第25話 婦長から得られた情報

第25話 婦長から得られた情報


 梨本はその足で、もう一度ナースセンターに戻り、ナース達に写真を見てもらった。それは、マイクロサニーから提供を受けた石倉恵一の顔写真だ。

 松下は居なかったが、一人のナースがその写真の男を、訪問者カードの記載がある高田恵一であると証言した。

 ああそういえばという別のナースの声もあった。ナースたちの記憶では、高田姓を見てソフィアの親戚だと思ったそうだが、それ以上の情報は無く、ソフィア高田という患者は、この病棟ではほとんど関心を持たれていないようだった。


 ナース達に写真を見てもらっている内に、婦長が戻って来てその様子を見ていた。背は低いが貫禄十分の婦長は、梨本を見て「あ。刑事さん、まだいらしたんですか?」と言って、ナースから写真を取り上げた。


 婦長の藤野は、その写真をじっと見て、(おや?)という表情を見せた。


「どうかされましたか?」

 その表情の変化を見落とすこと無く、端正な顔を向けて梨本はそう訊いた。


 藤野は質問されたことで、もう一度まじまじと写真を見詰め直した。

「ああ。私の勘違いかも知れませんが、この方、ソフィアさんが入院された当時、毎週いらしていた方とそっくりで……」


 藤野は、写真を梨本に返して寄越した。


「高田恵一さんがそんなに頻繁に?」


 この質問を、藤野はきっぱりと否定した。

「高田と云う名前では無かったように記憶しておりますが」


「じゃあ石倉ですか?」梨本は期待した。


「残念ですが、名前までは一々覚えておりません。

 でも高田という名前なら、外のナース達が言う様に、ソフィアさんの親戚だと思うでしょうが、ソフィアさんの身内は、息子さんのケンタロウ君以外には私は存じません」


 なるほどと言って、写真を胸ポケットにしまいながら、梨本は次の質問をした。

「ではその方を、最近見た記憶はありませんか?」


「その高田さんは、この半年に六回いらしたとか? 私はこの一年以上見てませんわね。だから私が以前見た人と、その高田さんが同一人物かどうかはわかりません。

 その人がまた見舞いにいらした時に、たまたま見る機会があれば確認できると思いますが」


 藤野の答えで、梨本の期待は萎んだ。

「その男をまた見た時は、是非こちらにお知らせ下さい」


「ええ。わかりました」


 梨本は別の方面を探ってみる。

「ソフィアさんがあんな状態で、息子さんのケンタロウ君は、一人暮らしなんでしょうかね? 婦長さん、後見人の方とか、何かご存知ないですか?」


 藤野は、ケンタロウのことを気に掛けているようだった。

「最近、私はソフィアさんの病室には出入りしてません。

 だから、ケンタロウ君とも話す機会が無くて、現状は良く知りませんが、入院後暫く経った頃に、ケンタロウ君が、ソフィアさんと暮らしていた家に一人で住んでいると聞いてましたよ。

 ソフィアさんには、親戚は一人も居ないようですが、経済的には豊かなようで、ケンタロウ君自身が、入院費などを今も病院に送金手続きしているようです。

 ですから、特に後見人というのは居ないのではないでしょうか。

 ソフィアさんもあんな状態ですが、現に生きてる訳ですから、後見人は法的には必要無いのでしょう?」


「そうでしょうね。では誰か、ケンタロウ君が親しくしている人なんかは知りませんか?」


「ケンタロウ君のことを調査しているのですか?」


 藤野の警戒を、梨本は大げさに手を振って否定した。梨本自身にも、何故ケンタロウのことがこれ程気になるのか、良くわからなかったのだ。


「ああ、別にそういう訳じゃないですが、この仕事は、ひょんなことから調査対象に繋がることが多いものですから」


 藤野は警戒を解き、同時に何かを思い出したようだ。

「そういうものですか? そうそう、あのさっきの写真の男、その男によく似た人とケンタロウ君が、親しそうに話している所を見たことがありますわ」


「ほほお」梨本の鼻に人差し指が当てられる。


「ケンタロウ君はとても無口で、人見知りな少年ですから、他人と親しくしている所を見たことが無いので、その時はちょっと不思議だなと思いました」


「なるほど。その男がもし石倉恵一もしくは高田恵一なら、ケンタロウ君に聞けば何かわかりそうですね」

 梨本は満足してそう言った。


 そこで藤野は、事情聴取ももう終わりかなという感じで、周りのナース達を見渡した。

「ケンタロウ君なら、一日置きに学校帰りに見舞いに来るそうですよ。今日来たらしいから、明後日また来るでしょう」


 梨本は、藤野婦長と周囲のナースに深々と礼をする。

「婦長さん、皆さん。どうもありがとうございました」


「いいえ。さあ、みんな持ち場に戻って!」

 藤野はそう言って、手をぱんぱんと叩いた。


 興味津々でやり取りを見聞きしていたナース達は、また忙しそうに動き出した。


「藤野婦長さん。もう一つだけ良いですか?」

 ナースステーションから出て、病室に向かおうとしていた藤野に、梨本が小走りに追いついて声を掛けた。


「何でしょうか?」

 藤野はちょっと怪訝な顔をする。


 梨本はそんなことを気にする素振りも無く質問する。

「ソフィアさんが運び込まれた時、飼っていたサルが死んだことがショックになったと聞いたのですが。そのサルについて、何か知りませんか?」


 立ち止まった藤野は、ちょっと首を傾げる。

「確か、メスザルで、ベティとか言ってましたね。老衰死したそうですよ。ソフィアさんとケンタロウ君で、家族のように可愛がっていたとか」


「ボノボとか、ピグミーチンパンジーとかいう種類のサルでしょうか?」

 梨本は勘でそう訊いてみた。


 藤野は、サルの種類には興味が無さそうだったが、別の大事なことを覚えていた。

「それは知りませんが、ケンタロウ君が言ってました。ベティはとっても頭の良いサルで、人間と変わらないんだって。

 それじゃあ、お母さんはすごいショックを受けたんだろうねって、ケンタロウ君に話し掛けたことを覚えてますわ。

 その後、そのサルのことは一切話さなくなってしまったのが不思議でしたね」

 藤野はそう言って俯く。

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