monochrome dawn

雨ノ森

第1話 企画部エースと変人デザイナー

「あの小林さん、いただいたデザインなんですけど、コレってスイッチ全体の事なんですよねぇ…」

「は、何言ってんのスイッチんとこ分かりにくいからひと目で分かるようにしとけっつったのはお前だろうがよ」

 なんでこの人こんなに口が悪いんだろう。

「あー、すいません。そしたらこれスイッチカバーが」

 そこで突然電話が切れ数分の後、企画事業部のドアが開き、Tシャツ姿の男がすごい勢いで末席で電話を取ってる新人をどやしつける。

「あのー小林さん、ここでーす!」

声を掛けると

「なんだよ以千佳ちゃん、なんか顔違うと思った。早く言えよ」

唖然とする新人の頭を小突いてこちらへ大股で歩いてきた。

「小林さんうちの新人いじめないでくださいよ」

俺の訴えは敢え無く無視され、モニターに出していた自分のデザイン画をゴンゴン指差す。

「何でコレが伝わらないかね」

そう言うと勝手に後ろのデスクの椅子を引っばって来て隣に座る。

「ここがこう開いてぇ」

今度はペンでモニターを突きながら説明してくれた。なるほど直接聞けばなんてことは無かった。

「すいませんわざわざこちらまで…」

「ホントだよ、企画15階とかクソ遠いんだよ」立ち上がると俺のデスクにあった高級マカロンを勝手に手に取り「これで命だけは助けてやる」とか言いながら二17階に戻って行った。


「目黒大丈夫か?あんま気にすんなよ、あの人変人だって有名だし」

心配して先輩が声をかけてくれる。

「確かに変わってますけど、直接こっち来て説明してくれるくらいですからまぁ、優しいんじゃないですかね?」

「去年のプロジェクトで免疫出来てるとはいえ、なんかあれば言えよ?デザインの主任は俺の同期だから」

実際誤解は与えまくりなのだが、根は優しい人なのは分かっている。

 昨年のクリスマス商戦で同じ開発チームだったが、上から度重なる仕様変更や意地の悪いダメ出しが何度来ても必ず期限までに修正したデザイン画を間に合わせてくるし、企画との擦り合わせも可能な限り付き合ってくれたので心強かったのは記憶に新しい。いつも変顔ギリギリの顰め面で口も相当悪いのだが、間違いなく仕事は出来るし、センスも抜群だった。だから上辺の様子だけで周りの評価が低いことが自業自得とはいえ俺には何となく気になっていた。

 金曜の夜、慌しかった一週間の疲れがどっと来る。束の間そこまで急ぎの仕事は無いので早く帰ろうと支度をして席を立った。

 電車1本で20分程の地元の駅に降りると人混みをよろよろと下手くそに歩く小林さんを見付けた。

 そういえば同じ駅だった。去年プロジェクトの打ち上げでベロベロに酔った小林さんを押しつけられて連れ帰ったのを思い出した。あの時はどうしたんだっけ?家に送り届けたんだっけか、そんなことを考えていると

「以千佳ちゃんみっけ〜」

突然横から顔を出すので先に行っていたと思っていた俺は酷く驚いた。

「飯食った?」と聞かれまだだと言うと一杯付き合えと駅前の焼き肉屋に連れ込まれた。


「以千佳ちゃん何?」

「あ、じゃあ生で」

「お姉さん!生とハイボールね」

小林さんは俺を『以千佳ちゃん』と呼ぶ。そこまで親しくも無いのにそう呼ぶのには理由はなく、ただ珍しい名前を呼びたいだけのようだった。

 小林さんの名は真白さんという。

プロジェクトの打ち上げで小林さんの同僚がふざけて『ましろちゃん』と呼んだ時、俺は『小林』だから小林以外で呼ぶなと怒り出した。真白だなんてあんな恐ろしい人に随分綺麗な名前が付いたものだとその時は思ったものだった。

ハイボールを半分ほど一気に飲み、ドン!とカウンターにジョッキを置くと「はーっ」と息を吐くと気の抜けた笑顔になった。

思ってもみない可愛らしい笑顔を見てしまい、ドキリとして思わず見てはいけないものを見た気がして顔を背けてしまう。

 ロースとカルビ、タン塩が並ぶと上機嫌で焼き始める。

「なーんか焼肉って一人だと焼いてる間何か寂しくなんねえ?」

カルビで白飯を巻いて幸せそうに口に入れる。焼肉は久しぶりでその上まだ早いだの俺の肉だのどやされながら食べるのは1人で食べるコンビニ弁当の何倍も楽しく、美味かった。

「ここ初めて入りました。美味いし安いッスね」

「おうよ、お前メシ自分で作んの?」

「いや、あんまり…テキトーに何か焼いたり、炒めたりくらいですよ」

「はは、なんだそれ」

 1時間半くらい居ただろうか。入社した頃、マーケに女性向けラインのデザインを貶されてやり合った話を聞いてるうちに気がつくと小林さんは潰れていた。

 この人は酒が弱いくせに強い酒をハイピッチで飲みすぎるのだ。とりあえず会計して店の外に引きずり出すと夜風が気持ちよかった。

店の前のベンチを借りて揺するが起きる気配も無い。ここから家まではすぐそこなので、寝ている小林さんごと連れ帰ることにした。

「気持ち悪い…」

「吐きます?」

「吐かない」

「えー、なんスか…」

 うちに着くととりあえずベッドに放り投げた。焼き肉の煙の臭いが気になってすぐにでも風呂に入りたかったが、少し迷って小林さんを先に着替えさせることにした。このままだと俺のベッドに臭いが染み付いてしまう。それは何としても避けたい。

 先週末に買ってまだ着ていない寝間着用のスウェットを横に置き、ボトムスを脱がせる。

 骨の浮き出た細い腰とその下のグレーのボクサーの中心に目が行ってしまう。無防備に眠っている小林さんを横目にそっと中心に指を伸ばすとその瞬間小さく呻いて寝返りを打ったので慌てて手を引っ込めた。

 指先に一瞬だけ掠めた感触が下半身を疼かせる。

「何やってんだよ」

 起きる気配のないぐにゃぐにゃの小林さんにぐいぐいスウェットを着せる。バスルームに向かいシャワーを浴びるとふと魔が差した罪悪感からか恋人の顔が過ぎった。

 2年前セフレから恋人関係になった俺たちは、既に関係は破綻していたがお互い悪者になるのが怖くてこの半年近くは惰性のように『恋人』という名の関係に縋りついてた。

 俺はゲイであることを友人はおろか家族の誰一人にもカミングアウトしていない。

 知られた後の代償は計り知れないと思っている。だからさっき小林さんに対して魔が差したのもこれきりにしなくてはと思いながら自身を慰める。排水溝に流れていく精液が惨めで目を逸らせた。

身体を拭いて床に座りソファに凭れると一気に眠気が襲って来る。ソファに上がる事も諦め意識を暗闇の淵に追いやった。


 人の気配がして目が覚めた。ソファに凭れて眠ってしまったようで首がミシミシと痛む。

「以千佳ちゃんおはよ、シャワー借りたよ」と俺と同じボディソープの香りをさせながら髪を拭いている。

「シャワー浴びてまたそのスウェット着たんですか?」

「これ新しいんじゃない?買って返すよ」というので「新しくないんで、もうそのまま置いてってください」

「嘘つけ」

小林さんが体を捩るとサイズ表記のシールが脇腹辺りに貼ったままだった。

小林さんがスウェットを着て帰ると聞かないので仕方なくあげることにして着ていた服を紙袋に入れた。


「朝飯作りますよ」

キッチンに向かうとコーヒーだけでいいやと言いながら勝手にバナナを食べ始める。

「休みって何してるんですか」

「キャンプ」

 健康的に森でキャンプしている小林さんが頭に浮かび、何だかあまりにもイメージからかけ離れていて笑ってしまった。

「ふはは、今の面白かったです」

「だろ?」

そう言ってコーヒーを受け取った。

 音楽はジャズかと言いながらレコードをパラパラ物色し、飾っていた「ワルツフォーデビー」のレコードの上にチャーリー・パーカーの「バードアンドディズ」を置いた。

「以千佳ちゃんは今日デート?」

「え?あ、まぁ。夜ですけど」

突然の振りについ正直に答えてしまう。

空になったコーヒーカップを流しで洗うと「コーヒー美味かった、ご馳走様。デート楽しんで」と言って本当に上下スウェットに紙袋を提げてまるで出所したばかりのような出で立ちでぶらぶらと帰って行った。


その日の夜は恋人と二丁目のバーで待ち合わせていた。

 話すのも、もう会うのも億劫になり始めていた。そろそろケジメをつけるならちゃんとしないといけない。でも狡い俺たちはどちらかが口火を切って自分が振られた側になるのを待っていた。

 寂しい気持ちと孤独な時間を埋めるために会い、ただ肌を合わせる。なんだそれじゃセフレだった頃と変わらないじゃないか。いつものようにホテルのベッドで恋人と交わる。脚を抱えて奥を突きながらふと恋人の性器に目が行くと小林さんの色気のない骨々した腰と柔らかい性器を思い出し、果てた

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