第61話 デート回~カフェ編~



 デートとは、好意を持った二人があらかじめ日時を指定して関係を深めるという甘酸っぱいものである。


 田中達の店がある、冒険者専用ショッピングセンター。ここには、ダンジョンで使える武器屋だけでなく、田中達がかつて行った寿司屋など、飲食店も出店されている。

 そんな出店されている飲食店の一つに――お洒落なカフェがある。雰囲気的にも、デートに向いている場所であり、よく冒険者のカップルがデートに訪れるスポットだ。

 生死を共にする冒険者同士、お互いの命を助け合っていくうちに、自然と惹かれていた。なんてことはよくあることだった。



 

 そんなカフェに灰華はいた。


「パフェ美味しい」


 灰華は期間限定のイチゴ尽くしのパフェを黙々と食べる。

 だが、そこには田中の姿はない。待ち合わせをしているという訳でもない。灰華はデートをしに来た訳ではなく、ただ店の外に貼られていた期間限定のイチゴパフェに惹かれて食べに来ただけなの只の客だ。

 そう――とある人物のデートを目撃者してしまった只の客なのだ。

 

『初めてのデートだが、行き先として選んだこのカフェを気に入ってくれただろうか? 何でも冒険者カップル御用達だと話題になっているようだ』


『………………』



「ん……? どこかで聞いたことのあるような声が……」


 思い出そうと脳を働かすが、どうにも思い出すことが出来ない。まるで思い出したくなくて、記憶が拒絶反応を起こしているかのように。

 だが、喉元まで答えが出ると、気になってしまうというのが人の性。灰華もそれに漏れず、答え合わせの為に声の方向を振り向き――


「……っ!?」


 硬直した。そして同様のあまり、パフェを掬っていたスプーンをつい落とし、ポカンと呆然とする。

 普段無表情といってもいい灰華の表情は、今は誰が見ても驚愕していることが分かる程、顔に出ていた。


 ――その光景は混沌としていた。

 一部始終を見終わった灰華は、それ以後、魔剣好き好き戦士が店に現れると警戒態勢に入るようになる。



  

 ――恋愛担当は、田中達ではなく……彼等だ。


――――――――――――――――――――


「すまない、注文しても良いだろうか?」


「あ、はい! ただいま向かいます!」

 

 カフェの二人席。そこには一人の客が座っている。そう生物学的には人間は一人だった。詳しくいうのであればその人物は男である。

 その席へと、呼び止められたカフェの店員はオーダーを取りに向かう。


 そして――その男は堂々とした様子で、とあるメニューを指差して注文する。

 

「このカップル専用のパフェを頼む」


「あのー……これはカップル限定でして……」


「……? 何か問題でもあるのか?」


「いや……それはお客様はお一人ですし……カップルではないので」


 店員は混乱した。この客が一人だというのにカップル専用メニューを堂々と頼んでくることに。なんとか丁寧に説明しようとするが……


「……? よく見てみろ」


 男――魔剣好き好き戦士には話が通じなかった。人差し指を自分の反対側の席に向ける。カフェの店員が理解出来ないのが不思議でならないという表情で。

 そこには“人”はいない。そう生物学上の定義における“人”はいなかった。だが、何もない訳ではない。

 いる……いやあるのだ。魔剣が。――魔剣好き好き戦士がヘドロまみれの状態で回収した、ダンジョンゴミ拾いオフ会で手に入れた朱寧が魔剣好き好き戦士の反対側の席に縦に置かれている。


「えっと……後から彼女さんが来るということですか?」


「何を言っている! 俺の彼女ならそこにいるだろう !」


「彼女って……まさかアレですか? 幽霊的なやつがそこにいるとか? それともイマジナリー的なやつですか? ……もしかしてからかってます?」


「違う! そこにいる世にも美しい魔剣ひと――“朱寧”が目に入らないのか」


「……魔剣? たしかにありますね……それとお客様の彼女とで何が関係しているのでしょうか?」


「分からないか? 魔剣――名は朱寧というのだが、朱寧は俺の彼女なんだ」


「いくらカップル割がしてもらいたいからってそれは無理がありますって……」


 呆れ果てるカフェ店員。世の中は多様性の時代だ。カップル専用といっても同性ならば許容されているぐらいには。

 だが、片方は人ですらないのだ。魔剣――このショッピングセンターで働いている以上、何度も話に聞いたことがある例のガチャ屋で当たる、魔法を放てるという反則武器。

 だが、擬人化するという話は聞いたことがない。少なくとも店員の耳には。


 ――無機物はさすがに駄目だろう……。


 

 

「俺と朱寧は相思相愛のカップルだ。俺達以上に愛し合っているカップルなんぞいないと言える程だ」


「……は、話が通じねぇ~

せめて人型に恋しろや……」


 多様性の限界でも目指しているのだろうか? と戸惑うカフェ店員。さすがに、生きてすらいない無機物を彼女認定してしまえば、世の中の物はなんでもカップルになり得てしまう。

 自身の常識を守る為にカフェ店員は魔剣と一緒ではカップル認定出来ないと断固として魔剣好き好き戦士を拒否し、それでも「俺は魔剣を愛しているんだ!」と食い下がり続け、とうとう魔剣にディープキスをし始めたので、店から追い出した。






 店から叩き出された魔剣好き好き戦士と朱寧の二人はその場から動かない。というより、魔剣好き好き戦士が動かない限り、朱寧は動けないのだが。 


 初デートの場所選びに失敗した。だが、魔剣好き好き戦士にはそれよりも悔しいことがあった。 


「俺は悔しい。見ず知らずの他人に、人間と魔剣がカップルなんてありえないと否定されてしまったことが……」


「………………」


「なんて世界は残酷なんだ……俺達はどうして結ばれることが出来ない……何故皆は祝福してくれない……なぜだ………… ――――いや、それでも俺は愛すと決めたのだ! 待っててくれ……朱寧、光凛ひかり光葵みつき!」

  

 この後、彼は魔剣一人一人とデートをした。4日連続デート。つまり、最低四回だ。 

 魔剣好き好き戦士とハーレムメンバーの魔剣達によって被害者は大量に生まれることだろう。彼等の冥福を祈るしかない。


 果たして、彼等を世界が認める日は訪れるのだろうか? 世は多様性の時代――ここに魔剣を愛した男のたった一人だけの孤独な戦いが始まった。

  


  



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る