生還

魔導科学によって発展した、島国・倭國やまと

四方を青い海に囲まれたこの地には、『怪異』と呼ばれる化け物が存在する。

それに対抗するべく、五つの結界都市と怪異に対抗する術を生まれながらに持つ人々___通称、異能者を束ねあげる特別機関『陰陽寮』が設立された。


異能者には『適正年齢に達した時点での専門の教育機関への入学、又は乙等級以上の異能者への師事』と『怪異への対抗手段としての社会貢献』の二つが義務付けられている。

怪異は異能、もしくは異能力が付与された武具でしか討伐できないためだ。

故に、怪異と戦わねばならない異能者の死亡率は一般人に比べて高い。


現に、先の作戦で俺の所属していた班は全滅した。


たった一人、俺を除いて。


***


「なんで俺、生きてるんですかね?」

「私に聞かれてもなぁ。」


あの日から数週間後。ようやく傷も塞がって、リハビリを始めた頃の会話だった。

古い教室を改装した部屋で、俺が「だってアイツらは」と困惑しながら続けると、風早所長は憐憫を含んだ瞳で俺を見た。


「それだけ成長してたってことじゃないの?自覚なかっただけで。ほら、あと二メートルだよ、頑張って」


ポンポンと俺の肩を軽く叩きながら風早さんは眉を下げて笑った。どうにも腑に落ちない返答だった。

イラッとしながらも重い身体を引き上げて、一歩前へ出す。体重をかけられた手すりはギィギィと悲鳴をあげた。


「・・・やっぱり無理があったんですよ。」

「と、いうと?」

「小学校を病院代わりにするのは!」


ダンっと勢いよく一歩踏み出すと、古い木材を繋ぎ合わせただけの、粗末なリハビリ器具はボキンッと大きな音を立てて折れた。支えがなければ歩けないので、ついでとばかりに俺は座り込んだ。


「あーあ。頑張って作ったのに・・・。」


風早さんはちっとも残念そうじゃない表情で木片を拾い上げた。


「え?風早さんが作ったんですか?」

「違うけど。」

「・・・。」

「でも作った子達は頑張ってたよ。」


眉ひとつ動かさずに木片を指先でくるくると弄ぶと、風早さんは「そういえば」、と思い出したように言った。


「このあと西園寺もリハビリなんだった。新しく作り直さないと」

「え、西園寺も?」


ずっと後ろに___結界内で後方支援に徹してたはずなのに、なんでリハビリが必要な程の怪我を?

頭に疑問符を浮かべていると、ガラガラと引き戸を開けて金に近い髪色の、入院着姿の女性が入ってきた。


「あぁ、西園寺。おはよう。」

「おはようございます風早さん、平里も。」

「ああ・・・おはよう。」


固定こそしていないものの、彼女の右手に巻かれた真新しい包帯が痛々しい。それに、少しやつれたように見える。


「あ、やっぱりそれ壊れたのね。」

「やっぱり、って。酷くない?」

「さすがに成人男性一人支えるには無理がある強度だったでしょう?素材的にも。」

「・・・何で作ったんだ?これ。」

「図工室の椅子よ。よく使い込まれていたわね。」

「・・・風早さん?」


小学校の、しかも図工室の椅子なんてガタガタに決まっているのに。

作業台として、だとか色々使ったりしてるだろうから。


「だって他に使えそうなものがなくて。・・・まさか階段の手すりを外したり、なんてできないでしょ?」

「それはそうですが。」


だとしても椅子は無いでしょう、と木くずに目をやりながら返すと、風早さんはバツが悪そうに顔を背けた。


「あれ。ねぇ平里。ひとつ聞いてもいいかしら。」

「なんだ?」

「その左手はどうしたの?」

「あぁ・・・。」


西園寺は白い手袋の嵌った左手を指して問いかけた。

俺は答えようとしたが言葉に詰まってしまった。

どこから話せば良い?どこまで話して良いんだ?

俺が悩んでいると、黙り込んで顔を背けていた風早さんが静かに口を開いた。


「平里。いい機会だし、内部で何があったかも含めて話してくれないかな。」


「まだ無理そうなら仕方ないけれど・・・。」


顔色を伺うように、風早さんは俺に語りかけた。

その様子を見て、今まで無意識に口に出すのを避けてきた現実が鮮明に蘇ってきた。


「・・・ッ」


ドッと冷や汗が噴き出し、過呼吸に陥りそうになる。思わず口を押えて俯くと、慌てた様子で風早さんが俺に駆け寄った。


「ごめん。無神経だった。」

「謝ることじゃないでしょう。それに・・・いつかは話さなきゃとは思っていましたし。」


呼吸を整えて顔を上げると、俺は覚悟を決めた。


「あの時何があったか・・・。今、話します。」


震える右手を握りしめて、ゆっくりそう言うと、俺は、あの時のことを語り始めた。

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