第16話 レゼド侯爵① ~レゼド侯爵家 当主~
孫娘は、父親に恵まれなかった。
そして娘はそれ以上に、結婚相手に恵まれず、不幸だった。
「カトリーヌ…いや、ルイーザ。
役所に君を私の養女にする書類を提出してきた。
君は私の娘になる」
「はい、お祖父様…ではもうありませんね、お義父様」
そういわれて、少し不思議な気持ちになると、カトリーヌ改めルイーザは、私の手を握り、「ありがとうございます」とつぶやいた。
「…まさか、君が僕の妹になるとはね」
「伯父さま…いえ、お義兄様、まったくそうですわね」
そういって笑いながら声をかけてきたのは、私の息子で間もなく侯爵になる予定のローレンスだった。
「けど…ルイーザにそっくりね…本当に」
「…そう、なんですか?」
「ええ…美しくなったわよ、カトリーヌ…いえルイーザ」
ローレンスの妻・マーガレットはルイーザの親友で、伯爵家の娘だったこともあり、ルイーザの兄・ローレンスと結ばれたという縁がある。
「…ありがとうございます」
そういってカトリーヌ改めルイーザは微笑んだ。
そして翌日、ルイーザはタフィ、そして私とともに侯爵家の馬車に乗り込んだ。
「…もう少しゆっくりしていけばいいのに…という場合でもないかな。
落ち着いたら手紙でも書いてくれ。
君はこの家の人間なんだから」
送り出してくれたローレンスが、ルイーザに声をかけてくれる。
「…ありがとうございます、お義兄様。
ええ、きっと書きますわね…ではお義姉様にもよろしくお伝えください」
そういってルイーザが手を振ると、ローレンスも手を振っていた。
「では、参ろうか、カ…ルイーザ、タフィ殿、マチルダ」
「「「はい」」」
私がそう言い、馭者に指示を出すと、馬車が動き出した。
「お祖父…いえ、お義父様。
そういえば、今はどちらに?」
馬車が動き出してしばらくするとルイーザが私にそう聞いてきた。
そういえば、帝国内での移動について相談するためタフィ殿には伝えたが、ルイーザには説明していなかったことを思い出す。
「あ、ああ、言っていなかったか。
辺境伯…ライス辺境伯殿のところだ。
そこで1泊したら、彼に国境まで送ってもらおうと思って居る」
「そこからは僕の家の馬車が国境についているはずだよ。
僕が婚約者を連れて帰るって実家に手紙を出したら、父上や兄上が喜んで馬車を出してくれた」
国境までの道を説明したら、タフィ殿がその先を続けた。
「…何から何まで…これでいいのかしら…」
「いいですよ、お嬢様!
今迄がおかしすぎたんです!!」
「マチルダ…」
力強くマチルダがうなづくと、力なく、だがしっかりとルイーザが微笑む。
「そういえば…タフィは向こうに婚約者は…?」
「いないよ?
というか、婚約者を選ぶって話から逃げるためにこっちに留学してたんだ。
そしたらこっちで婚約者にふさわしい女性がいたってだけだよ」
「…そう…ありがとう…」
ルイーザが嬉しそうにタフィに答える。
この子の母親にも…そういう相手を選んであげればよかった…そんな後悔が頭をよぎる。
「…もしかしたら」
ライス辺境伯がそうだったかもしれんな…などと昔を懐かしむ。
この子の母のルイーザには、当時はそれぞれ令息だった、現・ベネディクト伯爵と現・ライス辺境伯という二人の婚約者候補がいた。
ライス辺境伯のほうはルイーザとも相性が良かったが、辺境伯領は侯爵領からは少し距離があるうえ如何せん一度隣国と戦争が起これば最前線に置かれることもあり、あまり進められた嫁ぎ先ではなかった。
対してベネディクト伯爵は、先代伯爵と私が憎まれ口をたたく程度の悪友でもあり、その息子も昔から知っていた生意気な奴だという認識はあれど、ベネディクト伯爵領は侯爵領の隣であり、国境とは接していないのどかな農村地帯であったことも考えると、ルイーザにはそちらのほうがあっていると思っていた。
しかしベネディクト伯爵は、ルイーザをただ小うるさいだけの嫁だと思っていたようで、世継ぎとして目の前にいる元・カトリーヌのルイーザを授かった後は、あまり顧みることもなかったようだ。
戦争が起きる気配もなく、のどかという点ではベネディクト伯爵領と変わらず、しかもルイーザを大切にしてくれたはずのライス辺境伯にルイーザを嫁がせていたら…カトリーヌ、もとい今のルイーザは逃げ出すなんてしていなかっただろう。
そう思うと、胸が苦しい思いがした。
「お義父様?」
カトリーヌ、もといルイーザの声に私はハッと顔を上げる。
「いや…ここまで長かったなと…思ってな」
「大丈夫ですか、義父上?」
タフィ殿は少し冷静にこちらを見ていた。
「…ルイーザ…あぁいや、君の母のことだ…ルイーザのことを思い出していたのだ」
「…」
カトリーヌ改めルイーザは少し真剣な顔をした。
「実はな。
ルイーザの嫁ぎ先の候補の一つが、これから行くライス辺境伯だったのだよ」
「…そう、だったんですか…」
ルイーザの娘である彼女にはやはり思うことがあったらしい。
「…つまり、お前の父であった可能性がある男だな。
カトリーヌ…いや、ルイーザ、本当にすまなかった」
「…お義父様…」
その声の後は、しばらく無言だったが、タフィ殿やマチルダがルイーザに気を使って話しかけたりしていたので、にぎやかな旅になった。
その日の夜に、目的にしていたライス辺境伯領の領都入り口にたどり着いた。
「ふぅ…さすがに護衛がいるとはいえ、この領都近辺は森が多いから、緊張するな」
「…そうですね、領地経営も難しそうです」
ライス辺境伯領は、ベネディクト伯爵領とともに農村地帯であるものの、凶作になった際、隣国である帝国からの穀物の輸入拠点になるうえ、軍事拠点でもある辺境伯領だけに攻め込まれないよう周囲は国内の領境であっても簡単に侵入できないようになっている。
比較的領地が近いレゼド侯爵領からでもかなり時間がかかる上に、本来であれば、夕方ごろに到着した隣接する子爵領で1泊してから翌朝森を超えるのがセオリーだった。
しかし、タフィ殿がこれから帰る、婚約者を連れて、と電報を打ったところ、彼の
顔見知りの門衛と一言二言会話をした後、辺境伯領に入る。
辺境伯領は、いろいろ狙われやすいとはいえ、外の守りが強固で、内部は平和だ。
この門をくぐってさえしまえば、夜であろうと馬車を走らせても問題ない。
あと領都の辺境伯邸まではあと1時間ほどかかる。
「ルイーザ、疲れてはいないかい?」
「大丈夫よ、タフィ。
久しぶりに
「…ルイーザ…」
伯爵家には、領地からの収入で得た立派な馬車があるというのに…それを娘に使わせないとは、伯爵を名乗るあの男は何たる不届き者だ…いや、原因はあの男ではなくあの売女か。
「お義父様…あの…」
「…ルイーザ、何か…」
「義父上…その…」
ふと見れば二人が驚いたようにこちらを見ていた。
「…あぁ、す、すまないな…年を取って、涙もろくなってしまったようだ。
カトリーヌ…いやルイーザ、君を最後の最後に、救えたようだ、と思ってな…」
「…いえ、お義父様はいつも優しくしてくださいました。
それだけで十分です…」
「…ありがとう」
感謝の言葉すらかすれてしまうくらい、涙が止まらなかった。
ルイーザ…母の分まで幸せになってくれ…。
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