第4話 レイモンド③ ~ベネディクト家 執事~

 

 促されるがまま隣の部屋に向かうと、そこにあったのは棺。

「…えっ…あの…」

「カトリーヌだ…」

 レゼド侯爵は悲痛な顔でそれを見せた。

「数日前に、領地を視察に行くついでにここに顔を出したのだが…そのあと、ここから伯爵領に向かう乗合馬車・・・・が事故を起こしたのだ。

 そしてカトリーヌは、運悪く…」

「…な、なんという…こと」

 ルパート様はそのまま床に崩れ落ちた。

「…お前のせいなのだぞ、ルパート!」

 崩れ落ちたルパート様を見て声を上げたのが、父上であるモンテグロ侯爵様。

「お前がジェニーなどに気を取られておるから! カトリーヌはすべてを忘れるためにここにきて…事故に…」

 聞けば彼はベネディクト伯爵家の後妻・イゾルテ夫人の連れ子、ジェニーと一緒にカフェで歓談しているところをカトリーヌ様がみられ、浮気と思ったらしい。

 それを聞きながらルパート様の顔がどんどん青くなっていくのがわかった。

 モンテグロ侯爵の話を聞き終えた彼は、棺に向かって深く頭を下げた。

「カトリーヌ、すまなかった!

 あれは…ジェニーと何かしていたわけではないんだ、俺は…」

 そしてそれから彼は、自分が女性に対して初心すぎ、カトリーヌ様に対して距離を縮めたいがガードが固かったため、まずは女性の扱いを学ぼうとジェニー様を練習台に使っていたと告白した。

「…だからジェニーとは…何もないんだ…すまなかった、カトリーヌ」

 モンテグロ侯爵夫妻、レゼド侯爵夫妻、そして先代ベネディクト伯爵様はそれをあっけにとられながら見ていた。

「…ルパート」

 泣きながら棺に謝っているルパート様に、母上であるモンテグロ侯爵夫人が肩を抱いた。

「…レゼド侯爵、ルパートを許していただけませんか…」

 その様子にモンテグロ侯爵がレゼド侯爵に声をかけた。

「…私がどうこう言えんな…何しろ許す相手がこうなってしまっては」

 なんとも言えない表情のレゼド侯爵が答えた。

「…いえ、許されないと思います…これからはカトリーヌへの贖罪できることを…考えます…」

 ルパートは涙ながらに答えた。

「…わかった、では…葬儀を終わろうか」

 そういってレゼド侯爵は静かに会を閉じた。

 

 私はそのままモンテグロ侯爵様の馬車で王都に戻り平穏を取り戻した。

 しかしそれから数週間、ベネディクト伯爵以下3名はカトリーヌ様のご心配をすることもなく過ごしている。

 その間に変わったことと言えば、ベネディクト伯爵領の代官が代替わりし、隣接する領地をもつ先代男爵様から、領地を継げない次男に変わったことだ。

 この先代男爵様と、長男の現・男爵様はしっかりした方なのだが、この次男というのが調子のいい男でベネディクト伯爵へのごますりに忙しく、領地経営等全く知らないといわんばかりの人物だ。

 カトリーヌ様が不在、私も伯爵から疎ましがられているこのタイミングで、代官の先代ミレド男爵様にご迷惑をおかけしないよう、次男への引継ぎをすることを提案し、先代男爵様もベネディクト伯爵とは合わないと感じていたことで、当初予定にはなかったが、ベネディクト伯爵に気に入られている次男に継がせ、引退されることとなった。

 また、高齢だった先代男爵様の補助を行っていた、タフィリア様という隣国から来た青年―彼は将来本国で領地経営をする予定があるため、代官として優秀な男爵様の元で領地経営を学んでいた―も、このタイミングで「自国に戻る」とレゼド侯爵に伝えて、隣国へと戻ったらしい。

 現在の領地経営は、ベネディクト家で管理していたカトリーヌ様と、現地の代官の先代ミレド男爵様、そしてその男爵様の手足であったタフィリア様の3人を短期間ですべてなくした上に、旦那さまからうとまれている私も辞職を決意した…こうして旦那様の都合のいい人物を屋敷での領地管理と代官に置き換わることで領地経営はどうなるのか。

 …ベネディクト伯爵一家は、これが崩壊の始まりとなることは間違いないと私は思う。

 

 半年ほどして私は、執事の仕事を引継ぎして伯爵邸を辞した。

 幸い、レゼド侯爵様のご厚意で別荘の管理人という地位をいただくことができ、辺境にある湖のほとりの侯爵様の別邸へと移り住んだ。

 実際、伯爵家からイメルダ夫人に追い出された使用人には、私からレゼド侯爵に紹介状を書いてもらえるように頼んでおり、何人かはレゼド侯爵家やこの別荘の掃除をする使用人として働いていた。

 そこでようやく時間ができ、思えば先代伯爵様にお仕えして数十年、妻を迎えることもなく、伯爵家の維持のため休まず働き続けてきたことを思い出した。

 メイドといい仲になりそうだったこともある…そのメイドは事情あって故郷へ戻らねばならず、それから連絡は取っていない。

 それ以外の女性と言えば、ルイーザ前夫人とカトリーヌ様との交流のみ…いや、現伯爵夫人とその娘を名乗る・・・二人のことはこの際考えるまい。

 

 そして私は先ほど届けられた一週間分の新聞の置かれた隣にある、とあるファイルをいつの元に持っていこうかを思案を始めるのだった。


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