旅立ち シンシア編
第1話 いざ、中央神都シンシアへ
「……ちゃん。お兄ちゃん!」
どこからか声が聞こえる。あぁ、ユナの声か。
「リズお兄ちゃん、大丈夫?」
なんだか、不思議な夢を見たような――。
テーブルに
「――っ! や、やっと起きた!」
至近距離で目が合ってしまったからか、ユナは弾けるように距離を取った。
その機敏な動きに
「そ、そろそろ出発の時間だよ、お兄ちゃん」
「――ほんとだ。お腹いっぱいになったら、つい眠くなっちゃって」
ユナは
「ゴク、ゴク……。ふう、目が覚めたよ。ありがとう、ユナ」
一気に飲み干して目を細めると、ユナはまだ幼さの残る笑顔を見せる。窓から入ってきた朝の風が、彼女の茶色の髪をサラサラと
ここはユークリッド食堂。
店には角が落とされた長方形のテーブルがいくつも並んでいて、これから仕事に向かう人々が思いおもいの席で腹ごしらえをしていた。壁には安い油絵が飾られ、店の端には
僕が
「
すると、すぐに何かを炒めていた音が止んで、長い髪が邪魔にならないようひとつに
二人を伴い、冷えたノブを回して外に出ると、まだ登り始めたばかりの太陽が優しく僕たちを照らす。三人分の影が隣家の壁まで伸びていた。
「じゃあ、行ってくるね。明後日の夕方には戻るから」
僕がそう告げると、義母さんとユナは笑みを浮かべて
「気を付けて行ってきな!」
「お兄ちゃん、いってらっしゃい。頑張ってね!」
二人の見送りを受けて僕も同じように頷くと、それから新たな一歩を踏み出した。
レンガ造りの家々を通り過ぎた路地で振り向くと、二人はまだそこにいて手を振っていた。朝焼けのせいか、その光景はどこか懐かしい気分に僕をさせるのであった。
アリアの街を出てから田畑と草原を横目に
この橋はアリアと目的地の
造られたのはここ十年の話だが、大型の馬車が安全に通れるようになったことで商人の行き来が随分増えたと聞く。
橋を渡り終えると、今度は緩やかな
日ごろから森が遊び場だった僕からすれば、ほとんど平坦と言っても過言ではなかった。
額にじんわりと汗をかきつつ丘の頂上付近に辿り着くと、木々の隙間から整備された道が見えてくる。オルレアン街道だ。
この街道は、
どのぐらいが錬成士になれるんだろう――。
僕は
丘を下って街道を
高さ八メートルを超える分厚い壁が街を囲み、中央にそびえ立つ
壁に
「すごい……! キレイな街並みだな」
「城壁は錬成されたものらしいぞ。どんだけ大変だったんだ?!」
「かぁーっ、やっと着いたぜ! 酒を浴びるほど飲んでやらぁ!」
「無事に帰って来れた~! 長い道のりもこれで終わりね」
街道を往く人々は皆、旅の終わりを喜んでいた。
城壁の隙間につくられた
出入りを拒否されることもあるというが、過去に重大な犯罪を犯してるとか、人を連れ去ろうとしているとか、そういった場合に限定されるらしい。検問に緊張していた子供の頃の僕に父が教えてくれた話だ。
そんなことを思い出していると、僕の番がやってくる。
「止まれ。名前と出立地、用向きを言え」
「えっと、アリアから参りましたリズム=T=ヴェアトリクスです。
僕が名乗ると警備隊員は少しばかり驚いたような表情を浮かべたが、すぐに手首に着けた端末から投影させた資料に目を落とす。チェックが終わると、今度は腰に巻いたホルダーからハンドガンタイプの
結果はすぐに出たようだ。
「ようこそ
警備隊員のこの一言で僕の半日の行程は実り、晴れて
大門を
街に入ったからか、検問所を抜けたからか定かではないが、とにかく少しばかりの開放感があった。道中気負っていたつもりはないのだが、どこかに緊張を抱えていたらしい。
そのオルレアン通りから一本入った路地を左に曲がると宿屋が並ぶ一画があり、その中の一軒に今日明日の僕の寝床が用意されているはずだ。
「確かこの辺りだったと思うけど。……あった! オルレアンの酒場兼宿屋」
それほど苦労せず目的の建物を見つけるが、その外見は年季が入っていてお世辞にもキレイとは言い難い。
大丈夫だろうか。この宿屋――。
一抹の不安を抱きながら扉を開けると、来店を知らせるベルが鳴った。すると、奥の方でカウンターを拭いていた女性が気付き、こちらへ近づいて来る。
酒盛りにはまだ早い時間なのか、店内の客は
「いらっしゃいま……リズ君?! 大きくなったわねー!」
女主人はそれが僕だと気付くと、一気に口調を崩した。
「お久しぶりです、メリナさん。今日と明日お世話になります」
宿屋よりも酒場の店主という雰囲気の強いこの人は、
僕が初めてメリナさんに会ったのは、
「うんうん。儀式の前後で忙しいと思うけど、ゆっくりしていってね」
「はい、ありがとうございます」
「ユークリッドは元気にしてる?」
「相変わらず元気すぎるぐらいに元気です……」
「それはよかったわ。また食事の時にでも話を聞かせてちょうだいね」
「もちろんです」
メリナさんは僕の返事に満足そうにしてから、手元の引き出しを開けた。
「はい、これ鍵ね。階段を上がって左手前の部屋を使ってくれるかしら」
僕は差し出された鍵を受け取って酒場の奥の階段を上ると、二階はシンと静かだった。
酒を飲む客は少なかったとはいえ、不思議なくらい
客室は五部屋。通路の左側が一人用で、右側が少し大きめな造りになっている。
僕はあてがわれた部屋に鍵を差し込むと扉を開く。部屋はシンプルな内装だったが、手入れが行き届いていて、店の外観からは想像できないほど清潔であった。レースのカーテンや寝具は使い込まれているものの真っ白で、窓際の脇机と椅子はキレイに磨かれていた。一泊二千エルドと聞かされていたが、これでは全く釣り合わない。
義母さんとメリナさんの間にはいったい何があったのだろうか――。
思わずそんな想像をしてしまう僕であった。
ふと気付けば、空が赤く焼けて太陽が山脈の向こうに沈んでいくところだった。少し休息を取る程度のつもりだったが、快適なベッドに思いのほか寝入ってしまったようだ。
久しぶりの
夜、寝れるかな――。
そんな僕の不安を知ることなく、
街を見てくるとメリナさんに告げて宿を出ると、下見も
この
それが錬成だ。錬成というのは、
そして錬成士とは、その錬成を正しく行なうことができ、かつ協会から認められた者だけが就くことができる職業で、
僕も例に漏れず錬成士に憧れを持つうちの一人で、
僕は宿屋の区画からオルレアン通りへ出ると、通り沿いに塔を目指すことにした。
両側には、大きな食堂や酒場、
明日は外で食べてもいいかもしれない――。
そんなことを思いながら通りを真っすぐに歩いていると、
中央に置かれた塔は鉄の柵に覆われていて、
少々物々しい印象は拭えないが、塔は錬成士協会の本部にもなっているため、
よっぽど寝過ごさないと遅刻はない、と――。
朝がとことん苦手な僕は、そんなことを考えながら帰路へとついた。
大通りをのんびり歩きながら宿屋の一画まで帰ってくると、今日の寝床の数軒隣に
こんな時間に街を発つんだろうか――?
横目で観察しながら通り過ぎると、馬車で隠される格好になっている宿の裏口に、大男が肩を揺らして入っていくのが見える。お世辞にも上等とはいえない服装で、歩き方からも貴族や錬成士と異なるそれであるとわかる。
確かこの宿屋は上級の部類だったはず。宿の看板を確認すると、やはり
ということは――。
僕の
息を潜めて待っていると、やがて先ほどの大男が肩に袋を担いでやってきた。人影を気にするように左右を確認して馬車に荷物を積み込もうとするが、そこで何かを落とす。
暗闇に紛れて見えにくかったが、目を凝らすと赤の刺繡があしらわれたブーツだとわかる。
やっぱり。こいつら人攫いか――。
モゾモゾと動く袋のサイズとブーツから推測するに、中身は
大男は急いでブーツを拾うと
どうする。助けを呼ぶべきだろうか――?
単独であの大男を倒すのは厳しそうだ。
街の外に出るのであれば検問に引っかかるはずだが、街中のどこかに移されれば見つけるには時間がかかる。そもそも目撃者が僕しかいないとなると、警備隊がどこまで取り合ってくれるか……。
「やるしかないっ!」
自分を
あの大男さえどうにかできれば――!
僕は勢いよく立ち上がると、既に動き出した馬車に向かってひとり走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます