凧の糸
西野ゆう
助走
1
病院というのは名ばかりであったその場所の、衛生状態は最悪だった。電気の供給が断たれた部屋のシーリングファンは、照明フードとしても役立たずで、菌が可視化できるのではないかと思うほどに空気は淀んでいた。
血と膿が混ざった匂いが充満している。湿気を多く含んだ熱い空気が汗の蒸発を防いでいて、熱気が身体に纏わり付いて離れない。
そこへ更なる熱気を伴いながら、右足大腿部から下を失った少年が自動小銃を杖代わりに、より幼い少年の肩を借りつつ入って来た。だが、治療すべき医師はどこにもいない。死が隣にある部屋の中で、唯一自分の意志通りに四肢を動かすことができる男は、薄く開けた目で少年たちをひと目見て、ゆっくりと首を横に振っていた。
足を失った少年が言葉を幾つか叫ぶと、杖にしていた銃を構えた。
男は、自動小銃の照準越しに自分を睨めつける少年の眉間に銃口を向け、引き金を引く。コンクリートに囲まれた部屋に銃声が反響し、男はしばらく続いた耳鳴りに奥歯を噛みしめて天井を見上げていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます