25.再会

その夜、いつも通り軽い勉強を終え―――ちっとも頭に入らなかったが―――寝支度を整えた後、壁にかかった鏡の前でずっと待機していた。


「本当にお嬢様は現れるでしょうか?」


事情を知るマリーにも真実をこの目で見てもらいたいと思い、部屋に残ってもらっていた。


「オフィーリア様も再現されるなら同じ時間帯じゃないかって考えると思うんです。きっとその時間に鏡を覗き込むと思います。今のところ、それ以外私たちの世界が繋がるきっかけが分からないですし」


「もうすぐ10時ですね・・・」


「はい、ドキドキします」


「私もドキドキします・・・。お元気でしょうか? お嬢様・・・」


「・・・昨日見た限りだとかなりお元気でしたよ・・・。しゃんとなさいって怒られましたし・・・」


「ふふ、お嬢様らしい・・・」


マリーがちょっと微笑んだ。その可愛い笑顔に椿の緊張も少し解れた。


「マリーさん、山田の本当の姿を見ても驚かないで下さいね。オフィーリア様からとは程遠い姿なので・・・。自分で言うのも何ですが、小デブでブスです・・・」


「そういう事をご自分でおっしゃることがオフィーリア様の怒りに触れるのですよ! 自分を卑下する事を一番お嫌いになるので」


「はひっ!」


急に厳しく注意され椿の背筋がピンと伸びた。

その時、鏡の表面がぐにゃりと歪んだ。


「山田さん! 見てください、鏡が・・・!」


それに気が付いたマリーが目を丸めて鏡を指差した。椿も急いで鏡を見る。

そこには・・・。


「こんばんは。椿様。さっきから待っていましたのよ。いつになったら現れるのかしらって」


待ちくたびれたとばかりに若干不機嫌な顔の椿―――オフィーリアがいた。



☆彡



「す、すいません。オフィーリア様。でも、山田もずっと鏡の前で待機してましたよ」


オフィーリアの剣幕に圧され思わず謝るも、誤解されないように弁明した。


「そうですの? それは失礼いたしましたわ。ごめんなさい」


一瞬目を丸めたオフィーリアだが、素直に謝ってきた。


「いえいえ、そんな・・・」


まさか素直に謝るとは思っていなかった椿は、面食らって顔の前で手を振った。


「あの・・・」


そんな椿に隣からマリーが声を掛けてきた。


「山田さん・・・。この鏡にお嬢様が映っているのですか? その・・・今、山田さんに扮したお嬢様とお話しなさっているのですか・・・?」


マリーは不思議そうに山田を見ている。


「え? マリーさんには見えないんですか? 山田の姿のオフィーリア様と山田の部屋が映っていますが・・・」


山田は鏡を指差した。


「いいえ・・・。普通の鏡です・・・。でもさっきは確かにこの鏡が歪んだように見えたのですが・・・」


「そんな・・・、声も聞こえませんか? オフィーリア様の声」


「はい・・・。何も・・・」


嘘・・・と呟きかけたところに、


「椿様! もしかしてマリーが隣にいるのですか? こちらからは見えませんが!」


鏡の向こうのオフィーリアに声を掛けられた。

慌てて鏡に振り向く。


「は、はい! マリーさんにもオフィーリア様に会ってほしくて。でも、マリーさんにはオフィーリア様が見えないそうです。普通の鏡だって。そちらからも見えないのですか?」


「ええ! 見えません! 声は? マリー! マリー! わたくしの声は聞こえて?」


「マリーさん、今、オフィーリア様がマリーさんに話しかけていますが聞こえますか?!」


「いいえ・・・何も聞こえません。本当にいらっしゃるのですか・・・?」


マリーは怪訝そうな顔で椿を見た。


「本当ですよ、マリーさん! オフィーリア様、残念ですがマリーさんには声も届いていないようです・・・」


「そうですか・・・。マリー・・・、会いたかったわ・・・」


寂しそうに俯くオフィーリアを見て、椿は切なくなった。

同時に自分だって鏡越しに両親に会うことは叶わないという事実も分かり、椿自身も落胆した。


「マリーさん・・・、オフィーリア様がマリーさんに会いたかったってとても残念がっています」


「お、お嬢様が・・・私に・・・?」


マリーは意外そうに目を丸めた。


「ちょ、ちょっと! 椿様! 余計な事おっしゃらないで! べ、別に、そんなことありませんわよ! 寂しいなんて!」


椿の言葉に焦ったのか鏡の向こうのオフィーリアは慌てふためいて椿を制した。


「え・・・? 言っちゃダメなやつでしたか? す、すいません!」


「どうしたんですか? 山田さん」


「あ・・・、オフィーリア様が余計な事言うなと慌てていて・・・」


「ですから、椿様! それが余計な事・・・! あー、もう、マリー! あなたはもうお下がりなさい!」


「えっと・・・、マリーさん、オフィーリア様がもう下がっていいって言ってるんすけど・・・どうしますか?」


「・・・下がるフリをしておきます」


「分かりました。オフィーリア様、マリーさんはたった今退室しました」


椿は鏡に向かってOKとばかりに、親指と人差し指で丸を作って見せた。


「ふぅ~~」


それに安堵したようにオフィーリアは小さく息を吐いた。不機嫌そうな顔をしているが頬がほんのりと赤い。その火照りを鎮めるように手でパタパタを扇いでいる。


(オフィーリア様ってかなりのツンデレ・・・?)


椿はオフィーリアの態度に口元が緩むのを抑えられなかった。


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