第一章 聖夜の誓

第2話 二宮タケルと山田ヒロシ


'''''''''''''''''''''''''''''''''' 第一章 聖夜の誓 '''''''''''''''''''''''''''''''''''



第2話 二宮タケルと山田ヒロシ


二〇三三年の東京都江戸川区


 千葉県との県境に当る江戸川周辺は、自治体と民間ディベロッパーの協力により、水辺の超大型公園などを総合的に美しく整備したお陰で、リバーサイドビューを生かした高層のアパートメント群が立ち並び、かつての下町情緒は薄くなり高級住宅地化していた。

 一方で、リバーサイドから大分離れた地域には、二〇〇〇年台から二〇一〇年台に掛けて建てられた、一軒家の二階建て住宅もまだ数多く残っていて、そこいら辺りに行けば懐かしき下町の残り香を楽しむことができる。


 区立江戸川台小学校は、リバーサイド地区と低層住宅地域にまたがって立地していた。




七月二日、江戸川台小学校


 いつもの様に午前中で授業が終わると、クラス仲間が小学CAFEに集まって来た。

 小学CAFEは、児童が交流する場としての広場の機能と、各テーブルに設置されたパソコンシステムなどによる学習室の機能をあわせ持つ、低カロリーで安全な軽食を提供する施設である。

 内装はクリームイエローの色調で統一され、天井も高く落ち着きがあり常に清潔である為、児童の家庭からは大変好評だ。

 ここでは児童の自主性を重んじる為、利用方法に対する管理やルールは非常にゆるく、利用者である児童たちにも大人気なのだ。


 小学CAFEには二宮タケルと山田ヒロシの顔も見える。

 彼等は同じ五年三組のクラスメートだ。

 この時代、親が子にカタカナ名を付けることが流行っていた。

 二宮タケルはスポーツ万能、小五平均より身体は少し大き目で、勇気があり思いやりがある為、クラスではリーダー的存在だ。

 山田ヒロシは平均より小柄で、勉強が良くでき、スポーツも交友関係もそつなくこなすタイプの少年である。


「タケル君、午後はどうする? リアルで遊ぶ?」

 ヒロシは負けず嫌いのタケルが、今日はオンラインで遊ぶと言うに違いないと予測した。


「ヒロシ、今日もオンラインで行こうぜ。昨日のショックならもう平気さ。今日は落とし前を付ける」


「じゃあそうしよう! ボク二時にアクセスするよ」


「うん、じゃあ二時にな」


 二人はカップに残ったカフェインコントロールアイスコーヒーを飲み切り、小学CAFEのゲートを出た。


 ゲートと二人の少年のICリングが自動交信……

《2033.07.02.13:12下校、生徒NO.2029100187二宮タケル、CAFE:DCCIC*1,TOTAL\150、定員一名型タクシー手配》

《2033.07.02.13:12下校、生徒NO.2029100292山田ヒロシ、CAFE:DCCIC*1,TOTAL\150、定員一名型タクシー手配》


 学校の校門前タクシープールには、既に二台のオートモビルが二人を迎えに来ていた。

 二宮タケルが先にゲートを出ると、イエローキャブが前に出てドアを開く。

 乗り込んだタケルはヒロシに手を振った。

 タケルがOKと言うと、イエローキャブはドアを閉じ音も無く発進し、後ろに付けていたブルーキャブが一台分前に詰めた。


 タケルを見送ったヒロシも続いてゲートを出る。

 それに合わせてブルーキャブがドアを開ける。

 ヒロシは黙って乗り込んだ。


 ブルーキャブから確認の音声が流れる。

「山田ヒロシ様。目的地はご自宅の、江戸川区水辺3-8-2-5-12305でよろしいでしょうか?」


「よろしくね」とヒロシが答えると、ブルーキャブは出発しますと言って、ドアを閉じ目的地に向けて発進した。



 時速四十キロ、オートドライブによるドアツードア。

 殆どの人がこのオートモビルタクシーを使用するので、利用料金は格安定額制が実現し、自動車事故も、通勤通学途上の刑事事件も殆ど無くなった。

 スポーツ走行を楽しみたい人達には、多くのレースと練習コースが用意され、自動車の宅配サービスが格安料金で利用できる。

 一般道路において人が運転する車は、緊急車両に制限され、個人に対しては、歩道を徒歩か自転車走行することだけが許されていた。



 イエローキャブが低層住宅地域に入り、走行スピードを半分に落す。

 間も無くキャブは、そのボディカラーと同色の外壁が印象的な、二階建て住宅の前に停車した。

 ドアが開くや否や、タケルが駆け下り玄関前に立つ。

 個人認証を終えたオートドアが開くと、タケルはそれを待ち切れなかったという感じで、玄関を通り抜け自室へ入り、パーソナルトミー略してトミーの前に座った。


「トミー、ただいま」

 タケルは座り心地の良い、ネットサスペンションチェアに深く腰掛け直す。

 目の前の視野一八〇度に広がる大スクリーン(直径二メートル、高さ二メートルのパイプを縦に真っ二つにしたようなものを想像して欲しい)に、思慮深気しりょぶかげなチンパンジーが現れた。


「お帰りなさいタケル君。今日は早いね」


「うん、『星夜の誓』に二時に入るから、その準備をしようと思ってね」


「なるほど。ヒロシ君も二時に来るの?」

 チンパンジーのトミーは、右手のタクトで壁をトンと叩いて壁紙を『星夜の誓せいやのちかい』に変更した。


「そうさ。だから二組の奴らに負けないように、パーツそろえておこうと思ってるんだ」


「プロテクターを強化する? それとも火器? 剣?」


 タケルは腕組みをしてちょっと考えた。

「火器を強化したい所だけど、この前急所一発でやられたからプロテクターで」


「では防具屋さんへ行こう」


 タケルはチェアの肘掛に両手を置いてボタンを押した。

 するとタケルの手首にリストバンドが自動的に装着される。

「血圧、パルス共に正常。ヘッドギアも装着する?」

 白衣のトミーがそう言った。


「頼むよ、トミー」


 天井からするするとヘッドギアが降りて来た。

 タケルはそれを頭に合わせ、軽くストラップを締めた。

 間も無く「αあるふぁは、βべーたは、Θしーたは、δでるたはの脳波について特に異常は認められない」とトミーが測定結果を報告。

 リストバンドもヘッドギアも、ワイヤレスで床に引かれた直径二メートルの円を底面とする円柱内で交信有効。

 迫力のマルチチャネル立体音響と、マルチチャネルバイブによるリアルな振動は、そのスペース内でのみ再現され、空間外ではほぼ無音無振動のシステムである。

 また不完全ながら、嗅覚きゅうかく刺激信号で香り・匂いまで再現可能だ。


 目の前に古びた木製の大きなドアが現れ、地下室にこもったカビ臭が鼻を突く。

 扉を押し開けるときしみ音が響き渡り、タケルがその部屋に入ると、つかつかと床を打ち鳴らす自分の靴音が閉鎖された空間に反響した。

 全てはリンクする巨大映像と、リアルな音響システムおよびトミーの脳波刺激パルスの助けを借りて、タケルが自己脳内に再現した虚像の3D空間での出来事である。


「強化アラミドのヘルメットとボディスーツは、合計で一五〇ゼニー。購入後の所持金残高は九〇になります」

 そう言ったのは、タケルの横に従者然とはべる古風な服装のトミーだった。

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