涙が滲んでいる。

 屋内に入り、ぶつぶつとつぶやきながら歩いていく彼女を見ながら、

「かわいいなぁ」

 ルウペは頬を赤らめてニヤついた。



「あの、野戦で負けたときは・・・」オタク風の優男の声が聞こえる、絵画や家具、豪勢な照明に飾られた部屋・・・、

優男「もうダメかと思ったが・・・」

小男「そう、そう」

小太り「でも、そこに・・・」

 真っ白なテーブルクロスを敷いた、食卓を中心にルウペや招待客達が食べながら話している。

小男「“銀兜”さんの鼓舞!」

優男「からの、大逆転だもんな」

 そうして話していると、場の注目は客の一人、無精髭でメガネの男に集まる。

「いやいや、あれは“リタ”さんが、敵を引き付けてくれたおかげで・・・」照れくさそうに後頭部をかいた彼は、横を向いて自分に集まった視線を、

 鳥足をしゃぶるルウペ少年へと向けさせようとする。その後ろでは、先の老側近が召使いらしき女性から耳打ちされて・・・、

 部屋を出て行くが・・・、それを見ていた銀兜へ、

優男「ご謙遜を」

小太り「あの機会チャンスを見逃さないだけでも、すごいですよ」

 オタク達が賞賛を続ける。

「照れくさい・・・」

「やめましょう、その話は」さっきと同様、照れる仕草を見せる男は、

「他の話をしましょう。例えば、別のゲームの・・・」

「皆さんは他にどんなゲームをするのですか?“リタ”さんとかは・・・」またも、ルウペに話を振る。

「ん?他にか・・・」受けて少年は席を立ち、

 後ろのドアへ歩いていく・・・。

「ゲームは寝床でやってんだ」

「そこで見せる」“ついて来い”と言わんばかりにそれを開けて、こちらへ振り返った・・・。


「聞いたぞ・・・」紺色スーツの警備兵らが両脇を守る大扉の向こうから声が聞こえる。両開き扉の裏から続く、

 紫のカーペット・・・、その上で跪く老紳士へ、

「ルウペの奴が、得体の知れぬ連中を連れ込んでるそうだな」野太い声が話している。

「はい。ネット友達だそうで・・・」長く特徴的な前髪を垂らした彼が頭を下げているのは、

 紺色制服の肥満男。オタク達が話していたこの国の独裁者であり、ルウペの父だ。その隣には、

「なんて軽率!」薄黄色の着物に蝶の柄の入った桃色の腰帯を巻いた、麗しき女性が寄り添っている。

「総統様の御命を狙う輩が、入り込むかもしれないのよ!」パーマのかかった白金の長い髪をした彼女の叱責に、

「仰るとおりで」巻き毛前髪を垂らした老人は申し訳なさそうに俯く。

 続けて美女は、風船のような男の体にもたれかかり、

「総統様。私は国の行く末が不安です・・・」それに顔を寄せる。

「かように不用心なあの子が、もし統治者になれば、たちまちつけ込まれ、この国は愚民や外国の野蛮人に奪われてしまいますよ」

 座布団のように床に置かれたクッション椅子の上で、それと同じくらいに柔らかな脂肪にスタイルの良い体を埋めて、

「それでも、聡明な総統様は・・・」真剣な、ブラウンの瞳で訴える。

「彼を“長子だから”と跡継ぎにしてしまわれるのでしょうか?」

 彼女の憂いを聞いて総統は、「う~ん」と唸ってから、

「“スェル”よ」跪いた老臣へ呼びかける。そして、

「余は“これ”の言う通り、妹のほうを後継者にしたいと思う」

 何も考えてないような虚ろな目と、間抜けに開いた口で、判断を下した。

「長子の教育官であるお前に、異論はあるか?」太った男は老スェルに確認する。

「いえ・・・」俯いたままの彼が答えると同時に、

「あるはずがございませんわ」美女が口を挟んできた。

「異論を唱える資格なんて無いもの」

「あれがああなったのは、他でもない、“教育係”であるこの方の責任でもありますからね」意地の悪い細めた目で、膝まづくばかりの老人を見る彼女は、

「むしろ・・・」畳みかけるように続ける。

「優れた総統様の血族を、あのように堕落させた大罪」

「この御老人にも、何らかのペナルティを科すべきでは?」

 悪意に満ちた美しい顔が、スェルに向けられている。

「そうだな・・・」総統はあっさり従う様子で、

「処遇については考えておく・・・」と。そして、

「追って知らせる故、下がっておれ」老臣を追っ払うように、その手を払った。

「はっ」スェルは立ち上がりながら、胸元に手のひらをつける、形式的な御辞儀をして・・・、

動揺も見えない静かな様子で、振り返り出口の扉へと進んでいく・・・。その後ろから、

(残念ね。身の程知らずの強欲爺・・・)白金の美女が見ている。

(あの愚かな長子を利用して、権力を握ろうとしてたみたいだけど・・・)

(その力は私の物!)

(独裁者の母となる、私の物になる!)

 影に覆われた瞳と、細い眉を吊り上げて、紅に染まった口角の右側を上げた、したり顔の彼女・・・。その心情を、

(残念ながら・・・)と灰色スーツの老人は背中で察する。そして、

(そう都合良くは、行かないでしょうな・・・)という心内・・・。

 一方、

 玄関の大扉前、ルウペが手を振り、客達を帰らせている・・・。

 帰って行くオタクの一人、“銀兜”こと無精髭のメガネ男が、耳に掛けたそれを取ると・・・、

 濃い陰に覆われた目、輝きのない瞳孔の開いた瞳、剃られた眉・・・、“城”を背に、髑髏のような形相が微笑んだ・・・。



 夜空に、爆音がこだます。

 所々で明かりが着いて照らされた“城”の、客人達を招き入れた高層の重箱部分、その最上階に見える割れた窓から硝煙が上がっている・・・。

「総統の寝室だ!」廊下を駆け、

 スーツ姿の警備兵達が着くと、破壊された扉の前でメイド服の召使いが倒れている。

 兵達が近づいて、「どうした?」と事情を聞くと、

「姫様が・・・」彼女は壊れた扉のほう、寝室内を指さす。

「姫様?妹君か?」

「ここは“総統”の寝室だぞ。なぜあの方が?」

 警備兵らが、半壊した扉から室内を覗くと、屋根の付いたベット、の残骸らしき物が見えている。屋根から下げられたカーテンはボロボロに引き裂かれ、屋根を支える四本の柱はどれも削れえぐられて今にも折れそうな状態である。ベットには中央辺りで何かが爆裂したように穴が開き、穴を中心にシーツが焼け焦げて、カーテンやらシーツ、床の絨毯など所々で、いまだ炎と煙が燻っている。

「しかし、ここにいたのだとしたら・・・」寝室に入ったスーツ達が、不安を覚えている。その場に、

「おおぉぉぉ」総統の悲嘆・・・。

 警備達が、白金の美女の隣で膝を着いた総統の下に集まると、

「これは、あの娘の・・・」バスローブ姿の彼は何かを拾い上げる。

 それは黒い月の髪飾り・・・。

「なぜあの娘のが、こんなとこに・・・」血の付いた髪飾りを見て、同じくバスローブ姿の母親が青ざめている。そこに現れた、

 ルウペ・・・。それを見て、

(糞餓鬼ぃぃぃぃ!)女は心の中で憤怒を燃やす。

(此奴だ。此奴のせいだ)

(招待客の中にテロリストが紛れ込んでいた)眉間に皺を寄せ、歯を強く噛みしめて、

(畜生!阿呆ガキめ。此奴のせいで私の野望は・・・)少年への怒りが溢れだしている・・・。そんなかを見向きもせずにルウペは、

(鬼畜爺め・・・)何かを察したようで・・・、

 壊れた扉を跨いで部屋を出ていく・・・。


 “先の騒ぎ”のおかげで城は明るく照らされて、深夜にもかかわらず窓の割れた事件現場がよく見える。

 そちらをビルの屋上から眺める、長髪の男。その後ろから、

「どうやら総統ではないらしい・・・」人影が近づく。

「死んだのは、妹姫だ」サングラスを掛けたオールバックの男。黒い背広に赤ネクタイの、資本主義国家の社会人が身につけるような、紳士の風貌である。

 彼がその隣まで来て、

「暗殺は失敗のようだな」と話しかけているのは、

 ルウペの招待客の一人、恐ろしげな形相をした“銀兜”と呼ばれていた男・・・。

「ネットのコネを利用して、だいぶ近づけたんだがな・・・」と、“暗殺失敗”が腑に落ちないようだ。そんな恐い顔の横から

「らしくないことをするからだ・・・」と、サングラスに紳士風の男。

「お前は、“扇動屋”だ」

「民衆を煽り、革命を起こして、国家を揺るがすのが、お前のやり方のはず・・・」

 “扇動屋”と呼ばれる無精髭は、オタクっぽいダサい上着を脱いだインナーだけだと、意外に筋肉質な体型をしている。

「それが指導者の爆殺なんて、テロリスト紛いのことをするから・・・」やり方にケチをつけてくる背広男に、

「いつも同じでは、つまらんだろうが・・・」扇動屋は思わず口が出る。

「“つまらない”だと?」こちらを覗き込むサングラス。

「これは仕事だぞ。そんな遊び気分で、こちらの出資を無駄にしてほしくないな」眉間に皺を寄せている。それを、

「出資つっても、費用は爆薬の分だけだろ」流し目で見る扇動屋に、

「だが・・・」背広は眼下を指さす。夜の闇に街の明かりが点々と光っているが、

「次は大金を費やしてる。気まぐれで台無しにされては・・・」という彼の言葉と共に、その家の幾つかの明かりが列を成しこちらに向かって来る・・・。それを確認した扇動屋は、

「わかってる」返って後ろへ歩き出し、

「“扇動屋”らしく煽ればいいんだろ?煽って大袈裟な革命をやらせれば・・・。全く」

「我ながら、芸がない・・・」

 恐ろしき形相の男がまた、動き始めた・・・。


 貧民集まる大通り・・・。断ち切るコンクリの壁・・・。

 道路を塞いだそれがせり上がり・・・、その下を潜って・・・、

 トラックの車列が入ってくる。 

 それらは大通りをしばらく走り、貧民が多くいるところを選んで、邪魔な廃車や路面電車などが乱雑に捨て置かれた路上に、ほどよく拓けたスペースを見つけて、そこに停車した・・・。

 大通りに不規則に停められた、五台の大型車両。貧民達がそれらに注目していると・・・、角が丸い直方体の荷台、側面が開き、そこから食欲をそそる香りが溢れ出てくる。

 香りの元は、具がたっぷり入ったスープ。円柱状の大鍋一杯のそれを、コック姿のおじさんがオタマで掬って、手に持ったスープ皿へよそっている。

 同じような料理人姿はその横にも数人にて、それぞれが自分の前の大鍋から手元に積まれた皿へと食べ物を移していく・・・。その前で、

「虐げられし人々よ・・・」“扇動屋”が声を上げ、

「たんと食らうがいい」人々を食べ物へと誘う。

 皆当然疑うが、それ以上に空腹なので、まんまとそれに釣られて、荷台の開いたトラックに集まってくる・・・。

「鍋の前に一列に並んでください。急がずとも十分に用意してあります」背広サングラスの男が呼びかけると、貧民達は何の狂乱もなく従ってくれる。

(為政者の暴力的な統治故か、従順な国民性だな)扇動屋が皮肉を考えてるうちに、並び終え配給が始まる・・・。

 淡々と、皿に分けられたスープが人々に配られ、受け取った人々はコンクリート舗装された地べたの適当なところに座って、そこら中で貪るように食べ始める・・・。

 そうしているうち、みるみる大鍋の嵩が減っていき、貧民街中から噂を聞きつけ人が集まる状況ではさすがに足りなくなる。と思いきや、

 初めの料理人の奥にある扉が開かれ、彼が汗ながすほどの熱室のなかから、グツグツ煮立った大鍋が取り出された。それらがまた料理人らの前に置かれて配給が開始され、その上、他のトラックまで開いて、同様の炊き出しが始まった。おかげで、

 貧民達への配給は滞りなく進み・・・、ずるをして複数回配給の列に並ぶ者もいたが、それでも十分に食べ物は皆に行き渡る・・・。その頃にはもう、ほとんどの受給者達の皿が空になり食べ終えているようで・・・、そんなところに、

「皆、腹もふくれたところで・・・」

「話をしよう」恐ろしい顔の男が前に座る。

「あんた達がどうしてこんな風に、困窮しなければならなかったのか・・・」

 困窮民らは、興味深そうに耳を傾けている・・・。

「そもそもこの国・・・、“穢レ国けがれくに”などと呼ばれているが、他にも呼び名がある」

「“自由郷”・・・。企業や事業者が法に縛られることなく、あらゆる利益追求が許される国だ」

 この亡骸転がる大地に輝いた都市国家は、そうして発展してきた・・・。

 麻薬、自然破壊、労働者酷使。

 先進した資本主義国家では次第に規制されて、企業や事業者はそういう卑劣な稼ぎ方はできなくなっていったが・・・、

 この自由郷、先代の為政者は、彼らのあくどい商売を許し、その“自由な”利益追求を認めて自国に受け入れた。“正しき”国際社会に爪弾きにされた者達をかき集め、それらに金や技術を落としてもらうことで、“富国”を目論んだのだ。

 結果、小規模な都市国家にしては、外の大陸国家にも劣らぬほどの巨大な富、経済力を持つ、この“輝ける都市”を築くことができた。が・・・、

 麻薬への依存によって、私財を失う者、または廃人となった者。企業による労働者の酷使により、過労死あるいは生きていても不自由な体になった人々。そういう貧民が都市の陰に溢れかえる形となった・・・。数多の犠牲の上に成り立った、

 “醜悪なる富国”・・・。

 そんな“自由郷”の政策を説明してから、

「地方で暮らしていたあんたらとって最悪だったのが、“公害”だ」扇動屋は続ける。

「やってきた悪徳業者達が次々と工場を建て、生産過程で出た有害物質をこの地にばら撒いた・・・」

「大気から河川、大地や海まで汚染され・・・」

「この大陸は、“穢レ国けがれくに”となったのだ」

 ここまで聞いて、貧民達の大半が察する。残る大半は、何となく気づいていたのだろう。人々は歯を噛み締め拳を握って怒りを顕わにしたり、衝撃の余りに目を見開いたり、汗を浮かべて息を飲んだりと、様々な表情を見せている。その様子を見ていた扇動屋は、

「これで、もうわかっただろ」目元を陰らせて、

「なぜ畑が腐り、暮らしが壊され、あんた達が故郷を捨てなければならなかったのか」

 敵を示す・・・。ただ前のめりに座った彼が直接指ささずとも、人々には理解できた。彼が示すもの・・・、敵・・・、それが城にいる、独裁者、国家政府であることを・・・。

 しかし、どうしようもない。無力な生活困窮民に、国家に抗する力などあるはずもない。まして、世界第三位の経済力を背景にした軍事力が相手では・・・。

 貧民の大半が知っていても何もできないのは、そういうことだ。扇動屋の煽りを受けても、彼らは静かに憤りを抑えることしかできない・・・。そんなところに、

「私は最進、最大の資本主義国家よりの使者で、荒蒼海渡士(あらうみ とし)という者だ」サングラスで背広を着た男が名乗り出る。

「後進的な国家の軍隊など恐れる必要はない・・・」

「最も進んだ技術と文明を持つ、我らが手を貸す」 “荒蒼海”は、「任せろ」と言わんばかりに自分の胸を叩く。いきなりのことに人々が驚いていると、

「かの独裁国家には我々も手を焼いてな。海や空を汚して海の向こうの我らにまで迷惑かけるは、我が国から逃げたマフィアを匿って世界中に違法薬物をばら撒かせるは、大変困っているのだ」彼は事情を話してから、

「だから、この国際的に迷惑な政府を打ち倒すため、あなたたちが起ち上がるのなら・・・」振り向き手を挙げて後ろへ合図を出した。

 まだ開けていなかったトラック、その荷台側面が鈍い機械音を出しながら開き・・・、中には・・・、

 壁に掛かった大量の火器と、軍隊が隊列を組んだように、ズラッと並べて掛けられたヒト型の防護服らしきもの・・・。

「我々が、この最新鋭の武器と兵器を提供しよう。これらを使えば・・・」

「もう軍隊を恐れ、国家に遠慮する必要はない。ひ弱な民間人でも互角以上に戦えるようになるだろう」

 提供物資を見ている痩せた民間人達はどうしようもなく貧弱に見えるが・・・、

「鍛えられた軍隊にも対抗できる、秘密兵器があるのだ」怪しい背広男は自信有りげに、荷台の“武器庫”へ上ると・・・、

「これだ。人工知能(AI)を搭載したアシストスーツ(AS)、“AI×AS”(アイアス)という代物だ」パイプハンガーから防護服らしき物を取り出した。そして、「料理長・・・」と呼ぶと、

 料理を配っていた一番老齢な一人が、同じスーツを着て現れる。肌に隙間無く吸い付くようなぴっちりスーツだ。

「彼は、優れた料理人であり栄養士であるが、何の肉体鍛錬も、戦闘訓練も行ってない、戦争の素人だ」

 そんなアイアスを着ながらもコック帽を被っている彼を、紹介してから荒蒼海は、

「だが、これを着ていれば・・・」近くの壁に掛かっていた銃器を手に取り、

 彼に向けて、連続発射するそれを撃ち放った。

 コックは撃たれたことにも気づいていない。が、

 咄嗟に前方へ飛び、帽子を撃ち抜かれながら飛び来る弾丸の尽くを交わして、着地の衝撃が全くないような柔らかな音を立てながら白い床を転がった。

「御覧の通り、熟達した兵士並の危険察知能力と身体能力を身につけられる。車の自動ブレーキのようなものだ。攻撃、危険に対して体が勝手に動いてくれる」

 そんな機能を知らされていなかったのか。撃たれ帽子を失った本人は、勝手に動いた自分の体に驚いている。

「他にも・・・」荒蒼海はまた吊されたアイアスを手に取り、その後ろからメガネ状の何かを取り出して、

「このゴーグルや火器とバックパックを繋げば、狙った敵を正確に・・・」

 熱心に秘密兵器の紹介を続けている。そんな、背広を着た彼の様子を、

(まるで、ショッピング番組のそれだな)扇動屋は滑稽な思いで見ている。

 そしてプレゼンテーターが、大体紹介し終えたところで、

「ここまで軍備が整っているなら・・・」静かに座って見ていた彼が口を挟む。

「次に必要なのは作戦だな。どうやって敵軍を破るか、あるいは頭を潰すか」

 黒眼鏡に向いていた人々の目が一斉にその声のほうを向くと、

「それについては、こっちが得意分野だ」

「これまでも幾つかの悪しき国家で、虐げられた民間人を率いて戦い、それらを打ち倒してきた・・・」戦争経験も豊富らしい恐い顔の男・・・。

「作戦や指揮を任せてくれるなら・・・、必ずあんた達を勝利に導き・・・」

「故郷を奪われた恨みを晴らせるだろう」

 どこぞの“紳士風”のように感情を込めることもなく、淡々と大人しく提案を示す。そして、

「抗する武力もあり、陥れる知恵もある。後必要なのは・・・」

「あんたらの戦う意志だけだ」

 声と共に貧民達が揺れる。「どうする・・・」

「好き放題やられたまま、ここで惨めに朽ちていくか」

「奪われた恨みを晴らすため、そしてこの大地の未来のために、いま起ち上がるのか・・・」

 腹は満たされど明日になればいつ飢えて死ぬかわからない、惨めな様子の人々・・・。過去に行った独裁国家の“仕打ち”を思い、拳を握り、未来にあり得る、“かの国家無き”自然や故郷が元通りになった大地を思い描いて、また拳を握る・・・。

 そして声が上がる。

「選ぶまでもない。ここにいても死ぬだけなら・・・」

「俺は家族や自分の未来のため戦うぞ」ボロいシャツの青年のようだ。

 明日のないその場の何人かを代弁したかのような、彼の声に続いて、

「そうだ。あの城がある限り、土地は腐るばかりだ」

「それに奴らがいなくなれば、ワシらの故郷もいずれ元に戻るかむしれない。そのために、起ち上がらねば」

 数人が起ち、また続いて次々と、人々が奮い立つ。

「親父がやるなら、俺も」「俺もやるぞ。幼い息子のために」「ワシも」「俺も」「俺も」「ワシも」と。

(所詮民衆などは・・・)そんな出来過ぎた様子を、荒蒼海は見ている。

(単純なものだ。“サクラ”を数人紛れ込ませておくだけで、簡単に扇動される・・・)

 そうしていると、貧民の集団の中から、一人が歩み出て来る・・・。

(これも何かの“演出”か?さすがにやりすぎでは・・・)背広男は呆れているが、

(ん!)近づいてくる、貧民とは思えぬ小綺麗な姿を見て驚く。

 そして、その顔に気づくと、

「此奴は!」胸元のスーツの裏に手を入れて、拳銃を取り出すが、

「待て・・・」扇動屋に止められる。

「こっちの客だ」彼がニヤついて見た相手、

 チョンチョンチョンと癖毛が立った球形の髪型に、紺の国民服・・・、悪逆なる国家を受け継ぐ少年、ルウペだ。


「やぁ、銀乙女殿。妹を殺された恨みでも晴らしに来たのですか?」

 ネット友達から、挑発じみた質問を受ける少年・・・。親の国を滅ぼそうとする一団の中でも、相変わらず平然としているが、

「あんたじゃないだろ・・・」いつものような気の抜けた感じはない。

「あんたは父上を殺そうとして、しくじっただけだ」

 総統寝室で起こった爆破テロの真相を、ルウペは正確に推察している。

「それだよ。それがわからない」この少年の知力を見ても、まるで“彼なら当然”であるかのように、全く驚いていない扇動屋・・・。

「なぜ奴がいないんだ?代わりに何であのクズ姫が?」前の失敗に、まだ納得いっていない様子・・・。少年はそれを聞きながら移動して、その辺に転がっていたタイヤを起こして転がし・・・、扇動屋の前で倒して、

「父上は・・・」と、その上に座った。

「最近の夜は、義母上ははうえのところに行ってるらしい」

「じゃあ・・・」とすぐさま恐ろしげな顔が切り返す。

「なぜ姫があそこにいる?」

 眉間のほうにゆるやかに下がった、“真剣な”眉と“心、ここにあらず”な遠い目で、俯いたルウペは、

「あの危うい爺だ・・・」ボソッとつぶやいた。

(危うい?)荒蒼海氏はわからないようだが、扇動屋は、

(たぶん、あれか)大体察している。側近のような軍服老官のことだろうと。

(確かに、只ならぬ何かを秘めている感じの老人だったが・・・)

 そんな限られた人間にしか解らない呼び方で、“妹殺しの真犯人”を呼んだ少年は、“姫爆殺事件”の真相を推察する。

「あの爺が、あいつの“お気に”の召使いを使って、あの部屋へ誘い入れた・・・」

「「父上が早々に隠居して総統の座とそれ専用の部屋をあいつに譲った」とか適当な理由をつけてな」ルウペのそれをそこまで聞いて、

「それで・・・」と扇動屋。

「疑いもせず、まんまと行ってしまった訳か。あの世間知らずの嬢ちゃんは」当人に“政府裏口”で会っている彼は、早々に理解・・・。これに少年が頷くと、

「それにしても、“召使いを使った”といったな」加えて気になることがあるようだ。

「あの爺さんは、総統一族に雇われたそれらを買収してた訳か?特に、クズ姫のお気に入りのを・・・」

 彼女が召使いの言葉を簡単に鵜呑みにした、という奇妙さに、無精髭の男は“何か”あると感じている。

「いや、“金”なんて心移ろいやすいやり方じゃない。それで動くなら、爺を密告したほうが金になる」ルウペは方法を否定したものの・・・、

 やはりかの老官には、妹付きの召使いを操る“何か”があるようで、

「あの執念深い鬼畜は・・・」明らかに嫌っている側近の、術について語る・・・。

 老スェルは密かに、召使いをすり替えていたようだ。城に雇われたそれらを攫いあるいは暗殺して、対象に似せて整形した手下を、人間性まで真似させ、それに成り済まさせていたらしい。しかも、大抵“変身した手下”が成り済ます対象を暗殺するようになっていたので、まるで・・・、

「“ドッペルゲンガー”だな」扇動屋の言うとおり、見たら死ぬという“自分と同じ顔”のそれのようだ。

「銀乙女殿の言うとおりなら、あの老人はすでに、権力を持たずとも、あの城を完全に掌握しているようだな」

「王族も、貴族も政治家も、邪魔となればいつでも葬れる。対象をテロが行われるような“死地”へ導けばいいだけのことだし、なんならドッペルゲンガーに直接殺らせることもできるだろう」

 そう見るとこの扇動屋は、ルウペの教育係にうまく利用されたようだが・・・、

「そんな男の“縄張りテリトリー”にまんまとやってきた、このテロリストは役目も果たせずに、ただ政敵の排除に利用されただけか・・・。全く、」利用された本人は口角を上げて、

「恐るべき老いぼれだ」妙に楽しそうである。一方で、

「ちゃちな“企み”さ」ルウペはそんな師のやり方にケチをつける。

政府が落ちれば、簡単に潰せる・・・」

 独裁者の息子にあるまじき言葉。驚いた扇動屋は、

「妙だな・・・」

「まるで、それを望んでいるようだ」思わず口に出るが、見窄らしい群衆を後ろに座る“御坊ちゃん”を見ると、

(いや、そもそも革命が企てられているこんなところに来たのだから・・・)心中で察する。

 すでに察している彼へルウペは、

「そうだ・・・」

「俺は、“自由郷”を終わらせる手伝いをしに来た」

 “革命の火”が燃え始めた、この大通りを訪れた理由を明らかにした。

 当然、場は動揺する。貧しい人々も、荒蒼海も。

 この少年は“唯一の兄妹”が爆死した今、何もせずとも次の総統になれる立場にある。それが“金と権力に満たされた未来”をもたらしてくれる、世襲制のこの体制を破壊しようとしている。

(焦って、父親の権力を奪いに来たか・・・)サングラスの背広はその意図をそう推測する。しかし顔の恐い扇動屋は、少年の目的が“権力にない”ことを知っている。

「やっぱり、妹を殺されたからか?」

「あのクズ姫を嫌っている様子はなかったし、“単純に”家族を死に追いやった爺さんが憎くて、その企てを国ごと潰そうと・・・」

 “銀兜”は“銀乙女”を良く理解しているのか。この少年が狙い定めているのは、国家権力でも独裁者の父でもなく、教育係の老スェルだと見ている。それでも腑に落ちないところもあるようで、

(あのサイコパスが、“兄妹の情”などとおかしな気もするが・・・)と考えていると、

「大体、そんな感じだ・・・」ルウペが素っ気なく返答する・・・。

(大体か・・・)詳細を省略したような言い方に、引っ掛かった扇動屋は、

「もう少し、突っ込んで聞いてもいいか?」深いところまで知りたいようで、

「“銀乙女”を知るものとしては、「妹を思っての復讐」なんて生温い動機は納得いかないんだが・・・」ゲーム友達、銀兜として、違和感を話す。

「ネットとリアルで全然違うなんて、よくあるだろ」銀乙女は面倒くさそうに、それをあしらうが、

「だとしたら・・・」話してもらえない彼が目元を陰らせ、

「あんたを信用しないし、手を借りるつもりもないぞ」自らが選べる立場であることを改めて示しつつ、生意気な小僧へ目を遣ると、

「わかったよ。話すよ・・・」焦ったルウペは渋々話すようで、

「あんたが望むような動機をな」と続ける・・・。

「俺には、思い描く“ビジョン”がある・・・」打ち明けるネット友達は頬を指でかき、何とも恥ずかしそうで・・・、

「その“国造り”に妹を使うつもりだったんだが、あの謀殺で台無しにされそうなんで・・・」

「だから、ここに来た・・・」あまり話したくないのであろう心の内を話してくれる。

 そうして彼が改めて話した革命に加担する理由を聞いて、

「なるほど・・・」

「“人材”として、あれが必要だったか訳か・・・」と要約する銀兜こと、扇動屋。

「練りに練った計画を潰されたことに怒って、報復に爺さんの野望を国ごと潰そうと・・・」と付け加えつつ、

(それにしてもビジョンか・・・)思うところがある・・・。

(“国造り”と言ったからには、“国家像”という意味だろうが・・・、こんな呆けた道楽者にしか見えないガキが、そんな国の将来について思いを巡らせているとは・・・)と一時は驚くものの、

(いや・・・)

「それも、銀乙女彼女らしいといえばらしいか・・・」と顎に手を当てた髑髏顔の男、

(国家というシステムを組み上げていくことを“道楽”と考えれば・・・)何だかんだで合点がいったようで・・・、

「いいだろう・・・」

「この革命・・・、あんたに任せる・・・」“次期総統“からの協力を受け入れることにする・・・。

 が、そんな立場の人間を信用できようはずもなく、しかもネットゲームで戦上手なのかは知らないが、リアルでも同じようにできるのかは甚だ疑問だ。当然、

「おい、正気か?」荒蒼海からの“待て”が入る。その前で起ち上がった目元に陰のかかった無精髭は、

「皆、聞いての通りだ・・・」人々のほうへ進み出て、

「俺はこの少年の知恵を頼りに、彼がたてた作戦を以て、かの悪しき国家と戦いたい」彼らにもそれを認めてもらいたい様子。

「腐った国で温々と育った、甘っちょろい御坊ちゃんだが、この少年は強い・・・」

「民間人を虐めているだけのヘボ軍隊など、手玉に取って容易く打ち破るだろう」

 人々は反応に困る。よく知らない子供に自分たちの命運を握らせるのも不安だが、戦争経験もない民間人にはその関係のことは、この“怪しい口上手”に任せる他ない。そうして異論無き静寂に包まれる中・・・、

「“強い”と言ってもゲームの話だろうが。現実ではそう簡単に・・・」黒眼鏡の背広男だけは納得できない。

「現実の戦にも通じる“強さ”さ。あのエグいほど冷徹に敵を追い詰めていく戦い方は・・・」銀兜は想像するだけで冷や汗をかく。

「とはいえ見せて証明することもできない。そこは、こちらの“人を見る目”を信頼してもらうほかない」彼はどうしてもルウペの力を借りたい。

 その頑なな様子に、ため息をつく背広。

「実際の戦闘はお前に任せてるから、これ以上は何も言わないが・・・」

「金がかかってることだけは、忘れるなよ」ケチ臭い嫌味を付け足すが、

「さて、話はついた。さっそくだが・・・」それを受け流して、もう少年軍師のほうを向いている。

「どう戦う?」

「自由郷を滅ぼす作戦は?」彼の繰り出す策を、扇動屋が楽しみに待っていると・・・、

「明日だ・・・」ルウペは相変わらず他所を見ている。おそらく未来さきを・・・、

「明日、妹の葬儀を、大掛かりな国葬でやる」

「そこを襲う」

 貧民革命軍と、自由郷国軍が激突する、戦場を・・・。


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