その神霊達は前世からの繋がりがあるのですが、その分仲が良くて騒がしいです

 ふぅ、と航津海統木大神、人としての名前は昴木すばるきはなですか、が溜め息を吐きます。

「始まる前からぐだぐだだのう」

 言わないでください。

「そうよ、まだ他の四人出て来てないでしょ。ほらほら」

 神御祖神かみみおやかみが奥に向かって囃し立てます。一度に七柱も神が出て来るとわちゃわちゃしますね。もっと配分を考えてくださいませんか。

「にゃ!? わたしのせい!? わたしのせいか!?」

 この事態は端から貴女のやらかしのせいですよ、このおバカ。自覚しなさい。

「もう出て来てよろしいのでしょうか」

「正直、隠れていていいなら出て来たくないのだが。何故人に給仕などせねばならぬ」

「人のために働くんはいいんだが、そこの騒がしいとこに行きたくないっていうのは同意しかないなぁ」

 待ちきれなかったとばかりにいそいそと出て来たのは無表情な少女です。うちの小娘と同じくらい小柄で、振袖の可愛らしさも相まってお人形のようです。

 その少女の後ろに付き添いながらも気乗りしないと出て来たのは苦労が身に滲み付いて身の熟しも草臥れている壮年の男性です。彼は洋装に白衣という装いで医者としての立場を示しています。

 連れ添う二人に一歩引いて続いたのは大柄で気の良さそうな男性です。襷替わりに縄で腕まくりをしていてがっつりと付いた筋肉を見せ付けています。

 最後に無言で姿を現したのは、見ていてもそこにいるのか分からなくなるくらいに存在の薄い長身です。細さでは医師の彼の上を行き、まるで針のような印象を与えます。

 順番に、船そのものである神霊の海勇魚船神わたないさなふねのかみ、海上漂流する船の上で淡水を司る神蛇かむち清淡神蛇命きよあわのかむちのみこと、千切れては無限に数を増やしまたそれぞれが無限に延長する命綱の神霊である天千々万束生綱命あめのちぢのよろづかのきづなのみこと、常に北を示して航海を導く羅針球の神霊である外津来立方示玉針神そとつきたかたしめすたまはりのかみですね。

「うわ、情報量多っ」

 良いですか、もう一度言って差し上げますからきちんと聞いてくださいね。

 全部、貴女の、せいです。

「しかもこの上でそれぞれ人名があるというな。読者に優しくないの」

 花も他人事みたいに呑気な顔しているのではありませんよ。というか、貴女達、誰も彼もがわたしの声をしっかり認識しているとか、人間であるつもり欠片もありませんよね。

「いや、僕は大分聞き取りにくいのだけどね。花さんが側にいて仲介してくれていないと、なんとなくのニュアンスしか受け取れないよ」

 航津海征嗣国主尊わたつみのゆきつぐくにぬしのみことが苦笑い気味に言ってくれていますが、むしろそれくらいの方が人としては正しいです。神の声が一切のノイズなく聞き取れるとか、神代の巫女でもそうそうあり得ませんからね。

「私ははっきりと聴こえます」

 海勇魚船神が小柄ながらも存在を示すように屹然と声を上げます。

「伊佐那はその体でも神体として祀られる船と繋がっているのだから、当たり前だろう」

 海勇魚船神、人名は昴木すばるき伊佐那いさなですか、の子供らしい主張を清淡神蛇命がやんわりと窘めます。ええと、此方の人名は上地かみじ清淡きよあわですか。年の他の面々と比べて年嵩なだけあって名前も一段と古めかしいです。

 伊佐那はくりんと端正で感情の見えない顔を持ち上げて、清淡の厳めしい顔を見上げます。

「我が夫よ、今話題になっているのは天真璽加賀美あめのましるしのかがみの御声が聞き届けられるかどうです。私はその機能をしっかりと備えています」

「分かった、分かった。確かに君の機能は十全であり素晴らしい」

「分かって頂けましたか。主上、我が夫は私の事を全て理解して下さっています。我が夫は良き夫です」

 伊佐那が今度は花と征嗣にくりんと顔を向けて報告をしてきます。

 花は神妙に、征嗣は苦笑してあどけない伊佐那に頷きを返します。

「然り。伊佐那と清淡は誠に仲睦まじく幸せなるかな」

「まぁ、あんまり清淡さんを困らせないようにね」

 尊敬する二人にお墨付きをもらって伊佐那は満足そうにお澄まし顔をしています。元が器物である付喪神って人間に転生すると妙に純真な性格になったりするのですよね。

「てか、前世の因縁があるとは言え普通に犯罪じゃね、そこ」

 気の優しい花と征嗣とは違って、至極真っ当な感性を持っている此窯土盛媛このかまどもりひめがやさぐれながらツッコミを入れます。成人前の伊佐那に婚約者がいるのに自分には浮いた話の一つもないのが遺憾なのでしょう。

「だから! 神名言うなっての!」

 彼女も割と此方の声をはっきり聞こえていますよね。元の神格が高すぎるという訳でもないからこそ、人間として生まれても同格の神格を保持していられるのでしょう。

 ところで、貴女の人名って釜戸かまどひめですよね。元の神名とそう変わりありませんし、そんなに可愛いものでもなくないですか。

「ちくしょー! 下の名前だけなら媛だもの、可愛いもん、可愛いよねー!?」

 ああ、媛が竈に顔を押し付けてボロ泣きしています。いい大人が泣きべそ掻くのって見てて居たたまれませんね。姫じゃなくて媛という字面も今時な可愛らしさがなくて古臭い印象ですし。

「天真璽加賀美って結構畳みかけて一気に凹ますよね」

 なんですか、文句があるのですか。それもこれも何処かの小娘が全然へこたれないから自然と押しが強くなった結果だと思いませんか。

「それはそれとして、四十前と中学生って完全に犯罪なのはその通りだよな」

 此処まで槍が向けられないように引っ込んでいた大男、天千々万束生綱命こと千歳ちとせきずながしみじみと清淡と伊佐那の歳の差を口にします。

 元の神話でも古来の長命である古神と人造された新神であった夫婦です。その因縁は強く人間として生まれて来るにも随分と合間が空いてしまうのですよね。

 伊佐那に至っては人間でありながら人工的に神の船を稼働させる機関として生み出された子でありますし。

 何というか、下地になる神話がしっかりとしたものであるからこそ、一人一人設定が多くて一息に紹介するものではありませんね。

 いえ、仲が良くて話題に事欠かず、見ていて楽しいのですけれども。

「うーん、キャラが濃い」

 だから誰のせいですか、この小娘。貴女にだけはそんな文句を言う資格ありませんからね。

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