第92話22才の処女 6

立花と小林は

朝ご飯を食べる為に

早めにチェックアウトをした。


小林がホテル料金を

払おうとしていたが


申し訳ない気持ちの立花が

『俺に払わせてくれ』と頼み


『わかりました』と小林が折れ

ホテル代は立花が払い

朝食代を小林が払う事で

折り合いがつく。


近くのガストで

モ-ニングセットを

食べる2人


コンタクトレンズ装着で

髪の毛をセットして

完璧にメイクをした小林は

ドリンクバーに向かうだけで


新聞を読んでいる会社員が

読むのを止めて


彼女を目で追っているほどの

美しさである。


昨夜、立花に言われた言葉が

常にあり


小林の表情にも自信が

満ち溢れていた。


スクランブルエッグを食べていた

立花が

『何か嬉しそうだな?』と聞くと


『振られて落ち込んでいますよ』と

笑顔で答えてくる。


『しょうがねぇだろ』と

立花が言い返すが

彼も笑っていた。


『店を出るのは別々に

しましょうか?』


小林がパンケ-キを食べながら

そう提案してきて


驚いた表情の立花に

『会社に一緒に出社する訳には

行かないですし』


『もう1人でも行動出来ないと

ダメじゃないですか?』


『立花さんが居ない時でも

大丈夫だと証明しないと』と

笑顔で説明している。


『ゴメンな』

立花が、そう謝るが


『全然、大丈夫です』

『むしろ、コッチが

ワガママ言って

立花さんを困らせて』


『謝らないといけないですし、

お礼を言わなきゃいけないんです』


彼女の強がりが、かえって

立花を苦しめている。


2人とも食べ終えて

彼女が店を出る準備を

始めたのを見て


『じゃあ、俺は15分後に

店を出て会社に行くよ』


時間差出勤を立花が提案すると


周りをキョロキョロしながら

『お別れのキスをしても

イイですか?』と聞いてきた。


『ファミレスだぞ?』


立花も周りを見渡しながら言うが

真顔で立花を見つめていた小林は

『判っています』と言ってくる。


お別れのキス


彼女の言っている意味は

どっちだろう?


立花はそんな事を考えながら

小林にキスをした。


『ありがとうございます』


そう言って彼女は席を立ち

店を出て行ったのである。


残った伝票を持ちながら


『朝飯代は、アイツ持ちだった筈

なんだけどな?』と

独り言を呟く立花であった。


ファミレスを出た彼女を

すれ違う人、みんなが

見とれるように眺めていた。


昨日までと違い

彼女は、その視線を楽しむ

余裕が生まれている。


やがて小林が会社に着き

建物に入ろうとした時に


『すいません、ちょっと

イイですか?』と

30代と思われる男性が

彼女に声を掛けてきた。


『すいません、

彼氏がいますんで』


昨夜、立花に教わった

ナンパ撃退法を実践して

小林が断ろうとすると


『私、違うんです』と

男性が名刺を差し出してくる。


小林は気付いていなかったが

昨日の帰り際


ナンパ男と立花との

立ち回りを離れて見ていたのは

彼だった。


付け加えれば昨夜の晩御飯を

食べたファミレスにもいたし


ビジネスホテルで

エレベーターに乗ろうとした時に


行き先階を言えなかったのも

彼である。


15分遅れて立花も会社に着いた。


いつもと変わらない日常

に、なる筈だった。


だが非日常が始まった。


立花が自分の机に座ると

『立花さん、

ちょっとイイですか?』と

小林が彼に声を、かけてきて

食堂に来てくれと頼んでいる。


朝の社員食堂には

立花と小林しか居ない。


『実は立花さんと別れた後

会社の前で男の人に

声を掛けられたんです』


そんな小林の話に


またナンパか?


小林にはガ-ドマンが

必要だな、と立花が

考えていると


『映画会社の人にスカウト

されたんです』と

興奮気味に話してきたのである。


『スカウト?』

『映画会社?』


ダブルの驚きで小林に聞いた

立花に


『映画会社の専属女優に

なりませんか?と

誘われたんです』と言って


朝の男が渡して来た名刺を

立花に見せてきた。


そこには日本で1番有名な

映画会社の名前が書いてあり


そこの子会社の芸能事務所の

会社名と連絡先が書いてある。


立花がスマホで検索すると

名刺に書いてあるのと同じ

住所と電話番号が書いてあり

名刺が本物だと分かった。


『それで何って言っているんだ?』

立花が、そう聞くと


『一度会社に来て

詳しい話をさせて欲しい』


『その連絡をしたくて

私の携帯にかけたけど』


『着信拒否になってしまい

会社に何度か、

電話をしたそうです』と

説明をする。


『どうするつもりだ?』


立花に聞かれた小林は

『正直、私の処理能力を超えた

驚きの話で』


『折り返し、連絡をします、と言って

お帰り頂きました』


そう言って

態度保留の現状を説明する。



『絶対にやるべきよ』

『こんなチャンス、2度と

来ないわよ』


立花が助けを求めた蝶野は

スカウトを受けるべきだと

小林の両肩を何度も叩き

力説している。


立花も判断に困り

朝礼が終わった後に

藤波係長に相談する。


『確かに、イイ話だとは思うけど

ウチの会社は副業禁止だよ』


そう小林に告げると

彼女は困ったような顔になった。


『まだ女優になるって

決まった訳じゃないんだし』


『話を聞くだけでも

イイんじゃないか?』


立花が小林の援護射撃をすると


『私の立場じゃ、

そう言うしかないんだよ』と

藤波係長は笑いながら言った後に


『有給休暇を取って

話を聞いて来たら、どうだ?』と

付け加えて話す。


『イイんですか?』


藤波係長の粋な計らいに

目を輝かせて喜んでいる。


『1人で大丈夫か?』


立花に、そう聞かれた小林は

『話を聞いてくるだけですから

大丈夫です』


そう言っていた小林は

その2週間後に会社を

退職する事となった。


話を聞きに行くだけの

つもりだったが


その日の内に役員面接まで行い

映画会社の専属女優になる事を

決めたのである。


スカウトした人は

立花と小林が2人でホテルに

泊まった事を知っており


『専属女優として契約するなら

あの人とは別れて貰いますが

大丈夫ですか?』と確認すると


『あの方は会社の先輩で

恋人ではありません』と

答えた。


『ですが同じ部屋に泊まって

いましたよね?』

そう男性が改めて確認すると


『私が、しつこいナンパをされて

怖がっていたから』


『ムリを言って、部屋に居て

貰っただけです』

そう小林が説明すると


『わかりました』と

スカウトした男性は

引き下がった。


『副業禁止ですから

会社も辞めますので』


『もう先輩に会う事もないです』


立花さんと毎日、顔を会わすのは

ふられた私にとってはツラい事


女優さんになるのは

良いキッカケだと彼女は

思っていたのだ。


急遽の退職になったので

送別会も行われず


簡単な壮行会が

オフィスで行われている。


最後の花束贈呈は

恩師となった立花が

小林に渡す事になっていた。


『頑張って有名女優になって下さい』

立花が、そう言って

小林に花束を渡すと


受け取りながら

彼女は立花に近づき

耳元で


『たかちゃん、

私待っていますから』と

ホテルに泊まった日だけ


彼女に許した

立花の呼び名を

言ってきたのであった。


驚いた顔の立花に

怪しく微笑んだ顔は

正に女優である。


みんなに拍手をされて

会社を去って行った

小林邦子は


この1年後に

朝の連続ドラマの主人公となり

その後、国民的女優になっていった。


後に絵色女神と

CMクィーン争いをする


小林邦子は

こうしてデビューして

行ったのである。

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