第44話 何気ない一言




「ふぅ……まじで臭かったぜ」


「瞬殺出来て良かったな!!」


「はっ! 全員で掛かればこんなもんよ!」



 冒険者達が忌々しいものを見るかのように見つめる先――――そこには、大小構わず隅々まで切り傷が刻まれたギガントマッドナマズが転がされていた。Aランクモンスターの生命力ゆえか、時折ピクピクとまだ動いているが、もうすぐ事切れるだろう。


 お労しや、ギガントマッドナマズ。

 残念ながら、彼?彼女? は瞬殺されてしまったのである。抵抗すら出来ずに切り刻まれていったために、描写は無かった。

 このピクピクという動きだけが、今回ギガントマッドナマズに残された最後の描写なのである。




「ってあれ……? 魔剣はどこ行った?」


「どこって……あのクソナマズに刺さってたろ? ほら、あそこら辺に……ありゃ?」


「見当たらないんだけど……臭いのを我慢してここまでやったのに、骨折り損ってのは勘弁だぞ!?」



 ギガントマッドナマズを倒した冒険者達は、刺さっていた筈の魔剣を探していた。

 だが――――見つからない。


「え……いや、マジでどこ?」


「出てきてくれぇぇ魔剣ーー!!」


「朱寧よ……一体どこにいるのだ……?」



 こぞって階層中を探し回る冒険者達。

 見失ってしまったのかと、全員が焦ったのだが――――捜索の末に見つけることに成功した。

 しかし、最初に発見した冒険者はこっそり持ち帰るという手があったにも関わらず、見つけても、手を出すことはなかった。


 その場所が――今は亡きギガントマッドナマズが遺していった臭いヘドロの塊の中だったからである。魔剣らしき朱い剣身や他にも所々一部が見え隠れしているので、それで発見するに至ったのだろう。


「冗談だろ……?」


「うわぁ……ヘドロまみれ」


「洗えばなんとかなるか……? でも、そもそもビニールの手袋とか持ってきてないぞ……」


 ヘドロ塗れになった魔剣――冒険者達はいくら魔剣が価値がある物だと分かっていても、こうも汚いと躊躇ってしまっているのである。 


「お前ら……誰か取れよ」


「はぁ!? そういうお前が取れって!」


「あぁぁぁ~~、このままじゃ拉致があかねぇよ~~」


 一人を除いて。



 ヘドロに埋まった魔剣を囲むように集まっている冒険者達。通れる隙間がまったくない程に混み合っていたのだが――、


「すまない、通してくれ。俺がなんとかしよう」


 一人の冒険者の男がそう名乗りを上げたことで、冒険者達は道を一斉に開き、空間が出来上がる。


「朱寧……こんな目に遭うなんて可哀想に…………。待ってろ、すぐに助ける……!!」


 男――魔法好き好き戦士は一滴の涙を流した後、躊躇いなくヘドロに手を突っ込み、ゆっくりと掻き分けていく。

 当然、魔法好き好き戦士の手はもうヘドロまみれだったが、大切に大切に――宝物を扱うが如くヘドロを払いのける。そうした魔法好き好き戦士の献身の末、魔剣あかねは次第にその姿が露わになっていった。



 その光景を後ろから、上半身を乗り出して見つめていた沢山の冒険者に歓声が上がる。


「すげぇぇぇ、ヘドロを物ともしねぇとは!?」


「こいつが、あの、魔法好き好き戦士か」

 

「あほみたいに臭いヘドロにあんな至近距離まで近付くなんてあいつの鼻はどうなっているんだ……?」



 そして遂に――――、


「所々にヘドロは付いているものの、大体は落とせたか……すまない朱寧。これ以上は家に帰ってからでなければどうしようもない。さぁ、一緒に家に帰ろう」


 魔法好き好き戦士は自分の服を布巾として扱ったのか、綺麗なところがまったく見当たらない程にこの上なく汚れていた。もはや朱寧よりも汚いので、これで拭いてしまえば逆に汚すこととなるだろう。

 朱寧を抱きかかえると、魔法好き好き戦士は中層を後にしようとし――、


「おいおいおい~何帰ろうとしてるんだぁ!? まだその魔剣は誰のものでもないぜぇ!?」


「そうだそうだ! ギガントマッドナマズはみんなの力で倒したのだから、今ここに全員が手に入れる権利がある!」


「ヘドロから魔剣を取り出してくれたのには感謝するが、その程度では君が持つことは認められないな」


 ――冒険者達に呼び止められた。

 後出しで、自分達にも手に入れる資格が旨を高らかに宣言する冒険者達。彼等の多くは、冒険者でありながらスレ民でもあった。

 ヘドロから取り出してくれるのには感謝しているが、それはそれ。その時には歓声を上げていたが、簡単に手のひら返しをしたのである。


「では、俺は何をすればいい?」


 冒険者達の方を振り返った魔法好き好き戦士は尋ね。

 魔法好き好き戦士に尋ねられた冒険者達は少しの間相談し合い、一つの案が提案されることとなる。


「……自分がいかに魔剣が欲しいかをアピールして一番欲しいと判断された者が手に入れるってはどうだろう?」


 この提案に対して他の冒険者達も、納得した。


「魔剣ちょー欲しいです!、とか言う感じか? まぁ一番欲しい奴の物になるってんなら悪くはないな」


「ちょっと魔法好き好き戦士に有利な気がするが、そこはヘドロを取り除いたハンデってところか」


「良かったな、魔法好き好き戦士ニキ。得意なんだろ? なんか親友とかいろいろ掲示板上では言ってたじゃんか。その熱い気持ちを今ここで語ったらいい。まぁ認めるかは分からんけどな」


「そういえば、魔法好き好き戦士ニキって魔剣を女の子として見てるんだっけ? なんかダンジョンで行方不明になった女の子を助けるとか恋愛映画でありそうだな! ははっ、まぁ魔剣との恋愛なんて誰も見ないだろうけど」


 

 提案に賛同するなんてことはない言葉だった。しかしそれが一人の男の人生を大きく変えることとなる。元々おかしかったが……。

 

――最後の言葉を聞いた直後、魔法好き好き戦士の脳に稲妻が走ったのだ。

 

 顔は目を大きく見開き、手も震えている。いや――手どころではなかった。全身を震わしている。

 その有り様から、彼がいかに衝撃を受けているかが分かる。


 一体、魔法好き好き戦士の脳内では何が起こっているのだろうか――?




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