カモ

あべせい

カモ



 街の小さなカレーショップ「DOCO」。

 学生風の若者(21)が入ってくる。

 カウンターの中から、若い女性店主(25)が迎え出る。

「いらっしゃい!」

 若者、店主の美貌にびっくりしたようすで、

「いつできたンですか。こちら」

「昨日オープンしたばかりなの。ご贔屓に願います」

「ぼく、この近くに下宿しているので、これから毎日来ます」

「お名前は?」

「東都大4年の今西雄太です。奥さんは?」

「早速、探り?」

 雄太、図星を突かれ、

「い、いえ……」

「奥さんじゃないわ。年はくっているけど、独り身。名前は、柚季(ゆき)。どうぞ、よろしく」

「どこに座れば、いいですか」

「お好きなところといいたいけれど、テーブル2つに、カウンター席が7つだけのお店だから。そうね、私の前が一等、いいわ。お相手するのがラクだもの」

「じゃ、カウンターに……」

 雄太、柚季のまン前のカウンター席に腰かける。

「何になさいます?」

 雄太、メニューを手に取り、

「いろいろあるンだなァ。牛、豚、鶏、以外にも、トマトカレー、しじみカレー、ココアカレー……柚季さんのおすすめは?」

「もち、チキンカレーよ」

「じゃ、そのチキン」

「はい、ただいま」

 柚季、作業をしながら、

「雄太さん、お店のおすすめ、の意味知っている?」

「もち、自信作なンでしょ」

「そうじゃない。早く食べて欲しいからよ」

「エッ!? 賞味期限切れですか」

「お店によって、いろいろ事情があるじゃない。仕込みすぎたとか、思ったより注文が少なかったとか。だぶついた料理を早くはかせたいとき、それをおすすめにするのよ」

「柚季さん、チキンカレーは売れ残りですか?」

「ンなわけ、ないでしょ。あなたのような……」

 そのとき、若いカップルが入ってくる。

「いらっしゃい!」

 カップル、テーブル席に腰かける。

 柚季、お冷やを手に、テーブルへ。

 カップルの女性が、

「このお店のおすすめをください」

「きょうのおすすめは、ビーフカレーですが、よろしいですか?」

 カップルの男性、女性に、

「メニューの下に、『おすすめは、通常の3割引きで提供します』って、書いてあるよ」

「じゃ、それ2つ!」

「かしこまりました」

 柚季、カウンターの中に戻り作業を続けながら、小声で、

「雄太さん、あなたの、あとにしていい?」

「もち、いいですよ。おすすめを割引きにしているって、良心的ですね」

「主人の遺言なの」

「柚季さん、未亡人ですか。ますますすき……」

「なに、何か言った?」

「い、いいえ」


 午後9時。

 カレーショップ「DOCO」。

 透明のアクリルドアの内側で、柚季が「営業中」の札を裏返そうとしたとき、雄太が駆け足で現れ、ドアに手をかける。

 中から、柚季がドアを開く。

「あらッ、雄太さん、お食事?」

 雄太、荒い息を吐きながら、

「もう、終わりですか」

「閉店だけど。これから、私の食事タイム。一緒に食べる?」

「はいッ!」

 柚季、雄太を中に入れると、ドアの内側に目隠しのカーテンを引く。

 店内には甘い映画音楽が流れている。

 柚季、テーブル2つをくっつけ、その上にグリーンのテーブルクロスを掛ける。カウンター内の棚からワイングラス2つ取り、ワインを注ぐ。

「何にする? カレー専門店だからカレーしかないけれど。私の好物はチキン……」

「ぼくも柚季さんと同じ……」

 そのとき、突然ドアが激しく揺さぶられ、男の声が、

「オイ、開けろ!」

 柚季、チラッとドアを見て、

「アラッ、たいへん!」

 注いだワインをグッと一息に飲み干すと、

「雄太、きょうは何日だっけ?」

 雄太、柚季を呆然と見つめたまま、

「10日ですが……」

「忘れていたわ。雄太、持ち合わせ、ない?」

「持ち合わせ?」

「お金、お金よ」

「いくらですか」

「いくらでもいいの」

「3万なら……」

「3万円なら、御の字よ。ちょっと貸して」

 雄太、財布から3万円を取り出すと、柚季、それを引っ手繰るようにして掴み、ドアを細めに開ける。

「これだけあるから、帰って!」

「これっぽっちか。また、来るからな」

 男はそう言うと走り去る。

 その足音がしばらく聞こえ、雄太は居づらさを覚える。

「ぼく、帰ります」

「どうしたの? お腹、空いているンでしょ」

「いえ、いいンです」

 雄太が立ちあがると、

「いまの男のこと、でしょ?」

 雄太が無言でいると、柚季、

「あれは、出来の悪い兄よ。仕事もせずにパチンコや競艇ばかりしている」

 雄太、話についていけず、

「ぼく、軽率でした。こんな時間にやって来て……」

「未亡人のカレー専門店に、閉店間際を狙って来て、何かいいこと起きないかと期待した、ってこと?」

 雄太、グッと詰まり、

「ぼく、そんなつもりは……」

「少しは、あった?」

 雄太、柚季のねっとりと光る真っ赤な唇を見つめ、

「ごめんなさい。失礼します」

 ドアを開け、飛び出す。

 柚季がその背中に向かって、

「このまま帰ったら、高いカレー代になるわよ!」


 8日後。

 雄太、「DOCO」の前を通りかかる。

 ふと、店の中を見ると、ドア越しに、柚季が笑顔で手招きしている。

 雄太、一瞬、ためらう。店内に客はいない。腕時計を見る。時刻は午後3時を過ぎたばかり。

 雄太、柚季の唇を思い出し、誘われるようにドアを開ける。

 柚季、明るい声で、

「いらっしゃい!」

 セーターを突き上げている柚季の胸のふくらみがまぶしい。

 柚季、思わず目を伏せた雄太に、

「久しぶりね」

 雄太、顔を上げ、誘うような柚季のまなざしに言葉が見つからない。

「はい……」

「毎日来る、って言ったじゃない」

「はい……」

「お金、借りたままだし。いいの?」

「エッ?」

 雄太、柚季のことばをどう受け取っていいのかわからない。

 柚季、立ち尽くしている雄太の前に、カウンターから身を乗り出し、やさしい声でささやく。

「私たち、このままでいいの、って」

 セーターの襟元の間から、柚季の胸のふくらみが覗き……。

「柚季さん! ぼく……」

「どうしたの?」

 柚季、手を伸ばし、雄太の手を握り、強く手前に引く。

 雄太、引かれるままカウンター席に腰をおろす。

 柚季、カウンターの中から出てくると、隣に腰掛け、雄太と間近に向き合う。

 二人の体は20センチと離れていない。

 柚季、顔を近付ける。雄太の頭の中は、真っ白に……。

 と、いきなり、ドアが開く。

「柚季さん、持ってきたよ、アッ……」

 雄太が振り返ると、若い男がコーヒーの挽き豆3袋を、手に抱えている。

「先輩!」

 雄太と同じ仏文科クラスの北伊拓三だ。年は雄太より2つ上。

「雄太! 何やってンだ。こんなところで」

「先輩こそ。どうして?」

 雄太、親しげな目で見つめあう拓三と柚季を交互に見て、虚脱感に襲われる。

「いいです、先輩、わかりました。ぼくがバカでした。あきらめます。ぼくはあきらめがいいほうだから……」

 柚季、笑みを浮かべて、

「雄太、なに一人合点してンの。拓三は、このお店の共同経営者よ」

「経営者! 先輩がッ!」

 拓三、コーヒー豆の袋をカウンターに置き、

「この店は、彼女と7百万づつ出し合って始めたンだ。準備に半年掛けた」

「先輩がたまにしか講義に顔を出さなかったのは、そのせいだったンですか」

「おまえが知多教授の令嬢とよろしくやっていた頃だ。おれの行動には全く無頓着だったしな」

 柚季、にやりッとして、

「雄太、いいひとがいるのね」

「そんなンじゃないです」

「いいわよ。私、支払いがあるから、銀行に行ってくる。拓三、しばらく頼んだわ」

「いいよ、柚季さん」

 柚季、「営業中」の札を裏返して外へ。

 雄太、ドア越しに柚季の後ろ姿を目で追ってから、

「先輩、7百万円なんて、大金、どうやって工面したンですか?」

「気になるのは、それか」

「ほかにも、いろいろありますが、まずそれから」

「勿論、親の金だ。投資だと言ってな」

「ウソをついたンですか」

「ウソじゃない。カレー専門店に投資して、利益の一割を還元するという約束だ」

「先輩、気になることがもう一つ……」

「なんだ」

「柚季さんのお兄さんって、どういう人ですか?」

 拓三、顔を曇らせ、

「あいつか。あの男には関わらないほうがいい。パチプロなんて吹いているが、始終ピーピーしている。金の臭いがすれば、どこにでも行くやつだ」

「柚季さんには厄介者の兄がいるンですね」

「世の中は、自分の都合のいいようにはいかないもンだ」

「先輩の都合、って?」

「そ、そりゃー……」

「柚季さんとラブラブ、でしょ?」

「そんなンじゃ、ねえ。マ……」

 雄太、茶化すように、

「マダ、ですか?」

「マダじゃない。マジメにやっているンだ」

「先輩の真面目は当てにならないから」

「雄太、それより、おまえも、出資しないか?」

「出資? 出資なンて、お金があるわけないでしょ」

「柚季さんの妹、名前は柚似(ゆに)さん、彼女が同じようにカレー専門店をオープンさせようといま準備をしている。ここじゃない、世田谷だ」

「柚季さんに妹がいるンですか。彼女の妹なら美人でしょうね。いくつですか?」

「3つ下と言っていたから、22才だろう」

「ぼくと、ちょうどいい……」

「何がいいンだ。どうだ、出資する気になったか?」

「だから、お金なンか、あるわけないでしょ。この前の3万で、ぼくの財布はいまパニックになっているンだから」

「なんだ、この前の3万、って」

「いいンです。もう、あきらめていますから」

「おまえに出せなンて言っているンじゃない。おまえの親だ。親に投資させるンだ」

「うちの親ですか。先輩のご両親は田舎で製材業をしているから金はあるでしょうが、うちは公務員ですよ」

「中学の教師だろう。小金は溜めているぞ」

「7百万円なンて、無理ですよ。ぼくへの仕送りだって、毎月4万円だけ。あとは自分でバイトしろって話だから」

「ダメか。いい話なンだがな。ほかにだれかいないか。あの教授の娘は?」

「百合さんですか。知多教授の家は元々資産家らしいからお金はあるでしょうが、出資とか投資なンて、そんな俗っぽい話、見向きもしませんよ」

「教授だって、カスミを食って生活しているわけじゃない。案外、金儲けはしっかりやっているかも知れないじゃないか」

「百合さんを愚弄するンですか」

「百合さんじゃない。狙いは父親の知多教授だ。教授に投資させるンだ」

「同じです。東都大の教授は高潔、清廉なンです。これ以上言うと怒りますよ!」

「わかった、わかったよ。おまえの百合さんびいきは、異常だな」

 そのとき、雄太にひらめく。

「います、お金儲けの好きな男が!」

「だれだ」

「ならず不動産の志賀丸尾。最近、部長になった、って話だから」

「金は持っているのか」

「不動産はいま景気がいいっていいますから、確実な投資話だったら、乗ってきますよ」

「よしッ、決まりだ。そいつに会おう!」

 そのとき、外で、ガヤガヤと人の声がする。

「なんですかね」

「おれが見てくる」

 拓三がドアを開けて外に出る。

 外には30代の同じようなスーツを着た男性が5人。

 その中の1人が拓三の前に来る。

「こちらの経営者の方ですか?」

「そうですが、あなたは?」

「私は、いま開店準備中の『DOCO』世田谷店に出資している駒沢といいます。赤塚店がオープンしたと聞いたので、どんなお店なのか、見学にきたンです」

 拓三、全員の顔を見渡し、

「みなさん、そうですか?」

 すると、別の男性が、

「私は、同じ『DOCO』ですが、足立店に出資しています」

 拓三、首をひねり、

「世田谷店だけじゃないのか」

 別の男性は、

「私は、DOCO千代田店に出資しています」

 拓三が5人全員の出資先をまとめてみると、世田谷店、足立店、千代田店、新宿店、渋谷店にそれぞれ出資していることがわかった。

 出資額は拓三の場合と同じ1人、7百万円。拓三の場合と違うのは、共同経営者が柚季本人ではなく、柚季の妹、柚似になっている点だ。

 すると、おかしなことになってくる。柚季の妹の柚似は、開店資金の半額を負担するのだから、少なくとも、7百万円の5店分、すなわち3千5百万円をすでに出資していることになる。それだけの金を持っている柚似とは何者なのか。

 拓三は雄太に携帯を手渡し、銀行に行っている柚季に、すぐに店に戻るように伝えて欲しいと頼んだ。

 ところが、

「先輩、電源を切っているのか、圏外なのか、電話がつながりません」

「どういうことだ……」

 拓三の頭が混乱し始めたとき、駒沢が、

「あなた、北伊拓三さんですね」

「はァ……」

「詳しいことは、拓三という赤塚店の共同経営者に聞くように教えられています」

 そこへ、新たに3人のスーツ姿の男性が現れる。続いて、2人、3人と続いて現れ、30分のうちに全部で、20人に膨れ上がった。

 このため、DOCOの前の歩道はスーツ姿の男性であふれ、車が渋滞するなど、異常な雰囲気になる。

 そのとき駒沢が、拓三の携帯を見て、

「その待ち受けの写真、柚似さんじゃないですか?」

 拓三、驚いて、

「これは、柚似じゃない、姉妹だから似ているかもしれないが、姉の柚季さんだ」

 すると、集まっていた全員が、「それは柚似さんだ」「髪型でわかる」「柚似さんに間違いがない!」などと口々に言う。

「先輩。これ、どういうことですか」

「おれが聞きたい!」

「先輩、柚季さんの妹さんが、この20人の共同経営者になっているとすると、20掛ける7百万円、しめて1億4千万円も出していることになります。柚似さんって、どんな人ですか?」

「おれは会ったことがない。柚季さんから、名前を聞いているだけだ」

「だったら、みなさんが言うように、柚季さんと柚似さんは同一人物ということになります。これ、って、サ……」

「詐欺、ってか!?」

 駒沢たちが口々に騒ぎ出す。

「詐欺だ!」

「騙された、ってのか」

「柚似を出せ!」

 拓三、駒沢を落ち着かせようと、

「待ってください。駒沢さん、あなた、その柚似さんから、どう説明されたンですか?」

 駒沢が話す。

「去年の秋だった。彼女は、軽四輪を使った移動店舗でビジネス街のサラリーマンにカレーを食べさせていた。味がよくて、安かったから、たちまち人気が出た。テレビにも取り上げられたことがある。それから1ヵ月ほどたったある日、柚似さんが会社に戻ろうとするぼくを捕まえ、『こんど世田谷にお店を出すことにしたのだけれど、資金が少し足りないから、手伝ってくれない? お店のやりくりは全部私がする。その代わり、利益の1割を還元するから、投資として考えてくれない?』と、言ってきた。彼女は美人だし、その夜、酒に誘われ、もう少し詳しい話を聞くと、断ることができなくなった。それに人気のカレーショップへの出資だから、悪い話じゃない。だから、承知した」

「きょう、ここに来たのは?」

「不安になったからだ。柚似さんって、よく考えたら、どこに住んでいるのかも知らないし、いままでどんなことをしてきたのかも知らない」

 拓三も同感で、

「それは、おれも同じだ」

「DOCO世田谷店をどんなお店になるのか、知りたくなったから、柚似さんにそう言うと、すでに開店している赤塚店を見ればよくわかると言う。でも、開店してすぐは忙しいから、10日後にして欲しい、って。地図と住所を書いた紙を手渡された。これだよ」

 駒沢はそう言って、1枚の紙を示す。

 それは拓三も見覚えのある「DOCO」赤塚店のオープン時に新聞に折り込んだ宣伝チラシだ。

 拓三の携帯が鳴る。

 画面に「柚季」と出ている。

「いま彼女から電話がかかっている。モシモシ……」

 拓三、携帯に耳を押し当てる。

 携帯から、柚季の声が、

「拓三なの? なんだか、周りがにぎやかみたいだけれど、何か、あったの?」

「駒沢さんが来られています」

「駒沢? なに、それ……」

「DOCO世田谷店の共同経営者ですよ」

「柚似がやっている、あの話ね。でも、柚似の話じゃ、世田谷店は当分凍結することにした、って」

「そんなこといっても、ほかに足立店や新宿店の方、全部で20人がこの店を見学に来られています」

「そうか。10日後と言ったから、みんなきょう一斉に見学に来たのか。サラリーマンは正直ね」

「柚季さん、何言ってるンですか。みんなお金を出しているから、いまさら凍結なンていっても通らないですよ」

「私一人でそんなにたくさんのお店を維持できるわけないでしょ」

「1人じゃないでしょ。妹の柚似さんがいるじゃないですか」

「なに寝ぼけたことを言っているの。柚似は、私の分身。私が赤塚店以外で行動するときの名前よ。もっといろいろ名前を考えておけばよかったのだけれど、名前って考えるの、けっこう面倒なのね」

「柚季さん! それって、よくないンじゃないですか」

「どうして?」

「みんな、カレーショップDOCOが開店すると信じてお金を出しているンですよ」

「拓三、あなたもそうォ? あなたは20代と若いけれど、そこに集まっているのは、みんな30代の独身男性でしょう。会社員って、私のカレーを食べて、それから一緒にお酒を飲むと、決まって誘ってくる。だから、一晩おつきあいする。そこで7百万の出資話をしたら、みんなすぐに乗ってきた」

「柚季さん……おつきあい、って……」

 拓三、思考回路が壊れかける。

「みんな、彼らなりに満足したのだから、しばらく我慢してもらわなくちゃ」

 拓三には柚季の考えが全く理解できない。

「しばらく、ってどれくらいですか?」

「そうね。3年、いや5年か10年かしら……」

「だったら、ひとまず、みなさんに出資金を返すべきじゃないですか」

「そんなことできるわけないでしょ。お金は、全部、兄が持っていったンだから」

「あのパチプロのお兄さんですか!」

「本当言うと、兄じゃないわ。私の寄生虫。離れないの」

「男女の関係なンですか!」

 拓三の持つ携帯に、拓三と一緒に耳を当てていた雄太、拓三の携帯を奪いとる。

「柚季さん、詐欺で訴えられますよ!」

「雄太ね。詐欺って、どういうことよ。赤塚店は営業しているじゃない。もっとも、きょう限り、開店休業になるけれどね」

 雄太、怒りで顔が真っ赤になる。

「柚季さん、ここに戻って来ないつもりですか?」

「当たり前でしょ。さっき戻りかけたら、20人もバカ面下げた男が、店の前に集まっているのが見えたから、戻るのやめたの。雄太には、もう一度会いたいけれど……」

「拓三先輩はどうなるンですか!」

「拓三は一度、いい思いをしているから、いいのよ……」

 そのとき、鋭い笛の音がして雄太の耳をふさぐ。

 若い婦警が自転車で駆けつける。

「柚季さん! よく聞こえません」

「拓三によォく言っておいて。そんなに都合のいい話なンか、何度もないンだから、って。じゃ、切るわね」

 雄太、叫ぶ。

「柚季さん、待って!」

 婦警が自転車のスタンドを立て、雄太に近寄る。

「あなたたち、道路の通行を妨害しています。直ちに解散しなさい」

 雄太、婦警を見て、

「あなた、桜さんでしょ?」

「そうだけど、あなた、どうして私を知っているの」

「ならず不動産の奈良さんの恋人でしょ」

「いやだ。そんなに知られているの」

「詐欺です。捕まえてください」

「ここにいる人、みんなサギ?」

 拓三が天を仰いで、

「サギじゃない。いいカモだ」

                (了)

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カモ あべせい @abesei

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