三月十八日

三月十八日午前三時二十分

霊域攻略メンバーらが陰陽寮出雲支部到着


同日午前三時四十分

風早 此岸しがん級陰陽師、みやこ入り


***


三月十八日午前四時五十分。

何度目かの転移陣を経て、俺たちは出雲支部所属の異能者十数名と共に霊域の入口であろう赤黒い鳥居の前にいた。鳥居から少し離れた場所には白い天幕がいくつか設置されており、簡素ではあるが前線基地として機能している。そして鳥居の奥には洞窟がぽっかりと口を開けており、なかなか不気味な雰囲気を漂わせている。さらに、山の中というだけあって、土は湿っている上にでこぼこと植物の根による隆起が多い。洞窟内部の様子は暗くて分からないが、もし内側もこんなふうに足場が悪かったらかなり厳しいだろう。

なにか手がかりになりそうなものがないかと、少し離れたところからじっと鳥居を観察してみた。すると、額に文字が書かれていることに気付いた。よく見ようと目を凝らしてみたが、その文字が漢字であることは分かるのに、どうにもはっきりと認識できない。

認識阻害でも付与されているのだろうか?


「あれ?これ、何製なんだろ。兄さんわかる?」

「わかんない。でも木じゃないね。」


声のする方に目をやると、素手でぺたぺたと鳥居の柱に触りながら久山と神原が話し込んでいるのが目に入った。


・・・無防備過ぎじゃないか?


二人の様子に呆れ返っていると、その二人の後ろに制帽を目深にかぶった中級士官の女性がずかずかと近付いていくのが見えた。黒襟に緋色の二本線という制服が、彼女が陰陽寮情報部所属の陰陽師だということを示している。

どうしてここに情報部の人員がいるのかと疑問に感じたが、とりあえず今は作戦を立てるために班員を集めようと口を開いた。

と、その時。


「あんたら!二人して!何やってんの!」


情報部の女性が久山と神原の後ろ襟を掴んで、勢いよく鳥居から引き剥がした。


「わー!?」

「わぁぁ!?」


素っ頓狂な声を上げて二人は尻もちをつくと、不満げな表情で抗議を始めた。


「調べてただけなのにー。」

「違和感あったから何かあると思っただけなのにー。」

「はいはい。罠でもあったらどうするつもりだったのよ。」

「治せるもん。」

「治るもん。」

「・・・はぁ。」


二人の楽観的すぎる態度に、女性はため息を吐いて帽子のつばを押さえて黙り込んだ。


「桐生どうしたの?」

「桐生?頭痛いの?」


神原と久山は女性の顔を両隣から覗き込むと、心配そうに話しかけていた。

原因はお前らだよと内心突っ込みながらスライド式の携帯端末で現在の時刻を確認した。


午前四時五十五分。突入予定時刻まで、あとわずか五分。


「・・・神原、久山。あと小鳥遊、大岩、茜塚。集まってくれ。」

「はぁい。」

「はーい。」


神原と久山は気の抜けた返事をすると小走りでこちらに駆け寄ってきた。


「平里、来たよー。」

「ちゃんと来たよー?」

「はいはい、えらいえらい。」


若干投げやりにそう返すと、二人は楽しそうに笑った。


「平里先輩、何かありましたか?」


天幕のある方から駆け足でこちらに来ると、茜塚は不安そうに尋ねた。


「いや、異常があったわけじゃない。最後にもう一度、作戦会議でもしておこうと思っただけだから。」

「あっ、そうなんですね。」


『異常なし』という部分を聞いて茜塚はほっとしたように胸を撫で下ろした。


「ごめんね、遅くなった。」

「すみません、遅くなりました。」

「まだ時間あるし大丈夫だ。ところで何か分かったことは?」


続けて背後から声を掛けてきた小鳥遊と大岩にそう返すと、小鳥遊はふるふると頭とその両サイドの大きなリボンを横に振った。


「そっかー。まあしょうがないよね。僕らも鳥居が何かおかしいってことしか分からなかったし。」


神原が励ますように小鳥遊の肩を軽く叩くと、小鳥遊は困ったような・・・照れたような複雑な表情を浮かべた。


「でも、何も霊域自体の手がかりがないのはキツいよね。」

「あるわよ、手がかり。」


久山が腕を組んで神妙な顔をすると、ふと、先程まで鳥居の前でこちらを見ていた情報部の女性が声を掛けてきた。


いつの間に・・・。


「それってどういうこと?」


キョトンとして久山が問いかけると、女性は胸ポケットから取り出した黒い小型の映像端末を起動した。ブンっという羽音のような音と共に空中に立体的なホログラムの画像が映し出される。


「これは・・・まさか内部の地図ですか!?」

「そうよ。内部に先行させた虫型の魔導具にマッピングさせたの。・・・もっとも、中層以降は怪異が強すぎて情報を得られなかったのだけれど。」

「それでも十分ですよ!ありがとうございます、お姉さん。」


茜塚は驚きながらお礼を述べると、何故か女性は首を傾げた。


「もしかして、覚えてない?」

「え?・・・あ、もしかして以前会ったことありましたか!?」

「ええ。」


女性が頷くと、茜塚はわたわたと焦った様子で頭を抱えた。

その様子を見ていた小鳥遊が、小さくため息をついて女性の帽子をぴっと指差した。


「桐生。帽子、とって。」

「これ?別に構わないけれど・・・。」


小鳥遊に言われて、女性がすっと帽子を取ると、今までつばで隠されていた素顔が明らかになった。

頭から肩にかけての流れるような射干玉の髪。つり目がちな柳色の瞳。そして先程呼ばれていた『桐生』という名字。


「・・・お前、桐生か?」

「他に誰がいるのよ。・・・っていうかアンタも分かってなかったの?」


呆れたと言わんばかりの口調でそう言うと、桐生はむっとした。


「悪い。その・・・いつも西園寺が付き纏ってたから。」

「その名前を出さないで頂戴。来たら困るもの。」


桐生は「それよりも」、とホログラムを指先でつつくと真面目な表情で俺たちの顔を見た。


「ちゃんとコレ、役立てなさいよね。そのために来たんだから。」


映像端末を神原に押し付けるように手渡すと、「じゃあね」と一言だけ残して桐生は足早に去っていった。


「・・・よし。じゃあまず地図をよく見てみよっか。」


神原はカチカチと端末の横のダイヤルを回して映像を拡大すると、じっとホログラムを見つめる。それに倣って他のメンバーも地図を眺めた。

ホログラム映像によれば、霊域中央には半径約五十メートル、高さ数十メートルに渡る大穴が開いており、その内壁に沿ってぐるぐると螺旋を描きながら下へ続く坂道が設置されているようだ。坂道の幅は約五メートル程度しかなく、壁の反対側は断崖絶壁。おまけに一本道だから物量でゴリ押されたらひとたまりもない。


「・・・一本道・・・ってことは先頭に前衛___大岩かサヤを置いて最後尾にもう片方を置いた方が良いんじゃないかな。」


神原がぱっと顔を上げてそう言うと、俺も含めて全員が納得したように頷いた。


「そうですね、それなら挟み撃ちされても対応できますから。」


大岩は感心したような声色でそう答えると、久山の方を向いた。


「久山先輩はどう思いますか?」

「え?ああ・・・良いんじゃないかな。」

「そうですか。ならこれを主軸に固めましょう。」


心無しか張り切って見える大岩は、神原達と積極的に作戦について話し合い出した。

四人があーでもないこーでもないと作戦を練っているのを横目に、俺はコソッと久山に話しかけた。


「久山、何かあったのか?」

「あ。ううん、大丈夫だよ。ただ・・・」

「この霊域は姿・・・。」

「正しい姿?それはどういう・・・。」


俺が問い返そうとした直後、ビーッと作戦開始一分前のブザーが鳴った。


「各自最終確認!」


その音にハッとして俺がそう叫ぶと、会話を止めて各々自分の装備を確認し始めた。

そしてまた三十秒後、同じようにブザーが鳴ると、そのまま先程話し合っていた順番で駆け足で鳥居の前に並んだ。


十秒前。ピ、ピ、ピ、と電子音が秒刻みのカウントダウンを始めた。

最後の電子音がピー、と鳴った瞬間、先頭の久山が地面を蹴って鳥居の奥に飛び込んだ。それに続いて俺も鳥居の奥の暗闇に飛び込む。


今度こそ。


***


実際に目にした霊域内部は、先程桐生が見せてくれた地図とほぼ相違なかった。違う部分といえば、坂道の所々に積み上げられた小石ぐらいだろう。

岩盤をくり抜いたような不自然な大穴を覗き込んでみたが深すぎるのか、底に暗い闇が広がっているばかりだった。下から吹きあげてくる湿気を含んだ冷たい風がふと頬を撫ぜると、突然身も心も凍えるような悪寒に襲われた。


「ッ・・・・・・は。」


息を大きく吐き出して気分を落ち着かせようとしていると、後ろにいた神原がとんとん、と肩を叩いてきた。


「大丈夫?」

「ああ・・・もう大丈夫・・・。」

「本当にぃ?」


神原は疑わしげな視線を向けると、不思議そうな表情を浮かべた。


「っていうか、何度も来てるのになんで毎回同じことしてるの?」


ひそひそと小声で神原は俺にそう尋ねた。


「あ・・・それが。覚えてないんだ、この霊域のこと。」


同じように小声でそう返すと、神原は「ふぅん」とだけ呟いて黙った。


「二人ともなに話してるの?」

「小鳥遊に言うほどのことじゃない。」

「平里がビビってたから励ましてたんだよ。」

「ビビってねぇ!」


図星をさされて思わず大声で反論してしまい、慌てて周囲を見回した。怪異の気配はなく、しんと静まり返っていることを確認して俺は安堵した。


「悪い、ムキになって。」

「ううん、僕もデリカシーなかった。ごめんね。」

「ねぇー、そろそろ先に進んでいい?」


声の方を見ると、隊列から少し離れた坂道の始点で久山が腕を組んでいるのが見えた。


「すまん。」

「ごめん。」


慌てて駆け寄ると、久山は仕方ないなぁ、とでも言うように笑った。


「じゃあ行くよ。各自何か気付いたらすぐに声に出してね。___いざ!」


久山はそう言うと躊躇いなく坂道に向かって足を踏み出した。

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