第四章 特別捜査本部第二回会議
第30話 福岡からの重要情報、揃ったピース、第二回会議
第四章 特別捜査本部第二回会議
第30話 福岡からの重要情報、揃ったピース、第二回会議
七月七日朝。
『オンラインゲーム星夜連続殺人事件捜査本部』へ、福岡から重要な情報が入った。知らせを受けたのは坂井警部課長付である。
「第七班の村口です。D512グループ参考グループの中に、重要情報を持つ者を見つけました。福岡の泉谷コージ十四歳、中学三年生です」
そう告げた村口巡査部長は、かなり意気込んでいた。
一方、重要参考グループ以外からの重要情報と聞いて、坂井は半信半疑だったが、本事件の重要参考人は重要参考グループには属してなかったことを思い出した。
そしてその報告が進む内に、まさにその注目すべき名前が出て来るや、坂井警部はにわかに色めき立った。
会議の一時間前、捜査第一課小会議室で、細身の梨本警視正と、がっしり型の坂井課長付が捜査資料の検討をしていた。
長身の二人の表情は厳しいが、その中にも満足感を漂わせている。
「これで重要なピースは大体揃ったようだな」
梨本はその高い鼻から人差し指を離した。
「そうですね。マイクロサニーからも例の報告書が来ましたし」 坂井はそう答えたが、ディスプレーをアイトレーサーで追いながら、右手の電子ペンをパッドの上でさらさらと動かし続ける。
うるさい二人の上司宛に、捜査状況のレジメを作成しているのだ。
そのレジメの最後の添付資料一覧に、届いたばかりのマイクロサニーからのメールを添付すると、ほっとした顔を梨本に向けた。
「警視正、警視総監宛のレジメできました。こんなもんでどうでしょうか?」
梨本は、坂井が作ったレジメをディスプレーでチェックする。
「どれ…… うん、かなり誇張がある上に、意図的に落とした情報もあるじゃないか……」
梨本は坂井に向き直ると、にやりと笑った。
「坂井。お前も大分わかってきたようだな。これからはお前に、あの二人のお守りをしてもらおうか。上出来だよ。
これをディスクに焼いて、すぐ正副の所へブリーフィングに行こうじゃないか」
坂井が生ディスクを差し込むと、タイトルラベルまで付いたディスクが瞬時に完成。それを持って二人は、警視庁警視総監と副総監の待つ奥の部屋へ向かった。
「それでは『オンラインゲーム星夜連続殺人事件特別捜査本部』第二回会議を始めます」
長身細身の梨本は、冒頭の挨拶に続いて、三日前の第一回会議の時には、まだ仮称と付いていた戒名、すなわち事件名称を、今回から正式名称として使用すると、端正な顔に大きな自信を浮かべて宣言した。
会議は直ぐ本題に入り、坂井の議事進行によって、重要情報と思われるものを選別して報告させて行く。
参加者は、D512グループ捜査担当の九班二七名中二六名と、ケンタウルス大捜査班十名に、警視正および課長付の二名を加えた三八名に、さらに認められた担当未定の増員二七名を加えた総勢六五名で、今年一番の大捜査会議になった。
佐藤警視総監と田中警視正監には既にブリーフィング済みで、梨本警視正一任を取り付けている。従って今回は彼らの参加は無く、報告の途中で腰を折られることも無い。
指名した各捜査官から一通りの報告が終わった後、十五分間の休憩を挟み、梨本警視正が再び演壇に立った。
「さて、以上の報告を総合すると、本事件の構図は大体見えて来た。
本事件は十三年前、二〇二〇年にアメリカで行われた、天才ボノボトミーの生体脳移植による、スーパーバイオコンピュータ開発に端を発していることは明らかである。
これから坂井課長付が、大胆に事件の再構成を試みる。冒頭部は少々長くなるが、この事件の動機に深く関わる所なので辛抱してくれ。発表が終わり次第意見交換に入る。矛盾点に気がついた者は、その時に遠慮なく意見して欲しい。それじゃ坂井君頼む」
梨本の指名を受けた坂井警部は、二百インチのELディスプレーで、資料のスライドショーを操りながら演説をスタートした。長身で肩幅の広い男の演説は、その体躯以上に堂々としている。
「二〇一〇年春。アメリカニューヨークTVで、人語を理解する小型チンパンジー、ボノボの公開実験が放送され注目を集めた。
ソフィア高田女史は当時三十歳で、現在は五三歳、重度のボケ症状で入院中である。
彼女は動物学者で、父の研究を引き継いでいた。彼女の十年に渡る人語教育が実り、トミーという名前を持つ二十歳のオスザルは、人の言葉をはっきりと聞き分け、TVカメラの前で、パソコンと連動した複数のキャラクターボタンを、組み合わせて押すことによって、自ら文章を作り応答したのである。
この年から二〇一三年まで、全米ネットのTVでも数回に渡り、天才チンパンジーの特集が組まれ、同種の実験が繰り返し行われたので、天才ボノボ、トミーの名前は、全米はもとより海外へも広く知れ渡ることになった。
所が一般の人々が、トミーを見る機会はそれ以降無くなった。ある民間の研究所が、アメリカ国防省の要請を受けて、ソフィア高田女史に好条件を示しスカウトしたのだ。
その後続けられた研究実験では、トミーはヒトの九歳から十歳レベル、つまり小学校高学年レベルまで学力を上げたと伝えられている。
同じく二〇一〇年に『スペースウォーズ防衛計画』と呼ばれる、米国新防衛計画が発表された。現在既にこのシステムは稼動しており、ミサイル攻撃を完全に無力化することに成功したとも言われているが、このシステムには、当時の最高レベルコンピュータの数百倍の能力を必要としたようだ。
そしてそのコンピュータを作るには、デジタルからアナログへの構造転換が不可欠とされ、ヒトの脳に近い能力を持つサル脳を組み込んで造る、スーパーバイオ(アナログ)コンピュータの開発に莫大な予算が計上されたのである。
サル脳のバイオコンピュータへの組込み自体は、成功例が徐々に増えていったが、当時のコンピュータパワーを上回ることは到底できなかった。チンパンジーの脳ではポテンシャルが低過ぎて、ただの優秀なアナログ回路としての役割しか果たせなかったのだ。そこで目を付けたのが天才ボノボのトミーだった。
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