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単純に酒が好きなメンバーで集まって開かれる定例の飲み会の中、莉乃は普段の半分も飲んでいなかった。だが、誰もそれを気にする様子はない。それぞれが自分の好きなペースで飲んでいる。歓送迎会などでありがちな、酌をして回るようなこともない。
海叶は小川のことを「裏切り者」と一蹴していた。
小川がどういう男だったのか、前々から気になっていた莉乃は、会の終わり、会計の時に海叶の伯母に小川のことを訊ねた。
「ああ、小川先生は、ボランティアで海叶に付いてくれている先生です。小学生の間も少し」
「小学生の間も、っていうことは、今も、ですか?」
「ええ。午前中だけらしいですけどね」
それを聞いて、莉乃は心を決めて小さく頷いた。
「ありがとうございます。あと、料理もとても美味しかったです。また使わせて下さい」
莉乃の「とても美味しかった」という心のこもった言葉に、海叶の伯父も伯母も笑みを浮かべて「お待ちしております」と頭を下げた。
その翌日、莉乃は営業の外回りの途中で、城東中学校に小川を訪ねた。事務室で十二時五十分に仕事が終わると聞き、車の中でその時を待っている。
一時を少し回って、スーツ姿の男と一緒に、莉乃の対応をした事務員が出てきた。彼が小川だろうと、莉乃は車から降りて頭を下げた。
「あの、私に何か?」
小川が頭を少し下げてそう言うと、事務員が「それじゃあ」と小川に声を掛けて事務室へと戻っていった。事務員が充分に離れるのを待って、莉乃が口を開いた。
「突然すみません。私、塚田実莉の妹です。……あの、海叶君が小学生の頃に担任だった」
姉の名前を出してもピンと来ていなかった様子の小川に、莉乃は海叶の担任だったことを付け足した。
「ああ、塚田先生の。それで? なんでしょうか」
莉乃は改めて小川からそう問われて言葉に詰まった。自分は、いまさら何をしようとしているのか。明らかに小川は迷惑そうにしている。それでもせっかく足を運んだのだ。莉乃は再度意志を強く持って口を開いた。
「小川先生は姉が最後に会った人ですよね? ちょっとだけお話がしたいんです」
莉乃の真剣な眼差しに、小川は観念した。
「分かりました。でもここじゃあ……」
「そうですね。どこか喫茶店にでも場所を変えましょうか?」
莉乃がそう言うと、小川は少し考えて口を開いた。
「少し遠いですけど、『シーセル』ってご存知ですか?」
小川が出したその店名は、希の店だった。自分の身に何か起こったとしても、哲也と希がいるシーセルならば心配ないと考えてのことだ。
「島の海水浴場の所ですよね? 大丈夫です。分かります」
「お仕事中みたいですけど?」
小川は莉乃が降りてきた車を見て言った。白い軽自動車の横には社名が書かれている。
「平気です。厨房機器の営業ですから。シーセルさんには行ったことないですけど、いい機会です」
小川が話を聞いてくれるということで安心したのか、莉乃の表情が明るくなった。それを見て、小川を包んでいた緊張もほぐれる。
「それじゃあ、向こうで」
小川はそう言って車に乗り込んで、いつもよりもゆったりと市街地を走らせた。
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