第11話 【完結】キャンプと荒天と素直な心
今回は俺が真白さんに夕飯を振舞った。
スキレットを使ったパエリアは失敗しないよう先週末に一度試しに作っていたので手際よくそして前回よりいい味に仕上がった。
家から仕込んできたコールスローと一緒にテーブルに並べると海老やムール貝のお陰でちょっと豪華に見えた。
「以千佳ちゃん天才!すげえ美味そう!」
パエリアをよそって手渡すとやれ海老が小さいだのコールスローにコーンが入ってないだのいつもの真白さんに戻っていて安心した。
キャンプチェアを並べて空を見上げると流れ星がすうっと流れた。
「流れ星って初めて見たかも」
「え、心が汚れすぎなんじゃねえの」
「ちょっと人聞きの悪いこと言わないで下さいよ」
もう秋の入口にいて、キャンプ場の夜は上着がないと寒い位だった。手を伸ばして真白さんの手を握ると指を絡ませる。お互いを近くに感じながらの沈黙はどこまでも心地よかった。
翌日は進路を変えて西から迫る台風の影響で天候が崩れる予報だった。朝のキャンプ場は雲ひとつ無い快晴で、本当にこれから雨が降るのか俄に信じ難かった。
「天気荒れない内に帰るか」
てきぱきとテントを畳み始めるので慌てて手伝った。
帰りも真白さんが運転した。
「俺も運転出来るように、日掛けの保険とか今度見ておこうかな」
「え、気にしてんの?別に運転は苦じゃねえよ」
「帰り飲みたい時あるんじゃないですか?」
「お前居るのに一人で飲むの?」
そう言って手を伸ばして俺の髪を撫でる。
「うち、寄ってくだろ?」
そう言ってするりと耳に触れた。
「んんっ、ああ――」
真白さんの家に着くや否やベッドに縺れ込む。お互い忙しくて肌を合わせるのは二週間振りだった。
休日の昼下がり、明るい部屋で愛し合うのは俺は好きだった。
真白さんの反応を見て緩急を付けながらいい所を攻めていく。感覚的な真白さんは本能的なセックスを好むので以前「何か自分ばかりで実験されてるみたい」と言っていたが、自分が気持ちいいのは前提なのであとは如何に相手に長く快感を与えるかが俺からの愛情表現だった。
俺の腕の中で喘ぐ恋人は可愛くて何度でもイかせたくなる。ただ今日は頬の痣が痛々しく、キスをするのも痛みがないように気を遣わなければならなかった。
いつもは顔を隠しがちな真白さんと今日は何度も目が合った。真っ直ぐに俺を求めて見つめる目が綺麗で何度も顔を寄せてキスをした。
シャワーを浴びてベッドに戻ると先に上がっていた真白さんは小さく丸まって眠っていた。
台風の影響か風が強くなってきていて、レースカーテンを開けて外を見ると雨雲がすごい速さで流れて行くのが見えた。
メッセージの着信に気づきアプリを開くとアユムからだった。あれから一切のやり取りが無かったので、何故今更と画面をタップすると愕然とする内容だった。
俺を取り戻しに真白さんに会ったこと、嫌なことを言われて殴ったこと、そして最後には後悔と謝罪の言葉がならんでいた。アユムは虚言癖がある。嘘で気を引き、愛情や同情を集めて満たされる。いつも同じ。人を傷つけ、後悔の繰り返し。
付き合っていた二年間、一度も俺に手を挙げることは無かった。だからまさか真白さんの顔の傷をアユムが付けたものとは夢にも思わず、自分の鈍感さを憎む。そして恨み言のひとつさえ言わなかった真白さんの優しさをも憎らしかった。
すぐにでも起こして話を聞きたかったが、きっとアユムとの事で寝不足だったのと、ついさっきまでのセックスの疲労もあるだろうと目が覚めるまでそっとしておいた。
真白さんが目覚めたのは日が暮れ始めた頃だった。
「変な時間に寝て変な時間に起きた」とブツブツ言っている。
夕食はデリバリーで軽く済ませ、週末の二人の時間を名残惜しむようにソファで寛ぐ。
真白さんの顔は腫れは引いていたが、痣はまだ目立つくらいには残っている。
「真白さん、顔の痣の事なんですけど」
俺の肩に頭を乗せてうんとかああとか言いながらスマホを繰っている。
「アユムがしたって何で言ってくれなかったんですか」
「誰?」
「しらばっくれて」
真白さんの頭は俺の肩に預けているので表情は見えない。でも声の調子から触れたくない話題なのはよく分かった。
「話は終わったと思ってんだけど、まだ何か言ってた?」
「いえ、謝ってはいるけど」
「なら大丈夫だろ」
その後何があったのか細かい内容は教えてくれなかったが、待ち伏せされて、自分が挑発した結果殴られたと言っていた。
「真白さん優しすぎますよ。俺がアユムに怒りを向けないようそう言ってるんですよね?」
「ちげーよ、お前がアイツのこと少しでも考えるのが嫌なんだよ」
そして下を向いたまま続けた
「そんくらいお前を独占したい」
「真白さん、ごめんなさい」
真白さんは顔をあげるとそっと目を閉じた。薄く柔らかな唇にキスを落とすと
「はい、もう終わり」
そう言って首元に顔を埋めた。
「キス待ち顔、可愛すぎです」
「だろ?」
“俺も真白さんを俺だけのものにしたい”そう願って深く口付けた。
時計は十一時を回ろうとしていた。
「さすがに出社の支度もあるので今日は帰りますね」
真白さんは送ろうかと申し出たが、断った。あんな風に言っていたが多分アユムの事が心配なのだろう。何かあればすぐ連絡すると納得させて帰路に着いた。
結局アユムからはそれきりだった。
しばらくするとメッセージアプリもブロックされ、連絡もつかなくなった。共通の知人も居ないし、今は二丁目に行く必要も無いので会うこともないだろう。
「ねえ真白さん、冬もキャンプ行くんですか?」
「にわかの俺が行くわけねえだろ」
「誕生日、冬ですよね」
「真白だけに?」
「真白だけに」
なかなか言わないので何を恥ずかしがっているのかと思えば12月24日なんだと言う。
「ロマンチックですね」
にやにやしながら言うと
「好き勝手言ってろ」
そう言って不貞腐れて見せた。
「誕生日はまだ仕事納まってないから無理ですけど、年末温泉行きません?二人で誕生日のお祝いしたいです。部屋に露天風呂あったりするのいいですよね」
「マジ?そういうのやっちゃう?」
「やっちゃいましょ」
そう言うと耳まで赤くして照れながらも嬉しそうにくしゃりと笑った。
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