第四章 記念ガチャイベント

第63話 思いつきで始まる記念ガチャ



「ガチャガチャの台数をもう一台増やそっかなー」


「……突然どうしたの?」


 椅子に座ってスマホを弄っていた田中が突然、顔を上げて灰華を見ると、そう発言した。

 しかもその内容は、ガチャ屋の今後にとってとても重要なことについてだ。田中との付き合いはそれなりに長い灰華でも、急に何を言い出したんだこいつ、という様な目で田中を見つめ返して返答する。

 

 そもそも、この店自体が田中の思いつきで始まった店である。店にとって重要な変更もまた、田中の思いつきで変更されてしまうのだ。

 今回、田中がガチャガチャを一台増やそうと考えたのは――――、


「魔剣やポーションで狂った奴らは、相変わらずどうしたらいいのか分からないけど、客が多すぎる問題については、ガチャガチャもう一台配置すれば時間短縮出来ると思うんだ」


「……なるほど。たしかにもう一台あるといいかもしれない――」


 灰華はそこで言葉を切り。 


「……でも、お店に入らないって問題がある。 ガチャガチャ一台で既に限界」


 ――と続けた。

 そう店屋はもうガチャガチャ一台でかなり狭い。もう一台など入る筈もないのである。

 ガチャガチャをもう一台増やせばいいことは、以前から分かりきっていたことだ。


 だが、田中が今になってこの案を提案したのには可能性があったからだった。

 

「店の大きさが足りないなら――――店屋を大きくすればいいのさ。

 隣の店が最近潰れたみたいだし、工事でそこの壁をぶち抜いてもらって大きくしよう」


 田中は、これで全て解決!、とでもいうような自信満々なドヤ顔でそう発言した。

 だが、灰華はまだ全ての疑問が解消出来ていないようで――、


「……壁を壊して広げるのって認められるの?」


「……分からん。沢山お金払ったら許可出るんじゃない?」


 灰華の質問は、田中にもどうなのか分からない。返ってきたのは、札束で殴ればなんとかなる戦法だった。


「……騒音の問題もある」


「それについても考えた。騒音を出さないってのを売りにしてる最近有名な業者に依頼すればいい」


 田中は件の業者のホームページ画面を開いたスマホを、灰華へと渡した。

 


「……ほんとだ。どうやってるの?」


「多分、ジョブじゃないか? どんなジョブかは知らないけど。」


「………そっか。ジョブならありえる」


 ガチャガチャを増やす上で、他に問題が無いか話し合う田中と灰華。進めてみないと分からないが、分かりきっていた問題の大体がなんとかなりそうだったので、トライアンドエラーの精神で突き進むことにしたようだ。





  

 そして――――他にも問題が見つかった。とても大きな問題が。



「……ところで工事ってどれくらい時間かかるの?」


「あ……。

 ……工事はすぐには終わらない……よなぁ。今からじゃ間に合わないか。

 店屋が工事されているんなら、営業出来ないだろうし、せっかく作るんだから、二台目のガチャガチャの設置まで待ちたいって気持ちもあるし……まいったな」


「諦めて工事が終わるまで待つ?」


「いや、まだ他にもいい手がある筈……

 うーん………………………………あ、そうだ!」


「もう思いついたの? 早い」


 田中の思いつくまでの時間は短かった。何しろ思いついた案。それは、少し前に田中が参加したかった、あるオフ会から着想を得たものだったからである。

 


「この前のLR魔剣を巡ったオフ会を参考にしてダンジョンで開催しちゃおう!

 そしたら、店を使わなくても済むし、やれば次までの時間的猶予も生まれる!」


「どういうこと? ダンジョンに魔剣を隠すの?」


「トレジャーハントみたいで良くない? あと、うちはガチャ屋だし。探すのはガチャガチャ」


「……ガチャガチャを探す?」


「ガチャガチャをダンジョンに設置するんだ。

店にある特注品で作ってもらった特大のガチャガチャじゃなくて、すぐに買える中で一番大きいガチャガチャを用意して、それをダンジョンに設置する。」


「…………」


「ダンジョンに隠された強い武器を見つけるのが人気なのは、オフ会の参加者の数から分かる。だからそのトレジャーハント要素を組み込んじゃおう!」


「……でも、あれは無料でLRの魔剣が手に入るから。

わざわざダンジョンに潜らないといけないのは面倒。お客さん、少なくなると思う……」


「いや、もちろんただガチャをまわさせるだけじゃないさ。この際、記念ガチャイベントにする」


「記念ガチャイベント?」 


「あぁ、みんな大好き記念ガチャだ。

 そうだな……魔剣が当たる確率、2倍とかどう? 」

 

 記念ガチャ――リリース日に行われる周年ガチャ、ゴールデンウィークといった特別な期間に開催されるガチャなどのことを言う。

 これらの記念ガチャを心待ちにしている者達は多い。何故なら記念ガチャは総じて、良いものが出る確率が高く設定されているからである。

 田中は、スマホでプレイしているソシャゲなどで、記念ガチャが来たらとても嬉しい。で、あるのならば他の人達も嬉しい筈……! 、というのが田中の考えだった。

 実際、普通の人間は魔剣が当たる確率が低いより、高い方が良いと思うので間違いではない。好き好んで爆死したい人間なんて(絶対とは言い切れないが)いないのだ。


「あと、客からは爆死ばっかりさせてるクソ運営みたいに思われている筈だろうから、ここら辺で客のことを考えてますよアピールしとく。これで、コロッと客からの印象が良くなるんだちょろいもんだ」


 田中は、客に聞かれでもしたら、一発で炎上間違いなしのあんまりな発言を追加した。


「……それは一人のソシャゲユーザーとしての経験談?」


「……ノーコメントで」


 田中もまた、普段は「ガチャが渋いからクソゲー」、と言っているゲームが記念ガチャを開催したら、「やっぱ神ゲーだわ」、と評価をすぐに改める。田中もちょろい客の一人なのである。







 

「客は全員冒険者なんだし、運だけじゃなく実力要素が追加されるのは喜ぶんじゃない?まぁ、最終的にはガチャだから運なんだけどな。

 ガチャガチャは、何十カ所に設置するとはいえ、特注の巨大な奴ではないから、中身の総数は少なくなるけど、それを逆手にとるんだ。

 確率を上げるためにいらないキーホルダーとかを結構減らしたら、必然的に魔剣が出る確率も高くなるからな」


「なるほど。でも記念ガチャ…………次回は何かの記念ってあった?」


 灰華は考えるが、次回がそもそも何の記念なのかまったく分からない。

 ガチャ屋を始めて、一周年どころか、半周年もまだ訪れていなかった。


 田中は沈黙すると――、


「ガチャ……爆死……死……四……次でガチャも四回目だから、爆死と掛けて記念ってことにしよう!」


 爆死のしを四に掛けて、次回の第四回となるガチャ屋を記念回にすることを提案した。



「強引な気がする……」


「……みんなお待ちかねの記念ガチャな訳だし、深く突っ込んでこないさ……きっと」


「そうなのかな……?」


「場所はなるべく、強いモンスターがいたら、死者が出てヤバいよな」


「冒険者のスタッフを雇う?」


「そうだな……あと、開催場所のダンジョンは、モンスターが少ない代わりに、構造が複雑で迷路みたいに入り組んでいる土系ダンジョンから探そう。迷宮っぽいし、トレジャーハント感がある」

 



 



 その後――――――拡張工事は無事に決定され、四回目の開催は、記念ガチャで決まった。

 ショッピングセンター側としても、田中達のガチャ屋はたまにしか開かないものの、開けば冒険者達がたくさん押し寄せてくる大人気店だ。

 最近では、魔剣が景品のガチャ屋が出店している唯一のショッピングセンターとして、知名度も上がっている。もはや看板店の域にあるかもしれない。看板店が、お金まで多めに払ってくれるのであれば、断る理由などなかったのである。


 そうしてショッピングセンター等の様々な思惑があったが、当人達は深く考えないまま、記念ガチャが開かれることになったのだった。

 

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