第17話 身勝手な冒険者

 ボス部屋の中央に黒い煙のようなものが集まったかと思うと、次の瞬間にはそこにモンスターが出現していた。


 現れたのは……。



「あ、亜竜!」

「ザマちんヤベェ! こいつワイバーンだ!」



 体長3メートルの巨大トカゲに、羽を生やし足を発達させて顔を凶悪にすれば、こんな姿になるだろうか。


 ここはボス部屋だ。なのでミノタウロス以外は湧かないはず。


 つまりこれはイレギュラーだ。



「ヤベェヤベェヤベェ!」

「あいつがこっちを向く前に逃げた方がいいんじゃねぇか!?」



 突然現れたモンスターに対して、座麻村ざまむらたちパーティの動揺がひどい。


 その様子を見たシホミィが、疑問符を浮かべた表情で、肩の虎に話しかけた。



「そんなに危険なモンスターなんでしょうか?」


『何やってんだシホミィ! 逃げろ! あれはSランクでも上位のモンスター、ワイバーンだ!』


「え、Sランクぅ!? ど、どうすればいいの!?」



 事態を把握したシホミィまでもが動揺し出した。


 ここは素直に引くのが正解だろう。


 ボスであるミノタウロス戦は逃げられないが、イレギュラーは別だ。現に入り口の扉は開いている。


 しかしその判断が下される前にワイバーンがこちらを向いた。



 ギャオオオオオオオオオオオオン!!!



 大音量の咆哮ほうこうがボス部屋に響き渡る。


 あまりのうるささに、全員が体をこわばらせて身動きができない。


 そこにワイバーンが地面を走って突っ込んできた。狙いは座麻村たちだ。



「ヤベェこっちに来やがった!」

「何とか防げ!」

「チィ!」



 座麻村パーティの1人、タンク役の男が巨大な盾をワイバーンの突進に合わせて構える。


 両者の激突。



「クソぅ! らすので限界だ!」



 タンクの男がワイバーンの鼻先を盾で押し出すことで突進の軌道をずらす。

 その隙に合わせて座麻村たちは転がり込むように避けた。



「危ねぇ!」

「ギリギリだったぜ、ヤベェ」

「あんなの何度も受けれねぇよ、重すぎる」



 全員見事に避けきったようだ。

 タンクの男が、盾の持つ手をヒラヒラと振っていることから、かなりの衝撃だったのだろう。


 ワイバーンが突進してきたことで、こちらの陣容は綺麗に分かれてしまった。


 現状は、座麻村パーティ、ワイバーン、俺たちって感じで、ワイバーンを間に挟んで対峙している。


 ちなみにワイバーンのターゲットは相変わらず座麻村たちだ。



「ど、どうしましょう! この隙に逃げれますけども!」


『あんな奴ら放って逃げた方がいいよシホミィ!』


「でも、でもですよ。それって置き去り行為になりませんか!?」


『シホミィの方がランクが低いんだからそれは無い』


「そうなんですか!?」



 コメントの言う通り、置き去り行為はその冒険者のランクによっても変わる。

 この場合はランクが高い人が、ランクの低い人の面倒を見る決まりになっているんだ。


 なのでここは座麻村たちに任せても問題ない。


 だが、そんな事はまるで関係ないとばかりに、座麻村が声を上げた。



「おい! そこの魔法使いも手伝ってくれ! ちょっと気を引いてくれるだけでいいんだ!」


「え!?」


「これはイレギュラーだろ! なら手を貸すのが冒険者じゃないのか!?」


「は、はい! わかりました!」


『ダメだってシホミィ!』


「とら、静かにして下さい! マナバースト!」



 シホミィは人が良いのか、支援を求められてつい手伝ってしまう。


 座麻村たちならシホミィの手を借りなくとも、逃げることくらいは可能なはずなんだが。



 ドーン! ドーン! ドーン!



 シホミィから放たれた魔法が、ワイバーンに命中する。


 しかしあの程度の魔法ではワイバーンに傷をつける事など到底不可能だ。


 そして……。



「ワ、ワイバーンがこっちを向きました!」



 見事にワイバーンのヘイトを買ってしまった。



「ナイスだ! そのまま部屋の奥までワイバーンを引っ張ってくれ!」


「えぇ!? この奥ですか!?」


「そうだ! 俺たちが反撃の準備を整えるまでの間だ。頼む!」


「わ、わかりました! やってやりますよ!」



 おいおい、マジか。

 シホミィのやつワイバーンの引き付け役を背負わされたぞ!


 適度に爆破魔法を放ってワイバーンの動きを止めつつ、部屋の奥へと逃げていくシホミィ。


 カメラを回している俺もその後を追う。



「よし! ここまで引っ張ればいいでしょう! みなさんお願いします!」



 座麻村たちに向けてシホミィが声をかける。


 だが……。



「へへっ。悪いな。そのまましばらく耐えててくれや」

「そうそう、俺たちがダンジョンから出て戻って来るまでの間な!」

「反撃のために一度帰るだけだ。嘘は言ってねぇよなぁ」

「いつ戻ってくるかは、わかんねぇがな! ギャハハハハハハ!」



 遠く離れたボス部屋の入り口で、こちらを見てあざ笑う座麻村たち。


 やられた。見事に囮にされたってわけだ。



「えぇぇ!? ちょっと気を引くだけでいいって言ってたじゃないですか!」


「俺らのちょっとと、あんたのちょっとで認識の違いがあったんだろ! じゃあな!」


「そ、そんな……」



 座麻村たちは俺たちを見捨てて、ボス部屋から去っていった。


 残ったのは俺とシホミィのみ。


 今もワイバーン相手に牽制を続けているが、それもいつまでもつかわからない。


 これは緊急事態として対応するしかないな。

 配信に映り込まないように配慮しているが、声だけは勘弁してもらおう。



「シホミィ! 俺たちもなんとかしてワイバーンから逃げるんだ!」


「で、でも! そうしたらこのワイバーンはどうなりますか!?」


「知らん! 協会の連中が何とかするだろ!」


「む、むむぅ」



 イレギュラーの処理なんて冒険者協会の領分だ。そっちに任せてしまえばいい。



「それなら、シホミィが戦ってもいいですよね?」


「はぁ!? いやいや無理だって!」


「やってみなけりゃわからないじゃないですか! それに時間を稼げばさっきの方達が駆けつけてくれるかもしれません」


「あんな捨て台詞で戻ってくるわけないだろ!?」


「むぅぅ」



 この期に及んで、まだ座麻村たちに期待するのはバカのやる事だ。


 こいつ、こんな破天荒な性格をしているが、案外バカでお人好しなのかもしれん。



「なら、ワイバーンを私が殺ってやりますよ! そうすれば解決です!」


「うぉい! やめろって!」



 俺の制止も聞かずにシホミィはビシッとワイバーンを指さして啖呵たんかを切った。



「おい、トカゲ野郎! 今からボコボコにしてやるからなぁ! 覚悟しやがれぇ!」



 前言撤回。


 シホミィは破天荒な性格のただのバカだった

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