第二章 特別捜査本部

第11話 梨本警視正登場


''''''''''''''''''''''''''''''''''''' 第二章 特別捜査本部 '''''''''''''''''''''''''''''''''''''


第11話 梨本警視正なしもとけいしせい登場


 東京警視庁本部は、二〇二五年に三十階建てのハイテクビルに生まれ変わった。

 屋上にはヘリポートも設置され、常時二機の高速ターボプロップエンジン大型ヘリが待機しており、事件現場までは短時間で移動可能だ。

 外に追跡用の小型ヘリも二機常駐しているが、寧ろこちらの方が機動性が高い為、活躍の場が目立っている。

 逆に、街で起こる凶悪事件の減少に合わせ、所有パトカーと白バイは半減していた。

 そして、ネット犯罪など知的犯罪の級数的な増加に合わせるように、犯罪分析と予防捜査が警察本部のメイン業務になりつつあった。


 その東京警視庁刑事部捜査一課小会議室で、二人の男が苦虫を噛み潰したような表情をして捜査資料を拡げている。

 正確に言えば、苦虫を噛み潰している端正な顔の男は、大きな机の後ろで肘掛付きリクライニングシートの、お任せ三十分コースマッサージを受けている方で、

もう一人の、やや若く背の高い、サラサラヘアで長髪の男は、眉を寄せながらその横に立ち、捜査資料を上司の指示に従って、ディスプレーに映し出す操作をしている。


 端末でも音声処理できないことはないが、警察では会議の席以外では、音声処理を使わないのが普通だ。

 二千年代初頭のマウスの役割を果たすのは、瞳の動きを追うアイトレーサーである。

 またキーボードの役割は、認識率と先読み力の高いペンパッドを使うが、若い男の操作はかなり手馴れている。

 若い男の操作した画面は、苦虫の男のチェアに付帯するディスプレーにも映し出されている。


 苦虫の男はマッサージを強制的に終わらせると、椅子を正位置に戻した。

 そしてディスプレーを暫く凝視した後、画面から目を逸らし、右手人差し指を、鼻筋の通った高い鼻に当ててしばし沈黙する。


「どう思います? 警視正けいしせい

 やや若い男は、低音だが良く通る声を出した。


「どう思うって言ったってな。肝心な部分の記録が一切見つからないんだ。今の所お手上げだろ」

 警視正と呼ばれた男は、指を鼻に押し当てたまま、質問者に目だけを向けた。声はやや高く皮肉っぽい口調だ。


 質問者は警視正を見詰めてから、背を真っ直ぐに立て直し、事件を整理するように話しかけた。

「わかっていることと言えば、突然死した十人が、いずれもオンラインゲーム『星夜の誓』に参加中、単独行動を取っている時に死んだということ。

 だから彼らが死んだ時、オンライン上の目撃者は居ない。また、彼らの家族はたまたま全て外出中で、オフライン上の目撃者も無い。

 死亡したこども達は、いずれも普段から健康に問題は無かったが、検死の結果、外傷は無く心臓発作とよく似た症状が見られること。彼らの家屋には、外部からの侵入者があった様子は全く無い。

 彼らの使用していた各コンピュータと、オンラインサーバーを調査した結果からは、単独行動になってから、hp《ヒットポイント》=0で強制退場となったこと以外のめぼしい記録は、今の所何も見つかっていない。

 最後に死んだ犠牲者だけは、外の九人と違って、ゲームの中でかなり長い時間単独行動を取っていたことがわかっている」


 警視正は説明者に顔を向け、鼻にやっていた右手人差し指を振ってこう質問した。

「それはどの位の時間だ?」


「四時間半ほどです」

 警視正は頷いて次の質問をする。

「最初の犠牲者が出たのは何時だ?」


 説明者はディスプレーを操作して、時系列表を映し出した。

「七月二日の正午位ですね……最後の犠牲者が出たのが、同日午後四時過ぎです」


 警視正は両手を組んであごを引き、独り言のように呟く……

「すると、外の九人は全部、最後の犠牲者よりも後に、オンラインで単独行動している訳だな?」


「そうなりますね。大体ほかのガイシャの場合は、突然死直前の単独行動をしている時間は、長くて三十分位です」


「最後の犠牲者が単独行動する前に、どの位オンラインしていたかわかるか?」

 警視正は、再度鼻に人差し指を付ける。


 説明者は警視正の質問に対し、手帳を取り出して詳細に語り始めた。

 すると警視正は「お、坂井、かなり詳しいじゃないか」と皮肉っぽく言って、椅子を説明者の正面に向けた。


 坂井警部は、大きなデスクに半ケツを掛けて、その手帳をひらひらさせた。手書きの手帳は、現場回りをする刑事の勲章みたいなものなのだ。


「犠牲者十人の家族と、ゲームの相棒の聴き取り調査を十人で分担したんですが、梨本なしもとさんが目を付けた最後の犠牲者は、私が担当しましたから」


「まだ目を付けたとは言ってないぜよ……それにしてもへたくそな字だな」

 梨本警視正は、坂井警部自慢の手帳を取り上げ、ぱらぱらと捲りながらそう言った。


「またまたぁ、目星めぼし付けたんでしょう?」

 梨本が返してよこした手帳を、内ポケットにしまいながら、坂井は疑わしそうに笑う。


「まあ、お前もまだ現場大好きってことかな?」


「梨本さんのサブにしていただいたことは本当にありがたいのですが、やっぱりデスクから指示するだけっていうのは、自分のしょうに合わないというか……」

 梨本の指摘に、坂井は横を向いて言訳をした。


「事件は会議室で起こってるんじゃないとでも言いたいのか?」

 梨本は坂井を見やる。


 坂井はちらと梨本を見ただけで、また視線を外し「ええまあ……」と言葉を濁した。

 梨本はにやっとして、まあいいさと言いながら立ち上がった。背は長身の坂井と変わらないが、梨本はかなり痩せている。


「現場大好きなデカ達は、報告書に全部を書くことはないからな。まあ、あまり詳細に書いてもらっても、今度は読む方が大変なんだが……」

 梨本はそう言いながら、テーブルを半周し、坂井を振り返った。

「では調査に当たった十人を招集して、一時間後に緊急会議だ」


 梨本の掛け声に、待ってましたとばかり「はい! 警視正」と答え、坂井は最敬礼した。



 梨本警視正は、警視庁捜査一課長である。

 警視庁捜査一課長は従来ノンキャリア最高位として認識されており、現場経験をほとんど積まず管理畑を歩んで来たキャリア組では付けないポストと見られていた。

 とは言え、梨本はキャリアでありながら捜査官を希望し、現場を長く経験してきた変わり種で、十個以上ある管理官ポストの内、キャリアには一つだけしか割り当てられない管理官を経て、一年前に捜査一課長に任命された。

 近年のハイテク犯罪急増の中、今後は梨本警視正が良い前例を残すことで、キャリア組から捜査一課長になる後続が増えるかもしれないが、あまり例がないから変わり種なのであって、今後も希望者自体が増える可能性は小さいだろう。

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