おめでとうございます
普遍物人
第一話「第一話」
「お疲れ様でした。」
花束を持った人間が言った。
「はい。」
私はその花束を受け取った。
「あなたの働きは私たちに活力をくれました。」
その人が私の目を見た。
「はい。」
私はその人の目を見た。
「ではこれにて終了です。」
その人は手を後ろで組んだ。
「はい。」
私は自分のデスクにあった鞄を取った。
「お疲れ様でした。」
そのままその場を後にした。もう一度振り返るとその人が私のデスクを廊下に運んでいるのが見えた。
気温15度、一般的には少し肌寒い気温。日は丁度20度に傾き、それに伴って先生の白い頬に当たる日が少しオレンジがかっている。特別室にいるのは私と先生の二人だけで、私は課せられた課題を先生に提出している。これを繰り返すのはもう何回目だろうか。卒業していった彼らのメモリを辿ってみるが、それもエネルギーの無駄な気がして、諦める。目の前の先生はというと、西洋系の美形であり、その金髪や色素の薄い青眼も相まって、全体的に光で輝いていて、私の課題をただ見つめている。
「で、これで完成か?」
一枚のルーズリーフを見て先生が言った。
「はい。」
私は先生の目をしっかりと見た。これが相手に敬意や真意を表すと、そう文学作品には書いてあった。
「まだまだ。」
先生はルーズリーフを机に投げ捨てた。空気抵抗によって左右に揺れながらゆっくりと落ちて行くのは、この前見た、羽ばたく鳥から落ちる羽とよく似ていた。
「分かるか。君はは中学生なんだ。」
先生はため息をつきながらそう言った。先生の目線の先にあったのは先ほど溢れたルーズリーフ。
「はい。」
同じく私も捨てられた物語をじっと見ていた。
「普通はな。こんなことにはならないんだ。」
先生は再びルーズリーフを拾い上げ、その上部をもち、こんなこと、を私に見せた。
「はい。」
私はこんなこと、を見て、機械的に答えた。その、こんなこと、には私が疑問を持つようなことは何もなかったが、何かがいけなかったらしい。
「これではまだまだ、だ。」
どうやら昨日のこれを書いた私のエネルギーが無駄だったらしい。
「欠点はなんでしょうか。」
ならばその改善点を教えてくれればいい。考えれば、私は自身の欠点を毎回毎回直してきていた。他の分野もそうであったなら、この文学という分野もそうやって対策をすれば良かったのだ。
「そうだな。」
先生はルーズリーフを裏返し、私の、こんなこと、を見つめて、4、5秒後に口をゆっくりと開けた。
「中学生らしくないこと。」
なるほど、今回のテーマは中学生の物語。つまりこれは最初から間違っていた、問題に適していなかった、ということだ。致命的なミスである。
「中学生はこのようなことしないのですか。」
自分の考え得る最適解を先生に問いかける。しかしそれでも先生は「いや、するね。」と頭を左右に振りながら答える。
「でも、中学生はこんなに事務的じゃない。」
「事務的、ですか。」
自分の文章が、事務的である。いや、そもそも物語、とは空想を語ればいいのではないのか。そこに事務も何もないではないか。これが私の空想なのだから、最適解とはないのではないか。これでは埒が開かない。そんな私の挙動を見てか、先生は再びため息をついた。
「とりあえず、やり直しだ。」
「はい。」
先生はルーズリーフを机に叩きつけ、そのまま先生の机の左側へと持っていき、そのまま、右側にあったパソコンを中央に持ってくるなり、立ち上げた。机に肘をついて、顎を支えながら先生はなかなか会社のロゴが消えないパソコンをじっと見つめてる。そんな様子を見て、もう用はないのだと悟った私はそこから立ち去ろうとしたが、目線を変えずに「まて。」と先生は言った。
「君、この分野以外は完璧なんだから、きっと将来は有望さ。」
突然の褒め言葉。先ほどとは違って柔らかいこの言い草に、真意はなかなか掴めない。
「ありがとうございます。」
私は45度自分の腰を折る。
「だから、もっとより良くなるように、努めなさい。」
「はい、精進します。」
丁度先生のパソコンも入力ができるようになったようで、両手を器用に使い、キーを叩き始めた。私は先生の前を立ち去り、机の横にある整然とされた荷物に手をかけ、そのまま後ろのドアより外に出た。
「あれ、また補修?」
前からきた女の子は最近入学し、とんとん拍子に飛び級してきたクラスメイトだった。目はおおよそ縦と横で比率は2:3、目は黒いが、いつも輝いているからか、光によって少しグレーに見える。背中の中央まである長い黒髪は艶があり、窓からの光で少し緑色に光って見える。彼女にはこの赤と黒を基調とした少し派手な制服でも難なく着こなせてしまう、そのシルエットもさながらまるで彼女にあつらえたかのようなもので。
「はい。」
いや、何を語ろう。彼女は綺麗なのだ。
「え、この時間帯ってことは…またあの範囲なの?」
私に一歩一歩近づき、彼女は眉毛を少し下げながら聞いた。
「はい。」
彼女はやっぱり、といい、私の横に立つと、部屋に行こ、と言い、私の右手を引っ張った。暫く歩くと、彼女が口を開く。
「あなた、そろそろ真面目に危ないよ。」
「はい。」
それはそうだ。実際、今日に至るまで留年を幾度となく繰り返してきているわけだから。もうそろそろ先生のお説教も近いし、退学を勧められる、もしくはさせられる可能性だって十分あるわけだから。できれば今年か、もしくは来年あたりに卒業したい。
「先生がおっしゃっていたでしょう。あの範囲は将来を左右するって。」
「はい。」
「あなたにとっても、重要なんでしょ。」
「自分の将来、ですか。」
「そうよ。」
先生はこの文学の範囲を他の学問よりも重要視する。この範囲は君たちが人間になるための教育の一環だ、や、君たちを迎えに来る者たちの支えとなるための必要条件である、などと声を張り上げている。もう何回も聴き飽きてしまった話題だ。
「将来の安定、それが私たちの目標であり、目的であり、生きる理由、でしょ。」
「そう、聞きました。」
「あなたは違うの。」
彼女は突然立ち止まり、私の前方に回り込み、顔を除いてくる。
「そうするべきだと思います。」
彼女の瞳を見つめた。彼女は少し苛立ったように足を踏み鳴らして聞いてくる。
「そうじゃなくて、自分の本当の気持ちとか、そんなものはないの。」
最も苦手な部類である。そもそもそれがはっきりしていたら、私はここまで留年していないだろうし、今ごろこんな場所で学んでいるのではなく、もっと輝かしい場所で活躍しているはずだ。
「あーそう、そんな感じなんだ。」
彼女は全てを察したかのように再び私の横へと戻り、歩き始めた。
「すみません。」
「別に謝ることじゃないでしょ。私にとってあなたの将来なんてどうでもいいことだもの。」
そういうと「そろそろ閉まっちゃうよ。」と私より足の遅い彼女が私の手を引っ張り、急かす。
暫く二人で黙って早めに歩く。廊下も少し赤っぽくなっており、体温の上昇が感じられるほどには太陽の偉大さをひしひしと感じる。彼女の背も少し赤みがかっており、そんな絵も様になる。手が少しだけ震えているのは私より早く歩こうと、少し無理をしているからだろうか。
そう考えているうちに、下駄箱に着いてしまった。私の手を離し、彼女は真っ直ぐ自分の靴箱に向かう。彼女が離した私の手は行き場を失い、そのまま宙を舞いながら、私の靴箱に行き、靴を取り出す。
靴を履くと、彼女はもう校舎を少し出たところにいた。私は少し早歩きで彼女の元に向かう。彼女が私に気付き、帰ろっか、と再び手を差し出してきた。
「でもさ、自分の気持ちを表現するとかってそんな一朝一夕で出来る様になるものじゃないからさ、その、普段から意識しようって。」
彼女の声はまた震えていた。やはり私の速度を超えようとしたからか。ただ、そんなことを彼女から言われるとは予測できず、私は思わず彼女の横顔を見た。
「ありがとうございます。」
「こう言ったからには私もある程度は付き合うから、ね。」
彼女の目は突如吹いた後ろからの風によって彼女の髪が妨げとなり、見ることはできなかった。
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