何の役にも立たないエッセイ集

ウツロ

第1話 海外旅行に行ったときの話

 どこだったか忘れたが、かなりむかし海外旅行に行った。

 観光地で遊び、ホテルまでのタクシーを拾う。

 そのタクシーの中での出来事。

 ドライバーは、こちらが日本人観光者だと分かったのだろう、片言の日本語で突然話しかけてきた。

 その内容がこちら。


「キンタマいったか?」

「は?」


 いったいこの人は何を言っているのだろうか?


「キンタマいったか? まだイってないか?」


 やたらと俺のキンタマの状態を確認してくるタクシードライバー。

 見ればスケベそうな顔をしたオッサンである。

 俺にそういう趣味はないが。


「キンタマはいいぞ。キンタマはすばらしい」


 猛アピールである。

 いったいキンタマのどこにそんな魅力を感じているか分からないが、とにかく素晴らしさを伝えたいらしい。

 これはあれか。

 身近なものにこそ感謝せよ、とのことなのだろうか?


「まだイテないのか? イテないなら一緒にイテてやるぞ」


 一緒に!?

 いきなりオッサンの告白である。


「いや、それはちょっと……」


 もちろんお断りする。

 なぜ見ず知らずのオッサンとそういう関係にならねばならんのか。


「アシタはどうか? 予定ないならムカエきてやるぞ」


 オッサンはさらに踏み込んできた。具体的日時まで示してきた。

 どうやら、こちらを逃がす気はないらしい。


「いや、もうツアーを申し込んでるから」


 断固拒否。

 こんなもんホイホイついていこうものなら、病気をもらうか、金をとられるか、命をとられるかの三択だ。

 この当時、旅行会社から注意勧告がきていた。

 観光客に対する詐欺が多発していると。

 現地の人にみだりについていくな。とくに日本人は狙われやすいから気をつけろと。


 フン! ナメんなよ!!

 こんなもんついていくかってんだ。

 歌舞伎町ですらキャッチについていけばヒドい目に合うんだ。

 外国ならもっと危険なことぐらい分かっているわ!!


「ムリ」

「ソカ、じゃあしかたナイな。時間があったらイってみろ。いいトコだから」


 オッサンはアッサリ引き下がった。

 こちらの気迫が通じたらしい。

 ふ~、助かった。

 イザとなったら後頭部を強打してやろう。それぐらいの気持ちでいた。


 やがてホテルについた。

 名残惜しそうなオッサンにバイバイすると、ホテルのロビーに向かった。

 ロビーではスタッフが数名、ヒマそうにくっちゃべっていた。


「How are you today, Sir?」

「アーハン」


 その中の一人に、なんか英語で話しかけられた。

 たぶん、お帰りなさいませ的なことを言っているのだろう。

 どうともとれるようなテキトーな返事でかえしておいた。


「ウェルカムフルーツありますよ」


 次は流暢りゅうちょうな日本語で来た。

 どうやらこのスタッフは日本語を話せるらしい。

 よし、さっきのオッサンのことを聞いてみるか。


「いや~、じつはタクシーのオッサンに一緒にいこうとか誘われちゃってさー」

「危ないですよ。ついていっちゃダメです」


「ついていかないよ。キンタマがどうとか言ってたし」

「キンタマーニですか?」


 なぬ!

 知っとるのか? チミは?


「もう一回言って。ワンモア、ワンモア」

「キンタマーニ高原です。有名な観光スポットですよ」


 なにいいいいいい。

 キンタマじゃねえのかよ。


「キンタマ……」

「たぶんキンタマーニ高原ですね。略して言ったんでしょう」


 マジかよ……。

 そんなマクドナルドをマックって略すノリでキンタマって言うなよ。


 言葉の壁、文化の壁に触れた出来事でした。

 おちまい。


※多少アレンジしてます。

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