僕の周りはどうもおかしい!
高橋 千代
第1話
小学生のとき、とある女子がいじめられていた。その子の名前は忘れた。
別になんてことはない、よくあるいじめだ。物を隠されたり、悪口を言われたり、なんてことはないただのいじめ。
俺には関係ないし、確かに人をいじめるやつが一番悪いが、いじめられる人も理由がないとも言えない。
ともかく、そんな醜い生態を見ていれば、誰だって自分がそんな被害に会いたいとは思えない。
『今沼小学校いじめ自殺事件』
暇だったから。放課後、小学校の頃の記事を調べていると、昔川 湖鷹(せきかわ こだか)にカラオケに誘われた。
湖鷹は中学校からの知り合いで大体はそつなくこなす万能型だ。高校に入ってからもクラスでグループを作り、言わば一軍とやらに属している。だから俺も彼の友達として、一軍に入っている。
だからと言って、やはり青春を充実している訳では無い。くだらないことで馬鹿笑いして、くだらないことで金を消費して、それに合わせるのは苦労する。
「どうした?」
湖鷹はぼーっとしている俺に近づく。
「いやさ、よかったカラオケお前もどうかなって」
廊下で女子三人と男子一人が不思議そうにこちらを見ている。面子はいつも通り。いったほうがよさそうだな。
「どこの?」
「ハナヤマのカラオケ」
「ハナヤマか……」
俺が渋っていると、湖鷹は懇願するように手を合わせて頭を下げる。
「頼む……お前がいなくちゃ。烏山さんが来ないんだよ」
烏山(からすやま)さん。下の名前は忘れた。湖鷹から聞いたが、どういうわけか烏山さんは俺に気があるらしい。
湖鷹の懇願に追い打ちをかけるように烏山さんが遠くから文句を垂れる。彼女は脱色したロング髪を垂らし、グループでも異色を放つ程目立っている。ギャルと言えば聞こえは悪いが、というよりも自分の好きな姿をしているだけで、特に当たりが強いわけでもない。
「ええ、みんなで行かなきゃ楽しくないよ。環野君が行かないなら、私はパス」
「今月は金が無い。飲み物代を貸してくれんなら」
「おっけー、承った」
湖鷹は俺に親指を立てると、グループの方に戻った。俺もその後をついて行く。ちなみに金が無いのは嘘だ。それは湖鷹も知っている。
人は一つか二つ、こだわりだったり、面倒くさい部分を出しておくと、馴染みやすい。らしいが根拠はない。ネットで拾った。
駅を降りてから、烏山さんが俺に話しかけてきた。正直こういうタイプの人は苦手だ。さっさと勝手に冷めて欲しいぐらいではある。
「そういえば……環野君って今沼小学校だったよね」
「そうだけど」
「じゃあ、あの事件知っているよね」
事件と言われて、今沼小学校の元生徒は知らないはずがないだろう。まさか、さっき調べていたことが話題に上がるとは思いもしなかった。しかも、烏山さんから。
「そうだね。突然全校集会開かれたときは驚いたよ」
「可哀そうだよね。その子、誰にも助けを求められなくて、自殺以外に選択肢がなかったなんて」
烏山さんからそんな言葉を聞くとは思いもしなかった。そんなことを考えている質とはどうも思えなかったから。
「そうだね。僕も気づけていればって思うことが、何回かあったよ」
でも、まあ、俺には関係ないことだから、と遠回しに思っていた。そう思いたかった。
「ねえ、もしさ、環野君がそのいじめの現場を目撃していたら、助けていたのかな?」
なるほど――品定めか。
「どうだろう。実際、そのいじめの現場に遭遇したことはないしな。でも、俺はきっと助けられなかったと思うよ。見逃して帰っていたと思うよ。先生にもチクらないで」
俺がそういうと、烏山さんは、立ち止まって、俯いた。
「君は」
そう言いかけて、烏山さんは詰まる。
何かに気を取られているのか、向かいの歩道を見て立ち止まっている。俺もその方を見ると、一人の女子生徒がコンクリートの壁に寄りかかって蹲っていた。長い髪が顔を隠して、よく見えない。
彼女が幽霊だと錯覚するほど、誰も見向きもしない。気づいているのは俺と烏山さんだけで、湖鷹達も気づいていなかった。
俺はもう一度確認するように烏山さんの方を見た。その彼女の表情が――。
「大丈夫ですか?」
烏山さんになんて言ったか。
信号が青になった瞬間、俺は走り出した。うずくまっている女子生徒は虚ろにタイルの地面を見ている。髪が長いせいかより、影を濃くして、白い肌がより白く見える。
どこからどう見てもまともな状態じゃない。
「立てますか?」
俺が声を掛けると、先程まで気づいていなかったのか。彼女はゆっくりとこちらを見上げる。
「すみ、ません。低血糖で」
何とか話せるようではあるが、体は動かせそうにない。
「おーい!環野、どうした!」
俺が反対の歩道に行ったことに不信感を持ったのか、湖鷹が大声で俺を呼ぶ。
何故だか、烏山さんが気になった。彼女はどこか苦しそうに目を見開いた。その届かない手をこちらに向けている。そして、現実から目を背けるように俯いてしまった。
何がと、思ったわけじゃない。その烏山さんの表情が何を表しているのか分かったわけではない。でも、なんとなく――ああ。納得してしまった。
「すまん!行っててくれ!」
俺は湖鷹にそう返すと、しばらく他のメンバーの様子を伺って、何かを察したのか。オッケー、と叫んでカラオケ店に向かっていった。
「烏山さんも!」
俯いて動かない、烏山さんに声を掛ける。彼女ははっと顔を上げて、湖鷹達を少し探して、走って追いかけて行った。その途中、彼女は俺の方に苦い表情を浮かべて頷いたのを見逃さなかった。
さてと、一刻の猶予もないんだ。低血糖なら、糖分のあるものを与えれば収まると聞いたことがある。
「飲み物買ってきますね。コーラでいいですか」
返答を待たずに俺は背を向けて、走ろうとしたところで、服を掴まれた。その力のない指に思わず気づかないところだった。
振り向くと、彼女はすみません、と一言謝ってから、
「炭酸、苦手で」
――まあ、買ってきて飲めませんなんて言われるよりは。
「じゃあ、カルピス買ってきますね」
そう言って俺は近くのコンビニへ向かった。
戻る途中自販機があったことに気が付き、自分の視野の低さに溜め息を吐いた。
彼女の元に戻ったが、介抱している人はいなかった。そもそも、人通りすら見えなかった。飲み物を渡すと彼女は震えている両手で持つ。上を向いて何とか喉に飲み物を通す。その姿が――そういえば、あの子は元気だろうか。
飲み物を摂ってからしばらくして、落ち着いたのか。彼女はゆっくりと立ち上がる。
「ありがとうございます……」
「一旦座れる場所を探しましょう」
そう言って、彼女に体を貸し、近くのベンチに座る。
彼女は何度もありがとう、を連呼していた。苦しんでいる人を見て見ぬふりをするほどの勇気は俺にはない。仕方がなかったのだ。
「あ、あの、おか」
「ごめん。俺友達待たせているから」
彼女が何かを言いかけたところで、俺は立ち上がる。もう大丈夫なら、俺には関係ない。さっさと戻ろう。
「あの」
彼女の呼び止める声も聞きたくなかった。見返りなんていらないし、もしこれ以上なんかしたら、面倒くさいことになりそうだから。それに俺は女が嫌いなんだ。
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