34.断罪回避のために

「そんなこと・・・、そんなこと言わないで・・・」


椿は鏡の淵を掴むと、顔が触れそうになるほど近づいた。


「人を好きになって愚かだなんて・・・! そんなこと絶対ない! 絶対ないです!」


椿は鏡に向かって必死に声を掛けた。オフィーリアは顔を上げて涙を拭きながら椿を見た。

自分を見てくれてホッとした椿は、


「って、恋もしたことのない山田が言うのもなんですが・・・」


少しお道化た風に頭をポリポリ掻いてみせた。その様子にオフィーリアは少しだけ微笑んだ。椿はその笑顔に更に話しかける勇気が出た。ギュッと拳を鏡に向かって突き上げて見せた。


「オフィーリア様! このまま誤解されていては駄目ですよ! セオドア様ときちんと話すべきです! 分かってもらいましょうよ!」


しかし、オフィーリアは再び悲しそうな顔をしてツンと横を向いてしまった。


「無理ですわよ、きっと。セオドア様はオリビア様に骨抜きにされているもの。この小説のセオドア様よりもずーっと。わたくしの言うことなど信じて下さらないわ」


「でも、そこを信じてもらわないと!」


椿は食い下がった。


「実はですね、こちらの世界では、セオドア様である柳君はものすごくオリビア様と距離を取ってまして・・・。常に山田と一緒に行動していますので、傍から見たらオフィーリア様とセオドア様はとっても仲良しで、オリビアは捨てられている状態なんです」


「は?」


信じられないものを見る目つきでオフィーリアは椿に向き直った。


「周りはちょっと混乱していますが・・・」


「・・・し、信じられない・・・」


オフィーリアは瞬きも忘れて椿を見つめている。


「柳君はなぜか最初からオリビア様を避けてまして。代わりにずっと山田と一緒にいるんです。柳君はこっちの世界の事を何も知らないので、山田頼りっていうところもあるわけですが」


「そ、それを知ったセオドア様はどう思うの・・・? 怒り狂うんじゃないかしら・・・?」


椿の言葉が耳に入らないのか、オフィーリアは目を見開いたままブツブツ呟いている。


「逆に、今その状況の中に帰るのが恐ろしいわ・・・」


「だ、だから! だから、オフィーリア様自身もセオドア様と仲良くならないとっ! 山田達偽物同士が仲良くしててもダメなんです! 本物が仲良くならないと!」


「で、でも・・・」


「山田と柳君はこっちの世界で引き続き頑張りますから!」


椿はもう一度ググっと拳を握って突き上げて見せた。


「頑張りましょう、オフィーリア様! 断固断罪回避です! NO修道院です!」


椿に力強く見つめられ、オフィーリアの目には戸惑いの色が浮かんだが、少しずつその色が消え、逆に少しずつ強い光を帯び始めた。


「そ、そうね! 修道院送りを回避するために、半分でも信じてもらうように努力するわ! せめて婚約破棄で済むように!」


「はい!!」


二人は鏡越しに大きく頷いた。



☆彡



「おはよう、山田。またオフィーリアとは話せた?」


翌朝、花壇に水やりをしているところに柳がやって来た。


「おはようございます、柳君。はい、昨日も話せましたよ!」


椿はペコリとお辞儀をして柳を迎えた。


「いいなぁ。俺、やっぱりダメだったよ・・・」


「す、すいませんっ、山田ばっかり!」


シュンと肩を落とす柳に、椿はワタワタと慌てるが、


「山田とオフィーリアしか繋がらないんだよ、きっと。しゃーねーや」


柳はニッと笑い、両手を上に挙げグーンと伸びをしてみせた。


「それよりさ、オフィーリアは例のラノベ読んだって? 題名何だっけ?」


「『麗しのオリビア』です」


「そう、それ」


「はい。読んだって言ってました。やっぱり相当ショックだったみたいです、自分が悪役令嬢だったなんて。すごく泣いていたようで目も顔もすごく腫れてて・・・。可哀そうな事をしてしまったと思います」


昨日の辛そうなオフィーリアの顔を思い出す。途端に罪悪感がフワッと沸いてきて、思わず目を伏せてしまった。


「そりゃ、多少はショックだろうぜ? でも山田は悪いことしたわけじゃないんだから落ち込むなよ」


そう言って柳はじょうろを両手に抱えて俯いてしまった椿の頭を優しく撫でた。

そんな柳の仕草に、椿は目を伏せたままカチンと固まってしまった。


「だからさ、俺達も協力してやろうぜ、オフィーリアの為にさ。な?」


柳は椿が顔を上げないのはまだ落ち込んでいるんだと思い込み、椿の頭に手を置いたまま顔を覗き込んだ。


「このまま俺たちが仲良く過ごして、二人の仲を周囲に知らしめることは当然だけど、それ以外にも、虐めについてもちゃんと証明してやろうぜ、オフィーリアはやってないって」


「は、は、はいっ」


急に近づいた柳の顔に、椿は飛び上がりそうになった。


「そ、そ、そうですねっ! セオドア様の誤解が解けないままこっちに戻って来ても、証拠があれば何とかなりますよね?」


ドキドキする心臓を抑え、必死に平静を装い、うんうんと何度も頷いて見せる。


「オフィーリア様の為に頑張りましょう! 柳君、よろしくお願いします!」


「おう! 任せとけ!」


椿に元気が戻って安心したのか、柳は笑いながら椿の頭から手を放した。

手が離れてホッとする。


柳君陽キャは心臓に悪い・・・)


椿はまだドキドキする胸を押さえて、チラッと柳を見た。彼はセオドアの優しい笑顔で何事もなかったように笑っている。


(しっかりしろ、私! 今はオフィーリア様の修道院回避と元に戻れる方法だけを考えるんだ!)


椿は自分の頬をペシペシと叩き、自分に活を入れた。

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