【短編連作】シン・むかしばなし

千鶴

佻太郎

 僕に名と呼ぶそれはない

「おい」とか「ほれ」とか

 いつも何故だか怒ってて

 いつも何故だか殴られて

 

 

 そんなある日、鬼が来た

 鬼は僕には目もくれずに

 お父とお母を喰ったあと

 にやり笑って言ったんだ

 

 

 僕は山を走って、登って

 ぐっと生唾を飲み込むと

 そのまま川へ身を投げた

 ぷかりぷかり、揺ら揺ら

 

 

 そうして流着した川下かわしも

 僕を引き上げたばあが言う

「丁度いいのが流れてきた

 お前は今日から佻太郎ちょうたろうだ」

 

 

 婆の飯は大層美味かった

 爺がくれた着物も上等だ

 小さい身体はみるみると

 見目たくましく肉付いた

 

 

 頃合をみて、婆がぽつり

「鬼を退治して来ておくれ」

 お供の動物たちと一緒に

 押し付けられたきび団子

 

 

 それきた任せろ、喜んで

 僕はほほ笑み貼り付けて

 婆と爺に手を振る背後で

 お供を皆、殺してやった

 

 

 すまん婆さん、お供がな

 あまりに弱くて腰抜けで

 鬼ヶ島へと辿り着く前に

 生命いのちが尽きてしまったよ

 

 

 それはそれはと婆さんは

 見目麗しい少女を連れて

「無事鬼ヶ島から帰れたら

 この娘をお前の嫁にする」

 

 

 だから気張れや、佻太郎ちょうたろう

 孤独に再び赴け、鬼ヶ島

 にっこり笑う爺婆の顔が

 能面の如く同じに見えた

 

 

 この日を永々待っていた

 この日を永々待っていた

 連れてこられたおなごの子は

 いつぞや別れた、僕の妹

 

 

 あの日の戯言ざれごとまことだった

 いつかの鬼が言ったのだ

 お前は川下かわしもに住む爺婆に

 二束三文で売られた、と

 

 

 父母は僕の父母に在らず

 爺婆は人売りの人で無し

 売り時を勿体つけた挙句

 妹は僕への褒美となった

 

 

 なんと陳腐な現実だろう

 なんと皮肉な生涯だろう

 討伐すべきはりきある鬼か

 はたまた、狡猾こうかつな人間か

 

 

 佻太郎ちょうたろうと名をもらった僕

 軽々しく拾われ育てられ

 浅はかな怨みの種を植え

 誤魔化しながら生きて来た

 

 

「わかったよ婆さま爺さま

 僕が鬼ヶ島から帰ったら

 金銀財宝すべてをあげる

 だから娘を貰っていくよ」

 

 

 僕は妹を残して家を去る

 行き先は鬼ヶ島ではなく

 遥か遠く逃げるでもなく

 最初に出会った鬼の元へ

 

 

「君が言った通り妹がいた

 妹はずいぶんと小綺麗で

 器量も愛想も申し分ない

 それ故、策を実行しよう」

 

 

 僕はコツンと鬼を殴った

 鬼はやられたフリをした

 ズリズリ引き摺り連れて

 僕は爺婆の元へと帰った

 

 

「なんとまあ! 驚いた!

 こんなに早く鬼退治をな

 どうぞ。娘は連れていけ

 ところで、金銀財宝は?」

 

 

 能面が傾げた、その首を

 目を開けた鬼が掻っ攫う

「やれやれ、そこの娘っ子

 今日からお前は鬼の嫁だ」

 

 

 僕は爺婆の有り金を懐へ

 戸惑いすがる妹に振り返る

「僕に妹など居るはずない」

 僕に名と呼ぶそれはない

 

 

 佻太郎ちょうたろうと名をもらった僕

 軽々しく拾われ育てられ

 次なる怨み種に水を撒く

 早晩そうばん狩られる僕こそ、鬼

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