宇宙からのプロポーズ大作戦!!
星野 ラベンダー
第1話「チキュウに出発!」
実は私は、宇宙人と会ったことがある。
12歳のときのことだ。相手も、ほとんど歳が変わらなさそうに見えた。
ミラク星という星からやって来たのだというその宇宙人の少年は、エメラルドグリーンの爽やかな髪色をしていて、耳が少し尖っていて、瞳が青と水色のグラデーションでキラキラしていた。それ以外は、地球人とほとんど見た目が変わらなかった。
私と彼は偶然出会って、仲良くなった。どんどんどんどん仲良くなっていった。
ある夜、星空の下で、なんとプロポーズされた。彼は言った。
「もう、帰らないといけないんだけど。お金貯めて、宇宙船を飛ばして、絶対チキュウに来るから。そのときに結婚してほしいんだ。僕とずっと、一緒にいてほしいんだ!」
私は、頷いた。迷う時間などなかった。私も同じ気持ちだったので。
それから20年経った。宇宙船に乗って、星空の彼方へ飛び去った彼は、まだ地球に来ていない。
ずっと待っているのに、まだ来ない。
「シェダルーーー!!!」
マンションの隣室に駆け込み、廊下を進んだ先にある部屋に飛び込む。
机について本を読んでいた紺色の髪の青年が、鬱陶しそうにこちらを見た。
「何の用だよ、アルニラ」
幼馴染みは眼鏡を直しながら、無表情で尋ねてくる。ふふふ、とアルニラは大袈裟に含み笑いをしながら、背中に隠し持っていたものを掲げた。
「見てくれーーー!!!」
「……通帳?」
「中! 中を見てくれ!! 貯金額!!!」
シェダルは押しつけられた通帳を開き、一番終わりに表記されている貯金額を確認した。一、十と、指を折りながら桁を数えていく。
直後、眼鏡の奥で、青と紫のグラデーションの瞳を見開かせた。
「凄いじゃないか」
「だろう?! ようやくここまで貯まったんだよ! これで宇宙船を買える! そして!!!」
シェダルから返してもらった通帳を胸に抱く。大きく息を吸い込む。
「チキュウに行き!!! “彼女”にプロポーズできるッ!!!」
両方の拳を天井に向かって掲げる。はあああ、と感嘆の息が長く漏れた。窓に目を向ければ、わかりやすく目を輝かせる自分が映り込んでいた。
その向こうに広がる高層ビル群や、
「長かった……。ここまで長かった……」
「5年前だったか? 宇宙旅行から帰ってきたお前が、“チキュウで運命の人を見つけた!! また会いに行くために貯金する!! それで結婚するんだ!!”って大騒ぎしたのは」
「そうだよ、5年だよ……! 僕にとってはこの5年間は、50年分に匹敵するくらい長く感じた! バイト漬けの日々に何度も挫けそうになったけども……。それらの時間がついに! 報われるときが来たんだーーーっ!!!!!」
「うるさい奴だ……。出てってくれないか、読書に集中できない」
「わはは、心配せずとも今から宇宙船を買いに行くから、すぐ出て行くぞ! 我が友シェダルよ、またな!」
「変なテンションになってるな……」
じゃ、とシェダルに別れを告げ、アルニラは宇宙船を買いに走った。
一週間後。購入したてほやほやの宇宙船を前に、アルニラの興奮は限界値に達していた。
真っ白な機体の、オーソドックスな卵形のロケット。遠距離移動用で、中には簡易的な住居スペースがある。高性能な自動操縦もついているので、宇宙間航行にあまり慣れていない人でも大丈夫な代物だ。
さすがシェダルの選んだ宇宙船、とアルニラは思った。一週間前、宇宙船を買いに行ったはいいものの、どの機体を購入するかで迷いに迷い、結局シェダルに助けを求めたのだ。
いつも冷静な幼馴染みは、とても頼りになった。いかにも面倒臭そうにやって来たシェダルはいくつかの宇宙船を見て比べた後で、この宇宙船はどうかと言ってきたのだ。最新型じゃないし中古だが、機能面で優れていると思う、と。
予算の範囲内で買えそうな宇宙船で、他に良さそうな機体も見当たらなかったアルニラは、最終的にシェダルの選んだ宇宙船を買ったのだった。
それから一週間、荷物を纏めるなどしてばたばたと慌ただしい日々を過ごし、そうして今日という出発の日がやって来たのだ。
「で、なんでシェダルまでいるんだ?」
アルニラは隣を見た。本を読みながら立つシェダルは、ため息を吐き出した。
「……普通に、率直に、正直に言って。俺もついていかないと、なんか不安だから」
「不安ってなんだよ?!」
「色々とトラブル起こしそうだし……。それにチキュウでプロポーズに成功したら、そのまま向こうで過ごすことになるんだろ? そうなったとき、アルニラはチキュウでこうなりましたって、戻ってきて家族に報告する係がいたほうがいいかなって」
「家族なあ、もう言ってあるから大丈夫なんだけどな!」
アルニラの両親は放任主義だ。健康でいて、人に迷惑をかけなければ何をしてもいいという考えを持っている。アルニラが数億光年離れた惑星で出会った子と結婚するために旅立つとなっても、何も反対されず、むしろ応援された。アルニラの猪突猛進気味な性格は、間違いなく両親の影響を受けている。
が、シェダルは、「全くの無報告で終わるよりはいいだろう」と言うのだった。
「まあいいか! いいぞ、一緒に行こう! シェダルにもぜひ、チキュウがどんな星か見てもらいたい!」
さあ行こう行こうと、力強く一歩を踏み出しながら、アルニラはシェダルと共に、宇宙船に乗り込んだ。
コックピットに入り、
入力した文字列は、天の川銀河、太陽系第三番惑星。一日も忘れたことがない、チキュウの住所だ。
あっという間に宇宙船は、ミラク星から宇宙へと飛び立った。
チキュウで“彼女”と再会し、そのまま結婚となれば、もう二度と故郷の星へ戻ってくることはなくなる。家族とも友人達とも今は一緒にいるシェダルとも、再び会うことは叶わなくなるだろう。寂しい思いがないと言えば嘘になる。
しかし、アルニラにはそれよりも何よりも、優先すべきことがあった。
「緊張してるのか?」
隣のシートからシェダルが聞いてきた。アルニラは少し考えてから言った。
「緊張してない、と言えば嘘になるよ。色々な感情が渦巻いている。でもやっぱり、嬉しいんだ! ここまで来れたことが!」
窓の外には、無限に広がる星の海が続いている。数え切れない量の光の粒を見つめながら、本当にここまで長かったと、思いを馳せた。
5年前、アルニラが12歳のときのことだ。旅行が趣味の父親について自家用宇宙船に乗って、初めて宇宙旅行に出かけた。宇宙旅行そのものは、途中まで滞りなく進んでいた。
ところが、帰還予定日まで5日を切ったときのこと。突如として、宇宙船がワープ事故を起こした。
宇宙船は、予定していた場所とは全く違う地点にワープした。しかもエンジンまで故障してしまった。生きるか死ぬかの瀬戸際をくぐり抜けて不時着した惑星が、チキュウという星だったのだ。
不時着の衝撃で、アルニラは足に怪我を負った。父親は、アルニラを庇った影響で、負傷した上に頭を打っており、意識まで失っていた。
アルニラは助けを求めるため、翻訳機能のついたチョーカーをつけると、足を引きずって、外に出た。
外は真っ暗だった。辺り一面、黄色に染まった背の高い草が生えていた。(あとで、ススキという名前の植物だと知った)
コロコロやリンリンという、鈴のような音も聞こえてきていた。(これもあとで知ったのだが、虫の鳴き声だそうだ)涼しい風が吹くと、一斉に黄色の草が揺れた。
どうすればいいか、途方にくれていたときだ。ふいに足音がした。
振り返ると、黒く長い髪をした、同い年くらいの少女が立っていた。辺りに明かりなどないのに、くっきりした目鼻立ちの少女が、唖然と目を見開いて立ちすくんでいるのがよく見えた。
その理由は、空に浮かんでいる真っ白な星が、柔らかいながら存在感のある光を放っているためだった。
ツキという星だと、あとで知ることになる。“彼女”が、ツキを見る“月見”というイベントのために黄色の野原に訪れていたことも。
「これが“彼女”との……
「もう何度も聞いた」
「聞くか?! ツムギとの壮大なラブストーリーを!!」
「あとで聞く。それよりもアルニラ」
シェダルは、アルニラの胸の辺りを指さした。
「その辺り、膨らんでいるようだけど。何が入っているんだ?」
「……へへへ! 今回の旅の、必須アイテムってだけ言っておくさ!」
アルニラは胸の辺りを触り、内ポケットに入っているものの感触を確かめた。
他の何を忘れても、これだけを持ってきていれば、それでいい。ここに入っているのは、それくらい大事なものだった。
10日後。コックピット内のモニターに、一つの惑星が表示された。目的地までもう間も無くということを告げるガイドアナウンス。画面には、深い青色に輝く美しい惑星が映し出されていた。
「チキュウだ……!」
大きく心臓が動いた。何度も瞬きする。現実感が追いついていなかった。
「着陸、できそうか?」
「大丈夫だ! これでも一番の成績で免許を取ったんだぞ!」
着陸する場所は決まっている。あのススキの満ちる野原だ。
コンピューターではなく自分の判断で着陸するには、手動で操作しなくてはならない。位置情報を確認しつつ、慎重に操縦桿を動かし、着陸を試みる。
結果として特にトラブルも起きず、一台の宇宙船は、5年前とほぼ同じ場所に着陸を遂げたのだった。成功の余韻に浸るのもそこそこに、アルニラは真っ先に外に飛び出した。
辺りは暗かった。涼しい風が肌を撫でた。鈴のような虫の鳴き声が聞こえてきていた。空には丸いツキが浮かんでいた。5年前と同じだった。
「へえ、チキュウの衛星ってかなり明るいんだな」
遅れて宇宙船から下りてきたシェダルが、ツキを見上げた。アルニラも同じ方向を見つめる。柔らかく白い光を放つ、うっすら模様が描かれているように見える衛星。ツキはアルニラの記憶そのままで、夜空に輝いていた。
「で、“運命の彼女”が見つかる当てはあるのか?」
「ツムギはこの辺りに住んでいるって言ってたからな! 探せばきっと見つかるはずだ! それに彼女は、夜にツキを見て過ごすのが日課なんだって言ってた。こんな晴れているなら、もしかしたら……」
そのときだった。
がさがさ、とススキの揺れる音がした。アルニラは、後ろを振り返った。
一人の女性が立っていた。肩より少し上辺りに切り揃えられた黒い髪に、くっきりとした黒い目。大きく目を見開いて、口も開いて立ちすくんでいる姿が、月光に照らされている。
アルニラの体で、一度血液の流れが止まり、また凄まじいスピードで流れ出す感覚がした。
あの頃より、髪が短くなっているが。あの頃より、だいぶ大きくなっているようだが。
「アルニラくん……?」
虫の音色にかき消されてしまうかというほど、か細い声で。女性は、名前を呟いた。
その瞬間、アルニラは駆け出した。
「ツムギっ!!」
足が震えた。声が震えた。体が熱かった。特に目頭が熱い。鼻の奥が痛い。でも今泣くわけにはいかない。生きて動いているツムギが、目の前にいる。なら、自分のするべきことは一つだ。
ツムギに駆け寄ったアルニラは、服の内ポケットから、小さなケースを取り出した。
「ツムギ。すっかり遅れてしまったけれど、あの頃の約束を果たしに来た。チキュウではプロポーズのとき、指輪を渡すんだろう? この日のために用意したんだ。どうか受け取ってほしい。僕とこの先の未来を、共に生き続けよう!」
ケースを開け、中身をツムギに見せる。ツムギが息を呑み、固まった。
中に入っていたのは指輪だ。これも貯金を崩して買ったものだ。チキュウでのプロポーズはどういう形式か、教えたのはツムギだ。それに倣った。
アルニラには、未来が見えていた。ツムギが「ありがとう」と嬉し涙を滲ませながら、指輪を受け取る未来が、確かに。
だが。
「もう、遅いよ……」
その瞬間は来なかった。
ツムギは、喜ばなかった。
「あれから、20年以上経っているんだよ」
目を赤くして唇を噛んで、肩を震わせる姿は、どう見ても、苦しそうだった。
「私、婚約者がいるんだよ……」
アルニラの手から、指輪の入ったケースが転がり落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます