社会で病む寸前なので記念に小説にしてみました

葱巻とろね

2023年の僕からです

「お前、自分がどれだけ大きいモノをミスったか分かってんのか!?」

「……すみません」

「謝るだけじゃ何も変わんねぇんだよ。これからどう対処するんだって聞いてんだよ!」

「っ、それは……今から___」

「話になんねぇわ。今日は頭を冷やせ」

「えっ、で、ですが」

「また次、話聞くから」


 上司は僕に背中を向けて歩いて行ってしまった。あの人が僕に向ける目線はとても鋭く、期待が底をついてしまったことが嫌にでも伝わった。やることがなくなってしまった僕は上司の言う通り、11月17日、午前11時の会社に背を向けた。

歩いていると自然にが頭を埋め尽くす。


 あの企画は自分の会社が一気に成長するチャンスを握ったものだった。そして僕は、幸か不幸か企画の大部分を担うことになってしまった。もとから業務の成績はいい方で、周りとの関係も良好な方。今思えば、そこが人生の良い所の詰め合わせだったのかもしれない。


 最初はうまくいっていた。企画案も満場一致で納得するものを作り上げ、同僚達のチームワークも固いものになっていった。


「これで、この会社も大きくなるんですよね!」

「そうですよ。このままうまくいけば、僕たちの給料も……?」

「上がったりするかもしれねぇな! いやぁ、上司である俺も楽しみだわ~」

「任せてください! きっと、この会社を大きくして見せますよ!」

「「「頼もしぃ~」」」


そんなハードルを上げるようなことを言わなければよかった。


「なぁ、吉原。最近どうよ?」

「最近ねぇ、気分がいいから物語、たくさん書けたよ」

「ちげぇよ。趣味のことは聞いてない。お前のいつも趣味の話から入る癖やめた方がいいぞ」


友人である内藤は生ビールの入ったジョッキを片手に枝豆をむさぼる。


「えぇ~? いいじゃん、僕の小説読んでくれた?」

「お前のはリアリティがない。もっと主人公の気持ちになれ」

「えぇん。なんでぇ、なんでそんなこときっぱり言えるんだよぉ」

「お前の成長のためだ。ほら、現実。仕事はどうなんだよ」

「仕事ねぇ~、実は、大きいヤツを任されたんだよ!」

「え、すっご。もし、うまくいったら奢ってくれよ。応援してるからさ」

「えぇ~、どうしよっかなぁ……あ、今奢ってくれたら、ここより高い店奢れるかもよ」

「うわっ、お前に投資するかどうかってこと!? うぅ……奢る! ここ奢るわ!」

「よし! 任せとけよ。大トロ食いまくろうよ!」

「いや、俺は肉食いてぇ」

「じゃあどっちも行こう! そこまでやってやるわ」

「マジかよー。これは期待が大きいなぁ」


お酒の勢いに任せていたからか、友達との会話はあまり覚えていない。だが、調子に乗りすぎたことは覚えてしまっている。あいつとの縁を切りたい。


 そんな願いさえ出てしまっている今、自分の家のドアに手をかける。


「……ただいま」


 日差しで多少に照らされているが、廊下は真っ暗だ。孤独な自分の声が耳に入る。鞄を投げ捨て、ネクタイを強引に緩める。糸がプチッと音を立てると同時に、視界がぼやけた。湧いてくるイラつきを上着とズボンに込めて脱いで落とした。普段では聞かない音を立てて床に崩れ落ちる。それを踏み、ベッドに身体を預けた。


 さっきから涙が止まらない。声を上げたいのに声が出ない。喉が締め付けられ、呼吸がしずらい。自分のにおいと同じように涙がシーツに染み付く。


「うッ、う、ハアッ、ハッ、はぁぁ。う、うぁ、ハッ、……ふぅ、うっ」


鼻腔が鼻水で詰められている。鼻で息を吸おうとすると群を作った鼻水が邪魔をし、口呼吸をしようとすると、しゃっくりに似たような何かが邪魔をしてうまくいかない。頭の中では企画の失敗とともに、ネガティブな思考が流れ込んでくる。


(死にたい)

(何で僕がこんな目に合わないといけないんだ)

(上司や同僚たちに合わす顔がない)

(これまでかけてきた時間や努力は無駄だったのか)

(僕のせいで会社が潰れるかもしれない)

(呼吸ができない)

(このまま死ねるかな)

(生きるぐらいなら死んだ方がいいのかもしれない)

(僕だけだと何もできない)

(これまで育ててきた両親に何も恩返ししていない)

(僕は親不孝者だ)

(友人に奢れるほどのお金もメンタルもない)

(寿司や焼き肉も今は何も食べたくない)

(そもそも僕が食べ物を食べていいのかな)

(何もしたくない)

(ビニールテープより電源ケーブルの方が楽にできるかな)

(このマンションの屋上から飛び降りた方がいいのかな)

(見つからなそうな森林ってどこにあるのだろう)

(遺書は書いた方がいいのかな)

(他の人は何も悪くない)

(すべて僕が悪い)

(そもそも僕のせいで企画がおじゃんになったのは事実だ)


 僕が企画でしたミス。それは僕の思い込みから来たものだった。大事な取引先との会議の日を1日遅れて僕は認識していた。メモ紙にも書いていたし、確認できる機会は数多くあった。それなのに、僕は本来あったはずの会議に出なかった。いつも、大事なイベントがある日は目に焼き付くほどに確認していたはず。特にこの企画は僕にとっても同僚たちにとっても、そして会社にとっても取り逃がすことができないモノだった。


 なのに、何故、僕は致命的なケアレスミスをしてしまったのだろう。今の僕にとっては全く分からなかった。


 雑に倒れている鞄からスマホを取り出し、暇があったらずっと見ている動画サイトを開く。画面いっぱいにオススメされる動画はどれも見る気が起きない。僕は何も考えず、ショート動画に移動した。気になったら指を止め、気にならなかったら指を動かしてスクロールする。今はこの作業が一番楽になれる。ふと、一つの動画が目にとまった。


『今、辛いあなたへ』


指を止めているとその動画が再生された。


「私、つらい時がたくさんあったんです。その時は何も考えられなくなり、最悪死んだ方が楽になれるんじゃないか、なんて真剣に考えたこともありました」

「でも、その時に、私を前に進めず、後ろに戻ることは喜んで許してくれた、と言いますか、どうやって言えば皆さんに伝わるのか分からないんですけど」

「私が言えることは、今まで、良く頑張りましたよ。朝に負けず起きられたあなたも、そのまま寝てしまったあなたも、休みたいと思うまで、行動できたのも偉いんです」

「休みたいときは思う存分休んでいいんです。過去や未来はいったん忘れて、今はやりたいことをやりましょう。なくても、過ごしていると自然と湧いてきますよ。人の痛みは分かるかもしれませんが、自分の痛みが、一番、明確に分かりにくいんです。」

「今は自分だけに寄り添ってあげてください」


 そんな約8分の動画が終わった。動画の中の彼女は優しめの口調で語りかけ、前を向いて話していた。どんな困難があったのかは分からないが、きっと彼女はそれを乗り越えているのだろう。僕の心の中が少し軽くなった気がした。


 これで僕もこの失敗を乗り越えれると思う__わけがなかった。僕は僕で彼女は彼女。困難のレベルが違ければ、その時の状況が違うのだ。僕の方が酷いに決まっている。そう考えていると、感情が再び溢れてきた。目や鼻から体液が流れ、呼吸がしずらくなる。これ以上泣きたくないのに、止めることができない。僕は棚からティッシュを取り出し、鼻に強く当てた。


 落ち着いたのは大体30分後だった。ゴミ箱は白い山ができている。それでも次々と出てくる鼻水を雑に丸め込み、ゴミ箱に投げる。鼻をかんだ後のティッシュからは温もりを感じた。


 さんざん泣いたからか、少し気持ちが落ち着いた。ベッドから立ち上がり、周りを見渡す。さっきまで自分のいた場所だけが散らかっているが、片づける気が起きない。そのままベッドに腰を下ろし、さっきのティッシュの空いたスペースで鼻をかむ。冷たくなったそれを慣れた手つきで仲間の元へ投げた。


 太陽が沈み、電気をつけていなかった部屋は徐々に暗くなる。それでも動く気力もなかった僕は同じ体勢のままスマホを見続ける。画面内の文字が立体的に見えて視界が揺れる。


(何も考えたくない)


これがすべてだった。食欲もわかず、喉も乾かない。かといってそれが苦しいとも思わなかった。今はこのまま栄養失調で安らかに眠れるという考えの方が心地よい。スマホを見続けたせいか目が重く、普段とは違う痛みが脳を襲った。僕はそれから逃げるように目を閉じて夢に逃げる。


(3日ほど前に時間が戻らないかな)

(僕はこれからどう生きればいいんだろう)

(明日は11月14日、いや、15日かな)

(間違いが取り戻せるあの時に戻りたい)

(今、地震とかおこらないかな)

(そうすれば、僕のミスもなかったことになるかも)

(あ、明日上司に返事しないと)

(なんて言えばいいんだろう)

(対処法なんて考えられないよ)

(嘘つかないといけない)

(僕一人では何もできない)

(明日、会社休もうかな)

(でもここで逃げたら……)

(動きたくない)

(今日は、何日だっけ)


 外の騒音で目が覚めた。俺はマンションの2階に住んでいるため外の音が聞こえるのは知っている。だが、僕が家に出るときは朝早いため騒音を聞かずに過ごしてきた。スマホの電源を入れるが光がともらない。昨日、充電を忘れていたようだ。僕は充電コードに手をのばしてスマホに刺した。画面に映し出されたのは11月18日の文字と、ここでは見ないような時刻、そして上司の電話の通知がたくさん見えた。


 本来の僕だったら青ざめて即刻上司に電話をするだろう。しかし、今はそんな気が起きない。でも、休むことだけは伝えようと電話を掛けた。


「もしもし。吉原か? 今どこにいるんだ!? みんな心配してるぞ!」

「……すみません。高岡さん。今日は休みます」

「えっ、ど、どうしたんだ。おい」ブツッ


 電話のアプリを閉じて動画サイトを開く。今は何をやるにもやる気が起きない。10分ほど動画を見ていると頭が冴えたのか涙が出てきた。右向きに寝ていたせいか右鼻が詰まる。時間を見ると午前11時。昨日の今は会社を出ていたのか。ふとそんなことを考えていると涙が止まらなくなった。ボロボロと涙を流すが、誰も慰めてくれない。僕はただ泣くことしかできなかった。


 涙を出しすぎて目が腫れ、鼻をかみすぎて頭が痛いしぼーっとする。鼻呼吸をすると何故か右耳の鼓膜がひっぱられる感覚がする。お腹が空いたが食欲がない。唇が乾燥して血が出ていた。それでも、僕は原因が分からない倦怠感に負けてベッドに潜った。


 何時間が経っただろうか。さすがに空腹が耐えられなくなったので、冷蔵庫に重たい足を運ぶ。中身は少ない。しかし、食べられるものはあるので自然とそれに手を伸ばした。机に向かい、豆腐の蓋を開ける。箸で分けて口に運ぶが、喉がそれを拒む。何度も挑戦したが、全体の2割も食べられなかった。水を飲もうとするが、飲み方を忘れたようにうまく飲めない。どうやっても喉の前で戻されてしまう。


「う、ぐぅ。っ、ごほっ、ゲホゲホッ! ゴホッ」


それでも、少しは胃に入ったので食べるのをやめた。そのままベッドへ直行する。


 自分でもこのままでは駄目だと分かっている。だからと言って行動を起こせるようなやる気は持ち合わせていない。失敗の対処法だって考えていないし、同僚に合わせる顔も持っていない。周りの人から見れば『大した事無いよ』『これをバネにして次頑張ろう』と声をかけられるのかもしれないが、この失敗1回で心を折られた以上、これと同じような失敗を将来もするなんて考えられない。


 何よりも、自分が傷つくより周りの人に多大な迷惑をかけてしまったことに深い罪悪感を持っていた。自分だけなら我慢して過ごせるが、他の人が関わってしまえばその後の接し方が変わる。その人が僕に対して、怒っているのかもしれないし、なんとも思ってないのかもしれない。


 しかし、何か変化があったのは事実だ。この考え方が『周りを気にしすぎ』で終わるのならば簡単なことであり、僕もここまで気にしなかった。


 僕の心はそんな単純ではない。もちろん『周りを気にしすぎ』もあるが『困った人をほっておけない』『仲間第一主義』などと仲間を構いすぎている。『空気を読み適した行動をする』を徹底して、その場が良ければそれでいい。そのためならば自分がどうなっても構わない。


 そんなスタンスで生きていたことが間違いだったのだろうか。今のこの状態が答えだ。自分を犠牲にしたのにうまくいかなかった。これが僕の人生だ。言いすぎなのかもしれないが、これが現実。


 他の事はやりたくないのに、自分を責めることだけは躊躇いもなくできる。やはり、僕は出来損ない。それ以上だ。


「はぁ……っ」


 考えるのはやめよう。いくら僕がグチグチ自分に文句をぶつけたって誰も得しない。誰も僕の事を利益の面でさえも見てくれない。足を引っ張るだけの無能な社員。会社なんて行きたくない。


 目的のないままに数分スマホをいじっていると飲み会での出来事を思い出した。


『__僕の小説読んでくれた?』

『お前のはリアリティがない。もっと主人公の気持ちになれ__』


友達に酷評された創作の物語。リアリティがないのならリアルを書けばいい。心の中の鬱憤を晴らすべく僕はパソコンの前に力なく座った。


 『社会で病む寸前なので記念に小説にしてみました』


思考が鈍いためタイトルはお粗末だが、後で修正すればいい。昨日の出来事をそっくりそのまま書き写す。言われた言葉、主人公の心境、結末。そうだ、物語は必ず結末があるが、今のかっこ悪い状態をそのまま終わりにするには雑すぎる。


「……」


 未来の自分に任せよう。気持ちも回復して明るい希望を持った自分に。今は暗い所だけ書いておけばいい。数多あるキーボードを慣れた手つきで体験談を書き連ねる。太陽が沈み、カーテンに暗闇が映る時間、僕の物語を書いた小説をサイトに投稿した。

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社会で病む寸前なので記念に小説にしてみました 葱巻とろね @negi-negi

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