第16話 デリア、生死の博打に出る!

「それで一体何がしたいんだ? 私の命なんて狙うにしてもやり方というものがあるだろ?」


 窮地に立ったデリアはなんとか時間を稼げないかと会話を試みる。だがここで稼げられる時間なぞたかが知れるというもの。故に彼女は少しでも生き残れる可能性に賭けたのだ。その短い時間の中で助けが来るというあてもない空想の希望に賭けたのだ。


「ん? あーまぁ予定狂ちゃったからね。いやいやの仕方なくさ……エイッ!」


 その瞬間、偽トールは何かを彼女に投げつける。そしてそれは彼女の足に鋭く突き刺さった。


「うぐッ!! ぐうぅぅ。こ、これは」 


 それは彼女の屋敷にあるテーブルナイフだった。恐らくこれは彼女がちょこまかと逃げ惑うわないように突き刺したのだろう。それを受けた彼女は痛みのあまりしゃがんでしまう。


「クッ! ……大方、フォンケール家の衰退。そんなところだというのは理解できる。だがもしかしたら違うかもという可能性も考慮しただけだ」


 と、痛みを堪えながらも彼女は話を繋げつつ先延ばしできるように答えた。


「……例え何か別の理由だとして、それを知ってどうするのさ。まさか生き残る気? ここから? この状況で? プッハハハハハハッ!!!」


 彼女の何ともお気楽とさえ言える回答に対して偽トールは嘲笑う。


「随分と面白いこと言うね。でもまぁいいか! 単純な話さ、この世界じゃそう珍しくもない話。裏社会と繋がりを持つ貴族からの依頼という感じだよ」


 と、やや答えになっているのかいないのか。定かではないあやふやな物言いで答えた。それを受けてお気楽に長話でもしてくれないかと踏んでいた彼女は相手の意識の方向を変えるため、話の軸を折りにいく。


「ハッキリものを言わねぇ言い方は好きじゃないな」


「そらそうさ! ホントの事と断じて言うのもいいけど、一言一句ままならないほうが面白いだろ?」


 偽トールは自らの発言に対する持論を展開する。彼女はそれに乗じて、そこを突いた会話にしていき時間を稼ごうとしてみる。


「わかりかねるな。それじゃただの虚言癖だろ」


 実際それを虚言癖と断じるにはやや齟齬が生じるものだが、必要なのは会話の延長線をどんどん広げることにある。言葉の使い方を若干間違えるというのも相手からその指摘を誘うためにあるのだ。


「……なんか飽きてきちゃった。正直もうつまらないかな。これ以上話したって無駄だし。じゃあね♡」


 何故か偽トールは急に冷めた反応を示しにじり寄ってくる。この急激な態度の変化に彼女は驚くと共に焦燥感が走る。


(なんだこいつ! 気分よく饒舌に話すかと思ったら勝手に冷め始めやがった。……わけがわからない。だがこれでおしまいだな。もうこの足じゃまともに逃げれそうもない)


「やっぱ予定が狂った末のこのやり方は好きじゃないわ。またも狂ったみたいだし」


 彼女の目の前まで近づいてきた偽トールは何やら意味有りげな事を呟く。恐らくそれが起因しての豹変ぶりだったのだろうが、彼女に取っては知ったことではない。


(ここまでか、すまない皆。私の所為で……私がもっとちゃんとしてればこうはならなかったかもしれない)


 そう彼女が死を覚悟した。その瞬間! 事態は急変する!!


 ――ヒュゥゥウウッ!!


「ッ!!」


 偽トールの背後から何かが勢いよく風を切って飛んでくる音が聞こえる。無論ヤツもそれに気づきそれを避けた。飛んできたものはそのまま地面に落ちて金属音を鳴らす。


「これはメイス?」


 飛んできたのはメイスだった。そしてそのメイスの持ち主も近寄ってくる。


「おい! 大丈夫か!?」


「あれまだ生きてるにゃよね?」


 デリアの身を案じた紅音たち一行が運良く駆けつけてくれたのだった。思っても見ない人物との遭遇に彼女は驚愕した。


「!? どうしてここに?!」


 彼女の問いかけに対して重傷故にグリルにおんぶしてもらっている状態の紅音がことの経緯を語る。 


「実はさっきまで色々合ってな。それもあってお前の身が危ねぇかもってお前んところに向かってたらよ。コイツがデリアがここに居るっていうもんだから、たまたま来れたんだ」


「途中でデリアさんの強い匂いがしたからもしかしてと思ってたら……」


 デリアが稼いだ時間は結果的に無駄ではなかった。彼女は心の中で状況の好転に嬉々とするも、この状況をよく思わない人物が居た。


(チッ、ナット・ガインの野郎……。やはり失敗していたのか、今さっき撤収の連絡が入ったのはこういうことか、あの生クソ坊主ッ! 仕事したなら早めに教えろっての……あーあ! もーやんなっちゃう!!)


 そして紅音が偽トールの存在に気がつく。


「ッ!! メイド服来てるから分からなかったが、お前トールじゃねぇか! まさかお前が犯人だったのか」


 この状況から鑑みてトールが犯人だと彼女は紐づけた。しかし、それを即座にデリアが否定する。


「ち、違う! あいつはトールなんかじゃない!!」


「え!? でも、姿はまんま……ハッ! 魔法か?」


 彼女たちをよそに偽トールは心の中で模索する。


(……アカネ。盗賊による暗殺を妨害した人物であり、明らかに実力に見合わない偽の依頼を託すも外部からの協力ありきとはいえ見事達成した人物。……黒髪の少女。コイツの情報はないな。……冒険者羽柴はしばミニル。ダンジョンをメインとした冒険者活動家。……接点がまるでないな。だがここに居るということは最低でもナット・ガインを退けている実力者達であることに間違いない。……消耗はしているようだが、ここは大人しく引くべきだな)


 この状況を不利と判断した彼女は魔法を発動して逃走を図ることにした。


「闇属性魔法 “ブラック・フォグ”」


 彼女の影、ひいてはそれと重なる建物の影から一気に黒い霧が吹き出す。路地裏であるため、その霧の発生は概ね全体であった。


「くッ! なんだこれ霧か!?」


「にゃ!」

 

 突然の霧の発生に一行は身動きが取れなくなる。その隙にヤツは捨て台詞を吐いて逃げるのだった。


「じゃあねー!」


「クソッ!! 霧が、ゲホッゲホッ!!」


 霧が発生してから5秒後、霧は晴れていった。


「……霧が晴れたのにゃ。大丈夫かにゃ!? にゃ!! 足に短剣が深く刺さってるにゃ急いで治療しにゃいと、引き抜くにゃよ? 痛いにゃから自分の服を強く噛みしめるにゃ!」


 そう言って準備を整えてから彼女は刺さった短剣を引き抜く。


「グッ!!」


 中々な痛みからデリアは少し涙目になる。そしてすかさずミニルは傷口に回復のポーションをかけて包帯で傷口を巻いた。


「なぁそれってすぐ治る系か? アタシの時と少し違うみたいだが」


「にゃ? あぁ紅音は外部の外傷と言うより内部にゃから、直で振りかけるのとちょっと効力が変わるのにゃ」


「そうなのか」


 すると治療を受けたデリアが話しはじめる。


「……ありがとう。助かった。君たちが来なければ私は死んでいた。本当にありがとう」


「いいんだよ。別にたまたまさ、たまたま」


 少し場がしんみりする。お互い傷を負い、デリアだけだが親密な人間を失ってもいるが故に危機は去っても拭えないものがその場に溜まり始めた。しかしここでミニルが口を開く。


「……にゃあ色々話も積もるにゃろうし、どこかでゆっくり話そうにゃ。さっきのヤツか他のヤツが来るかもしれにゃいし」


「そうだな……いえ、そうですわね。そうしましょう」


 素の口調からいつもの気品のあるお嬢様に切り替える。


「あぁ……色々と話すことも山積みだろうしな」



 こうしてデリアは謎の暗殺者を紅音たちの活躍によって退けることに成功した。様々な人間の助けと運が彼女の命を救ったのだ。だが事態はこれからであるということを覚悟することになるのだった……。

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次回 所謂序章のエピローグ

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