第82話変身 2

メンテナンス先の企業に着いた

立花と小林は


早速、コピーとプリンターの

複合機のメンテナンスを始める。


訪問する前に決めていた通り

立花は横で見ているだけで

小林がメインで作業を開始した。


すると、すぐに紙が

『グチャ、グチャ』と音を立て

機械の中で絡まる。


それを見ていた立花は

声には出さないが


わざとやっても、

こんなにすぐ


故障させるのは難しいと

感心している。


だが当事者の小林は

早くもパニックになり


ガタガタと音をさせながら

複合機の扉を開けて


紙を詰まらせた場所を

修復しようとしていた。


ガリ、ガリ


扉を開けた小林がチカラ任せに

紙を引っ張り出そうとして


機械の部品が

イヤな音をさせたので


慌て、立花が小林の

作業を中止させる。


『どうしよう、どうしよう』

パニック状態になっている

彼女はうわ言のように

言っていたので


『小林、落ち着け』と言って

彼女の両肩をポンと軽く叩き


『さっき、俺が言った事を

思い出してみろ?』と

笑顔で話しかけてきた。


すると彼女は、先ほどの

立花の言葉である


壊しても弁償しなくていい

会社が補償してくれる


その言葉を思い出した。


『まずは深呼吸してみろ?』

そう言われて彼女は


言われた通りに大きく

息を吸って吐いている。


『どうだ、落ち着いたか?』

立花に聞かれた小林は


『はい、落ち着きました』と

答えて、

少し冷静になっている。


『ウチの会社の機械は

稼働中のタイプが4種類ある』


『全部のタイプを覚えるのは

大変だろ?』


立花にそう聞かれた小林は

大きく頷く。


『複合機の扉の裏側を

見てみろ?』


そう立花に促された小林が

扉の裏側を見てみると


紙詰まりが起きた場合の

紙の取り出し方が絵付きで

貼り付けられている。


『複合機の故障で一番多いのが

紙詰まりだから』


『俺らを呼ばなくても

お客様自身で治せるように』


『どのタイプにも、

こうやって絵付きで

修理方法が書いてある』


立花に説明を受けた小林は

『確かに研修の時に

習いました』と

申し訳なさそうに

言ってきた。


なんで習った事を

覚えていないんだ。


頭が悪い奴だ、と

立花に軽蔑されると

小林は思い下を向いて

落ち込んでいると


『良かったじゃないか?』

『次からは、

この修理の時になら

1人でも治せるな?』と

立花は笑顔で

話しかけている。


え?怒らないの?


バカにしないの?


小林は他の先輩指導者達と

同じように呆れられると

思っていたので

ビックリしていた。


『小林、一度に全部

覚えようとしなくて良い』


『今日は、

これを一つ覚えよう?』


『今は自分で何も出来ないと

思っているかもしれないけど』


『1日、一つの事なら

覚えられるだろ?』


『そうしたら、1年後には

365個の事が出来るように

なっていると思うんだ』


『ゆっくりで良いから

一つずつ覚えていこう?』



そんな事、

誰も言ってくれなかった。


学生時代もパニックになり

みんなを待たせている時も

露骨にイヤな顔をされてきた。


立花の言葉に

小林は衝撃を受けた。


『小林、出来そうか?』


立花に、そう聞かれた彼女は

『はい、頑張ってみます』

と答え


扉の裏側に貼ってあった

紙詰まりの絵の順番通りに

作業を開始する。


やがて詰まっていた紙は

取り外されて


本来のメンテナンス作業は

30分遅れで終了した。


お客様の会社を出た2人は

並んで歩いている。


『どうだった、1人で作業を

終わらせた感想は?』

立花にそう聞かれた小林は


『初めてです』


『こんなに充実感を

感じた事は』


そう自分で言いながら

信じられないような

気持ちに満足していた。


『こうやって成功体験を

増やしていけば』


『小林も自信が

持てるようになるよ』


立花にそう言われた彼女は

嬉しくなっている。


失敗ばかりだった

今までの人生で

初めて経験する成功体験


『次の会社も小林1人で

メンテナンスをしてみるか?』


立花に、そう聞かれた小林は

『はい』と力強く答えた。


だが、次の会社でも

小林はトラブルを

起こしている。


印刷する為のインクである

カラ-トナ-の向きを

間違って挿入して


機械の部品を

壊してしまったのだ。


たまたま立花が

スペアの部品を持ってきており


すぐに対応したので

先方には迷惑をかけずに

作業は終了する。


取引先企業を出た小林は

立花と並んで

歩いていた時に


『本当に、すいません』

と言って

泣きだしてしまったのだ。


ダメキャラの私が調子に

乗ったから部品を壊した。


そう自分を責めている。


泣いている小林に

『そこの公園で

休憩しようか?』と

立花が声を掛けて


彼女は立花の後ろを付いて

歩いて行く。


昼下がりの公園は

陽気が良い事もあって

子供の笑い声が聞こえている。


そこにシクシクと泣いている

髪の毛の長い女性と


背広を着た会社員の姿は

まるで別れ話をしている

カップルのようだ。


立花が自動販売機で買った

缶コーヒーを持ちながら

ベンチに座る事を促す。


彼女はまだ泣いていた。


立花は彼女に

缶コーヒーを渡すと


電子タバコのスイッチを

入れて吸い出す。


『本当にすいません』


彼女は泣きながら

立花に謝ってきたので


『何に対して

謝っているんだ?』と

立花が質問すると


『だって、またトラブルを

起こしちゃって』


『迷惑をかけちゃいましたし』

しゃくり声を上げながら

彼女が説明すると


『俺はトラブルを起こした

小林を責めたか?』と


立花に聞かれた小林の動きが

止まった。



立花さんは責めていない。


『でも部品を壊してしまって

迷惑をかけちゃいました』


それは事実だ。


私が完全に壊した。


部品交換で迷惑をかけた。


小林は、そう思って立花に

言うと


『小林、誰にも言うなよ?』


『俺も、しょっちゅう壊すから

スペアの部品を持っていたんだ』


立花がそう小林に説明をした。


『え?立花さんでも壊す事が

あるんですか?』


説明を聞いた小林は

ビックリしている。


『俺が今日、小林に一つだけ

覚えろ?って言ったのは

何だったっけ?』


そう聞かれた小林は

『紙詰まりの直し方です』と

答える。


『だったらトナ-の交換を

失敗しても

小林の責任じゃない』


『トナ-の交換方法は

明日覚えて

2個目の覚える事にしよう?』


立花に、そう言われたが


『私、また同じ事をして

迷惑をかけると思います』


小林は立花に

申し訳なさそうに、そう言うと


『小林、人の成長は

個人によって違うんだ』


『だから何回、同じ事を

間違えても良いんだ』


立花に言われて

気持ちが楽になっていくのが

自分でも分かった。


『1日で10cm

成長する人もいれば

1日で1cm成長する人もいる』


『小林は、どっちだ?』

立花に、そう聞かれた小林は


『私は1cmの方だと

思います』と答えると


『1cm成長出来るって

言ったな?』


立花に、そう言われた小林は

キョトンとしている。


『さっきまでの小林なら

私は成長出来ませんって

言ってたんじゃないか?』


確かに、そうだ。


成長出来るかも?と

自分でも思っている。


『歩くのを諦めなければ

1cmでも前に進めるんだよ』


『何回、転んでも

また起き上がれば

良いんだから』


立花にそう言われて

小林は

また泣きだしてしまう。


『どうした?』


『俺、傷つける事を

言ったか?』


自分が何か、

ひどい事を言ったと思い

立花が慌ていると


『違うんです』


『そんな事を言われたのが

生まれて初めてで

すごく嬉しいんです』


そう言った小林は

掛けていたメガネを外して

嬉し泣きをしている。


学生時代のツラい経験で

人付き合いが苦手となり


失敗を怖がっていた

彼女には成功体験を

積み重ねるのが

一番だと立花は思っていた。


『大丈夫だよ』

『ゆっくりで良いから』


『少しずつ覚えようぜ』

立花にそう言われた小林は


『はい』と笑顔で答える。


『小林?』


泣いていた彼女と

顔を合わせた立花が

驚いて固まっていた。


その異変に気付いた彼女が


『私、顔に

何か付いてます?』と


顔を自分の手で触りながら

心配しているが

何も付いてはいない。


『お前、メガネを取ると

そんな感じだったんだ?』


そう言っている立花が

驚いていたのは


二重でパッチリと

美しい目元の美人が

目の前にいたからである。


牛乳瓶の底のような

ブ厚いレンズの


メガネをしていたので

全く気が付かなかったが


彼女は今すぐテレビに出ても

おかしく無いほどの

美女でいたのであった。


『小林、お前コンタクトに

してみないか?』


立花に、そう言われた小林は


『私、目が悪いから

メガネじゃないと

不安なんです』と答えてくる。


『髪型も今っぽくないよな?』


『髪って最近は、いつ切った?』


長い髪の毛だがボサボサの

彼女の髪型も

気になっていたので

質問をすると


『2か月前くらいに切りました』


『私、美容院とか行かないんで

自分で切っているから

こうなっちゃうんです』と

笑いながら説明をしてくる。


あるアイデアを

立花は思いついた。


『今日のこれからの訪問は

延期にするから

俺についてこい』


立花に、そう言われた小林は

訳が分からないが

『はい』と答える。


立花は、この後の

メンテナンス予定だった

会社3件に


『部品が無くなって

しまったので日を改めて

訪問させて下さい』と

連絡をして

延期をさせて貰った。


そして小林を引き連れて

街へと向かい


17時30分くらいに会社に

戻って来たのである。


そして、他の社員に

見つからないようにして


人が誰も居ない食堂に行き

小林と2人で座っていた。


そしてLINEで蝶野に

『メイク道具一式を持って

食堂に来てくれ?』と

メッセージを打つと


蝶野は5分も経たずに

ダッシュで食堂へと

駆けつける。


だが、そこには立花以外の

女性も座っており


露骨に不満そうな顔を

見せてきた。


『メイク道具一式を

持って来いって

立花さんが言うから』


『急いで来たのに、

誰ですか、この人は?』と

蝶野は文句を言ってみたが


その女性を見て、

あまりにもの美しさに

文句を言うのが止まる。


『小林だよ』

立花が、そう説明すると


『ウソ〜』と大声を出して

驚いた後


マジマジと彼女の顔を

確認して


『本当だ、小林だ』と言って

固まってしまったのである。


『蝶野に頼みたいのが

小林にメイクを

してあげて欲しいんだ』と


蝶野にメイク道具一式を

持って来させた理由を

説明し始める。


『小林は化粧をした事が

ないらしいんだよ』


『だから社内で1番美人な

蝶野にメイクをして貰えたら

小林の印象が変わると思って』と

言われ


立花に

社内で1番美人と言われた


蝶野は嬉しくなり

『わかりましたよ』と言って


嬉しさを隠して小林に

メイクをする事にする。


するとメイクをしていた

蝶野が


『あんた、化粧しないなんて

勿体ないよ』


『女である私が

抱きしめたくなるほど

美人じゃない?』と

感嘆してきた。


訪問先の予定を中止にした

立花は小林を引き連れて


コンタクト屋に行った後に

サロンへ彼女を連れて

行ったのであった。


どんどん綺麗になっていく

自分をサロンの鏡で

見ていた小林は


『これって私?』と

信じられない気持ちで

眺めている。


蝶野にメイクをして貰った

小林は朝に出社した時とは


別人のような

パ-フェクト美人に

生まれ変わっていた。


『今日の帰りに

韓国コスメの安い店に

連れて行ってあげるよ』


蝶野に誘われた小林は

嬉しかった。


女性なので

化粧に興味はあった。


だが化粧の仕方が分からないし

相談する友人もいなかったので


自分には縁遠い場所として

半ば諦めていた場所であった。


『お願いします、

連れて行って下さい』


小林は蝶野に頭を下げて

お願いをしている。


『じゃあ何時に終わる?』と

蝶野は行く気満々で

小林に質問をしてくるが


チラッと立花の方を見て

まだ預かり中の自分には


終了時間を決められない事を

アピールすると


『係長に今日の報告をして

終了にするか?』と


立花が本日の業務が

終わった事を教えてくれた。


食堂を出た3人はオフィスに

戻ったが


その瞬間に

フロアがザワつき始める。


『誰だ、あの美人?』


『モデルじゃないか?』と

男性社員が

騒ぎ始めたのであった。


広瀬すずが自分の会社に

現れたら

パニックになるだろう?


その衝撃クラスの美人が

立花の後ろを

歩いていたのである。


『係長、

今日の指導終わりました』


立花が藤波係長に報告すると

書類に目を通していた係長は


『あぁ、ご苦労様』と言って

顔を上げた後


『え!?』と


立花の後ろにいる美女を見つけ

言葉を失っていた。


マジマジに顔を見て

『小林か?』と


フロア中に響くような大声で

絶叫する。


それを聞いた男性社員が

小林の近くに群がり

顔を確認している。


驚いている藤波係長は


『何をしたんだ?』と

棒読みで立花に確認すると


『コッチの方が良いと思って

イメチェンしてみました』と

笑って説明する。


『ダメでした?』と

立花が藤波係長に聞くが


『アイツらの態度を見れば

分かるだろう?』と

係長は答えてきたので


立花が振り返ると


男性社員が小林に

『LINEを教えてくれ?』


『この後、

メシを食いに行こう?』


『明日から、

俺と訪問しよう?』と

群がっていたのである。


『お前ら、離れろ』


藤波係長の、その言葉で

男性社員は

彼女から離れていくと


『お前らムシが

良すぎじゃないか?』と


彼女に群がっていた

男性社員にお説教を始めた。


『みんな小林の指導担当者を

頼んだ時に』


『忙しいから無理だ、って

言ってなかったか?』


『それが小林が美人だって

分かった途端に

態度を変えるなんて

卑怯じゃないか?』


藤波係長の正論に誰も

言い返せない。


『小林にも

聞いてみようか?』


『明日から、指導担当者を

小林が決めて良いらしいけど』


『誰に指導をして貰いたい?』

藤波係長に言われた小林は


『立花さんに

教わりたいです』と

申し訳なさそうに答える。


『聞いたか?』


『分かったなら、自分の席に

戻って働きなさい』

そう言って


藤波係長は男子社員を

追い払ったのである。


『小林は、これで今日は

帰らせますんで』と


藤波係長に説明する立花を

見つめる小林の目は

恋する女性のモノだった。


彼女が後に

国民的女優と呼ばれる


小林邦子になるのだが

この時は、その事を

誰も予測出来なかったのである。



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