その探索者達をもてなそうとしたのですが、うちの小娘を補導しようとしてきます

 エントランスのドアが開かれますと、八房珠鈴やつふさのたますずがその動きに連られて揺れて涼やかな音を無数に重ねます。

 扉の向こうから先ず突き出されたのは透明な壁でした。いえ、それは壁のように体躯の立派な成人男性の全身をカバーする大きさの透明な盾です。ポリカーボネートで造られた最新技術の防護盾というものですね。

 その盾の持ち主は警戒しながら足を進めます。命を懸けてモンスターの蔓延るダンジョンに踏み入れる探索者シーカーとしては熟練の動きだと言えるでしょう。

 鋭い視線を滑らせて部屋中を偵察する彼の視界に飛び込んできたのは、うちのちんまいダンジョンマスターです。

「子供……? モンスター、ではないな」

 探索者は目を眇めて神御祖神かみみおやかみを識別します。人に擬態したモンスターではないのは判別出来たようですが、人に転生した神霊であるというのは分からなかったようです。深層部分以外は正しく人でしかないので無理もありません。

「ちょっと。でかい図体で道塞いでないでよ。あたしが入れないでしょ」

 神御祖神を前にして足を止めていた男性を後ろから女性が叱り付けました。腰の左右に対で刀を佩いた彼女は先行していた男性を押し退けてエントランスに足を踏み入れます。

 男性は迷惑そうに、そして非難するように視線だけで彼女に苦情を入れていますが、女性の方はまるで気にしていません。

 二人がしっかりとエントランスに入ったところで、神御祖神がエプロンドレス姿に似合った折り目正しいお辞儀で旋毛を二人に見せます。

「神霊カフェダンジョン『神処かんどころ』にようこそいらっしゃいました」

 カフェとしても格式高く、ましてダンジョンとしては有り得ない出迎えをされて、探索者の二人がぽかんと口を開けてしまっています。

「神霊カフェ……?」

「え、でもダンジョン? ダンジョンだよね。うちらダンジョンに入ったんだよね? 神霊カフェってなに?」

 そこの小娘、悪戯が成功したみたいな感じでにこにこしているのではありません。お客様が戸惑ったままにするのは出迎えた主人としてどうなのですか。

 二人の探索者から見て奥に位置するカウンターの中にいる灯理とうりが諦めの溜め息を吐いてそちらに向かって来ているではありませんか。

 灯理はぐわしと小娘の頭を手で押し付けて乱暴を揺すって、その態度の悪さにお仕置きをします。いいですよ、もっとやっちゃってください。

「ぬぁあああー。とーりー、目がまーわーるーよー」

「どうも。ここはダンジョンだけどカフェとして来た客をもてなすのをコンセプトにしているらしい」

 灯理は小娘の苦情をしっかりと無視して、二人の来客に目を合わせてこのダンジョンについて説明をします。

 この場で襲われる事はないと判断したのでしょう、男性は盾の構えを解いて頭を掻いています。そうですよね、頭が痛くなるような内容ですよね。

「あー、君がここのダンジョンマスターでこの子はお手伝いか何かなのかな?」

 男性は真っ当な思考で弾き出した推測で灯理に訊ねます。

 それに対して灯理は軽く肩を竦めます。

「ざんねん。逆」

 灯理の返答に相手の男性は鳩が豆鉄砲を食ったように目を丸くします。そして神御祖神を見下ろして、それから灯理に視線を上げて、最後に灯理に確認をするようにして神御祖神を指差しました。

 神に指を差すなんて随分と無礼ではありますが、これについては神御祖神が自分の正体を告げていないので文句も言えません。ちゃんと崇められるようにしてほしいのですが、この神ときたら今も昔も自分が何者であるのか隠したがる困ったちゃんなのです。

 灯理の方はというと、見間違いがないようにしっかりと頷いて、立場が灯理が下で神御祖神が上であるのだと黙って伝えます。

「冗談ではなく?」

「残念ながら真実」

 それでも信じられないという彼に灯理は溜めもせずに駄目押しを返します。

 そんな男性陣の横を擦り抜けて、もう一人の方、女性の探索者が神御祖神の前で屈んで目線を合わせました。

「お嬢ちゃんがここのダンジョンマスターなの?」

「そうだよ。神霊が来た人をもてなしてくれるカフェなダンジョンだよ」

 探索者の女性はじっと神御祖神の目を見詰めて、神御祖神もじっと見返します。

「お嬢ちゃん、何才?」

「十二!」

 神御祖神は元気良く左手に人差し指一本、右手に人差し指と中指の二本を立てて、年齢の数字を見せ付けます。

 その瞬間に女性の顔に冷たい笑みが張り付きました。

「今日、月曜日なんだけど、学校はどうしたのかな?」

 おや。探索者なんてしている割に実は常識に厳しいようですね。彼女は神御祖神の肩をがしっと掴んで逃がさないようにしました。

 神御祖神は冷や汗を垂らして視線を反らしてしますが、貴女、神としての威厳とか持ってないのですか。もっていませんでしたね、昔から。

「取りあえず、小学生? 中学生?」

「えと……今日誕生日、かなー」

「小六ね? こんなところでダンジョンなんて作ってお母さんとお父さんが心配してるんじゃいかな?」

「だいじょうぶ! うちの母親、ダンジョン作って生きていくって言ったら、死なないなら好きにしろって話ついてるから! どうせ学校とか元から行ってないし!」

 なんですか、貴女、不登校児童だったのですか。人の社会に適応出来ないで引き籠る癖治ってなかったのですね。

『神って普通成長しないものだからねー』

 八房珠鈴、貴女達がそうやって甘やかすからこの神が社会性を身に付けないのですよ。

『神相手に社会性とか言い出してなんの意味があるの?』

 少なくとも今の神御祖神は人として生まれて来ているので、人として生きていくのに意味はありますからね。わたしは探索者の彼女を応援しますよ。

「うん、取りあえずお家帰って親御さん含めてお話しようか? 軽く育児放棄案件だからね?」

「え、やだやだ。ちゃんとお互い納得の上だもん! 学校行かなくてもちゃんと学力あるから問題ないもん!」

 学校に通う意味を学力だけと思っているのではありません。日本の義務教育は憲法に定められた親の務めであると知っていますからね。

「子供の多様性を無視して一律な教育方法しか用意しないので義務にしているのは、むしろ憲法の不全だと思うな!」

「……え、お嬢ちゃん、誰と話してるの?」

「あ、やべ」

 人前だからわたしや八房珠鈴に会話を返さないようにしていた神御祖神がつい反論してきました。貴女、割と口を滑らせますよね。

「何かいるの……?」

 ダンジョンマスターであれば目に見えないしもべを仕えさせているかもしれないと思ったのか、探索者の女性は素早く瞳だけを左右に振って探りを入れました。

 ダンジョンでなかったら、精神疾患を疑われるところでしたね。

「神様とお話出来るらしいですよ」

 ここまで我関せずとお澄ましで控えていたらんがこの場面で口を挟みます。

 探索者が彼女に視線を向けると、嵐はそばにいた澪穂解冷茶比女みをほどくひさひめの肩にぽんと手を置きました。

「ちなみに、こちらの澪ちゃんも神様です」

 このダンジョンに入ってから何度目でしょうか、探索者の二人はまた揃って目を丸くしました。お仕着せで慎ましく立つ少女が神と言われてもピンと来ないのは理解出来ます。

「あと、灯理さんも神様ですよ。それとあたしの彼氏なのです」

 むふん、と鼻息を荒くして嵐は自慢の彼氏に豊かな胸を張ります。

 そんな予想外の攻撃に当の本人は恥ずかしさで耳を赤く染めて額に手を当てていますが。

「総司」

「俺の識別では分からない。本当に神霊ならスキルが弾かれても不思議じゃないけどな」

 探索者の女性が短く男性の名前を呼ぶと、相棒からは真偽不明だと返されます。

 現実に限らず、ダンジョンでも神霊は最上位で稀少な存在ですから、前例がなくても妥当です。

 そして探索者の二人が疑問を抱いたのを隙と見て、神御祖神は押し込みに入りました。

「てか、少なくともこのダンジョンにおいてはわたしがルールだから! わたしに言う事聞かせたいならこのダンジョンを攻略……は無理だから、ええと、そうだな」

 貴女、押し切るつもりだったのですよね。何を人間相手に遠慮して言い淀んでいるのですか。

 家に戻されてきちんと登校するつもりがないのに、相手が達成出来るような条件を出してどうします。いえ、わたしは貴女がちゃんと人間社会で馴染めるくらいに気遣いを身に付けてくださるのは嬉しいので今すぐにでも引き渡したいですけれども。

「やばい、身内に売られる……そうね、せめてわたしの生んだ神霊の一柱でも倒してからにしてもらいましょうか!」

 神御祖神はびしりと人差し指を探索者達に突き付けます。

「なぁ、さっきから情報量が多過ぎて整理出来ないんだけど」

「なんか、すまん」

 総司は神御祖神を相手しきれないと灯理に助けを求めますが、灯理も謝る事しか出来ません。

「いいわよ、やってやろうじゃない」

 そして女性の方はやる気満々で神御祖神の提案に乗って刀を抜きました。店内で抜刀とか控え目に言って事件です。

「待って! 待って! ここには戦闘系の神霊いないから! バトルは場所を変えよう! お願い!」

 喧嘩を吹っ掛けたのは貴女なのに慌てて条件を付け足すとか情けないですね。

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