冬の便り
園田樹乃
第1話
少年が彼と出会ったのは、森の外れだった。
「おや、ジョセフ。帰ってきてたんだ?」
少年の後ろを歩いていた親方が声をかけた相手は、燃えるような赤毛の青年で。
「やあ、シモン。そろそろ収穫祭だろ? 里帰りだよ」
ジョセフと呼ばれた赤毛の彼は、片手を挙げて陽気に応える。
「君とは、はじめまして……かな? レオンとヘンリエッタの息子でジョセフだよ」
屈み込んだジョセフに目の高さを合わされて、少年は慌てて親方の後ろに隠れる。
「すまんな。恥ずかしがり屋で。こいつはルネだ」
親方の硬い掌に背中を押されて、ルネはジョセフに小さく頭を下げる。
「……の息子のルネ、です」
ジョセフは、口の中でもぐもぐと名乗ったルネに優しく微笑むと、静かに立ち上がった。
「シモンたちは、これから花畑に?」
「そろそろ、秋の蜂蜜の時期だからな。蜂たちの様子を見に行くところさ」
「シモンの蜂蜜は美味いからなぁ。ヘンリエッタも毎年、楽しみにしてるんだよ」
声を使う仕事をしているヘンリエッタは、シモンの蜂蜜から作った飴を愛用しているらしい。
今年になってシモンから蜂の世話を教わり始めたルネは、それを聞いてジョセフやヘンリエッタのことを好きになった。
「それはそうとして。今年の木枯らしは少し遅いかもしれない」
「ほう? それは……あれか?」
「うん。兄さんが、そんなことを言ってた」
「ふーむ。クリストファーがそう言ってるってことは……」
顎髭をゴシゴシしながら、シモンが考えごとを始めると、ジョセフがまたルネの前にしゃがみ込んだ。
「ルネは、蜂たちと仲良くなった?」
「まぁ……ね」
少しばかり躊躇いを含んでしまった答えに、ルネが俯く。唇を噛む。
「そっか。さすが蜂の獣人だな」
何が“さすが”なのか。
言葉の意味を測りかねたルネが顔を上げると、鹿爪らしい顔でジョセフが頷いていた。
「俺はさ、旅鳥の獣人なわけ」
そして、船乗りだ。と、ジョセフは両手を船の舳先のように合わせてみせた。
「へぇ」
「だからさ、どこまでもどこまでも遠〜くに行きたいんだよ」
「そうなの?」
どこまでも遠くに、なんてルネの想像を超えるような事を軽く言ったジョセフは
「そう。そして、旅先でいろんな空を飛んでは、そこに暮らす鳥たちと友達になるのさ」
ヒューっと、風を模した口笛を吹いて。
すっと立ち上がると、両手をしなやかに羽ばたかせ、その場でクルリと回って見せた。
その姿にルネは、青空を舞う一羽の旅鳥を思い浮かべる。
まだ子供のルネは、蜂たちの仲間として認めてもらえていない。
蜂の獣人として生まれたのに……いや、生まれたから、かもしれないが。
シモンが世話をしているいくつかの巣箱のうち、最も大所帯の巣箱を取りまとめているリーダー蜂から、時々いじめられていたりするのだった。
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