神様はつくれますか?

秋田 夜美

プロローグ

「くっ、このままでは……」


 長身痩躯ちょうしんそうく錬成士れんせいしの制服に包んだ男は、耐えかねたように声を漏らした。


 辺りには強風が渦巻き、先ほどまで着用していた黒の外套がいとうは遥か後方へ飛んでいってしまった。


 しかし、男はそんなことを気にしている余裕はないようで、手にした強化杖ロッドから強烈に輝く錬成光マナを放ちながら、しきりに左右へ視線を走らせていた。どうやら気にしているのは、自分のことではないらしい。



 視線の先のひとつには、小柄な女がいた。

 平時はキレイに整えられているであろう灰色の長い髪は、やはり風にあおられ、着用しているケープコートも裏地の深緑がかなりの面積を露出している。


 この女もまた、必死の形相で錬成光マナを放っていて、二人の間に鎮座ちんざされた巨大な根源石クリスタル錬成色れんせいしょくである緑に染め上げていた。


 「はぁ……はぁ……」


 その表情は苦悶くもんに満ちていて、噛み締める下唇からは血の筋があごまで伸びている。

 ガクガクと震えだす身体を押さえこもうとしているあたり、錬成光マナ切れが近いのかもしれない。



 視線のもう一つには、黒のマントを羽織はおった男がいた。


 この男だけは強化杖ロッドを持たず、胸に構えたてのひらから錬成光マナを放っていて、どことなく繊細な操作を行っているような印象がある。

 さらに不思議なことには、根源石クリスタルまでの距離は先の二人と変わらないというのに、この男の周囲だけは、地響きは小さくなり、風は弱まっている。

 最小限の錬成光マナで防壁を置きながら錬成する、という神業をやってのけているのかもしれない。もしくは錬成物アーティファクト賜物たまものか――。


 恐らく、この男の錬成は一段抜けた存在なのだろう。

 ただ、そんなマントの男の身体にも異常が発生していた。


 精気が、表情が、ないのだ――。


 顔つきは病院のベットに横たわっている病人とそう変わらない。目の下には濃いくまが浮かび、口は半開きで小刻こきざみに震えている。


「耐えてくれ……耐えてくれ……耐えてくれ……」


 その震えが男の祈りであることには、神様さえ気付かなかったのかもしれない。




「おお…!」


 ボッと火がくように根源石クリスタルが発光しはじめたのと同時に、どこからか歓声があがる。


 いつの間にか、この半円上のドームに十数人の錬成士が入ってきていたようだ。


 だが、その高揚感もつかの間、満身創痍まんしんそういな三人の姿に息を呑むと、彼らは円状に陣をいて、各々が強化杖ロッドてのひらに意識を集中させていく。

 錬成士たちの身体からだ錬成光マナによって光を帯びると、やがてその光がほたるのような小さな粒になって漂い始め、消耗しょうもうした三人の元へと飛んでいった。


 三人がまとっている光の中へ蛍が次々と飛び込んでいくと、その量に比例して、三人の顔色は改善していく。どうやら錬成光マナを分け与えているようだ。


 根源石クリスタルへ放つ錬成光マナはそのままに、三人は背後に並んだ仲間たちを振り返る。

 そして、互いに力強くうなずいて見せると、満足げに笑顔を浮かべた。そこには厚い信頼関係があるようだった。


 思わぬ形で錬成光マナ補給ほきゅうした錬成士たちは勢いを取り戻すと、根源石クリスタルの発光は加速度的に強くなっていった。




 どれほど時間がっただろうか。

 自らが発する光によって根源石クリスタルが覆い隠された頃、光の柱が天へと昇り始めた。


 その光がドームの頂点にたどり着くと、ガラスのような透明な素材で構成されている円形の天窓を破壊することなく貫き、ぐんぐんと空へと昇っていく。


「あと少しだ……」


 黒マントの男が再び精気の失った表情で、その光に追いすがる。

 先ほどよりも希望が込められたその言葉は、錬成の成功を予感させるようであった。

 

 しかし――。


 それは正しくなかった。


 男が呟いた直後、まばたきをしている間に、光の柱が消失してしまったのだ。

 

「なん……だと」


 男は愕然がくぜんとしながら視線を下げていくと、三人の一画いっかくを担っていた小柄な女が、全身をガクガクと震わせながら崩れ落ちていくところだった。


 その光景に目を見開いた男の表情は、正気を取り戻した時のそれだった。


「ノーテぇぇえーーー!!!!」


 女の名であろうか、男は絶叫した。

 だが、時すでに遅く、のどがはち切れんばかりの声は虚しく響き、女は倒れた。


「どうして――。みんなは、どこへいっ……」


 男が辺りを見渡すと、背後に白い何かがいくつも転がっていることに気付く。

 それは――。

 

 厚く信頼しあっていた仲間たちのむくろだった。


「あっ……あぁぁあ゛あ゛ーー!!!!!」


 泡を吹いて失神した者。血を吐き崩れ落ちた者。身体が砂と化して散った者。

 いずれも錬成光マナ枯渇こかつによって起きる症状であった。

 

 彼らは、錬成を成功させるため――いや恐らくは三人を生かすため――限界を超えて錬成光マナを供給してしまったのだ。


 黒マント男は極限状態の錬成に全てをけて、生命エネルギーすら錬成光マナへ変えていただろう。それゆえ、意識を朦朧もうろうとさせ、一人また一人と倒れていくことに気付けずにいた。


 もうこのドームで立っているのは、この男と外套がいとうを飛ばされた長身の錬成士だけだった。



 沈黙が支配するこの空間で、突如とつじょピキピキと嫌な音が響きはじめた。


 何が起きているのかは想像にかたくない。

 マナを大量に溜め込んだ根源石クリスタルは、三種の力を均等に供給しつづけることによって、力を拡散せずに保っていた。


 しかし、今その一画いっかくが崩れ、継続的な錬成光マナの供給は不可能だった。

 

 錬成は失敗したのだ。



 ひと際大きなビシッという音が響いた後、根源石クリスタルは崩壊していき、中に秘められていた圧縮された錬成光マナが四方八方へと漏れ出した。

 

 その余りの眩しさに目をつむると、次に開けた時には、圧縮されていた錬成光マナが無秩序に爆散ばくさんして、そこにある全てをちりに変えていくところだった。


 かろうじて生きていた者。既に死んでいた者。それぞれが等しく爆炎に飲み込まれていった。


 あの黒ローブの男の悲しい咆哮ほうこうだけを耳に残して――。

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