【完結】婚約破棄された地味令嬢は猫として溺愛される

かずき りり

第1話

「お前みたいな地味な女、僕には似合わない」


 生まれた時に決められた婚約者、エリック・コルダ侯爵令息は、ソファにもたれて不機嫌に吐き捨てた。

 水色の短髪に金色の瞳。鼻筋が通っており、一見穏やかそうに見える顔立ちだが、今は眉間に皺を寄せて、不愉快なものを見るような目で私を睨みつけている。


「全く。鏡を見た事があるのか。そのドレスやアクセサリーがお前に似合うとでも?どうせまたシェリーの物を奪ったのだろう」

「エリック様……ただの魔法馬鹿なお義姉様が少しでもおしゃれをしてくれるのであれば……」


 エリック様の隣に座り、腕に絡みついて豊満な胸を押し当てながら言葉を放ったのは、私の義妹とされているシェリーだ。

 艶があり、サラッとしたストロベリーブロンドのストレートヘアは美しく、エメラルドグリーンの大きな瞳。はっきりとした可愛い顔立ちにぷっくりした唇。更には小柄なのに出るとこも出ていて、男を虜にする外見だろう。

 それに比べて私は亜麻色で猫毛な髪。ツヤやハリは出にくく、ボリュームもない。えんじ色の瞳は気持ち悪いと言われているし、体系もスレンダーだ。

 というか……奪った?

 ドレスやアクセサリーを?


「社交界には出ない。家にこもりっきりで愛想もない。そして義妹の物を奪う。そんな女、こちらから願い下げだ! この婚約はなかった事にし、僕はシェリーと婚約する!」


 何の事だろうと聞いていれば、エリック様はそんな事を叫び出し、私は驚きで目を見開いた。


「お義姉様、ごめんなさいね~」


 シェリーは私を見下したように言葉を放つ。その唇は醜く口角を上げて歪んでいた。


 ――今日は、月に一度ある婚約者との茶会……だった筈なのに。


「行こうかシェリー。いつまでも、こんな辛気臭い地味女と同じ空間に居ては気が滅入る」

「はい、エリック様」


 ――……ずっと、努力してきたのに。


 二人は自分達の世界に入ったかのように、私の事など既に眼中にない。寄り添って、この部屋を出ようと私の側を通りかかった時、シェリーは私に言い放った。


「せめて可愛げがあれば良かったのにねぇ」


 人を見下し馬鹿にしたような、おぞましい顔つき。

 呆然としているだけの私は、ただ何も言えずに二人を見送った……。


 ――恵まれていない生活でも、嫁ぐまではこの生活が続くのだと思っていたのに……。嫁ぐまでの間だと思っていたのに……。


 それは一瞬にして崩れ去った。

 ドレスやアクセサリーなんて買ってもらった事などない。今日はエリックに会うから体裁を整える為にシェリーが捨てる物を借りて身に着けているだけだ……。

 ……それが私、マーガレット・ティルトン。ティルトン伯爵家の娘なのだ。






 こんな生活が始まったのは、いつからだろう。

 私の母は産後の状態が悪く、感染症に患い、この世を去った。そして五歳の時、父が再婚し、後妻となる人物が私の1つ下の連れ子と共にやってきた。

 仕事が忙しい父は、ほとんど家に居る事はなく、気が付けば使用人達は全て義母に都合よく変えられていた。

 私の事を気遣い、お世話してくれる人は居なくなり、私に構おうとする人は全員追い出されたのだ。


「…………」


 捨てると言うドレスでも汚したら何て言われるか分からない。一応用意された狭い衣裳部屋のような所で着替えると、私は自分の部屋へ急ぎ足で戻った。

 自室……と言っても、裏庭の隅にある壊れかけた小屋なのだけれど。


「どうしよう……か」


 藁を敷いただけのベッドとも呼べない自分の寝床に倒れ込むと、私はポツリと呟いた。

 生まれた時に決められた私の婚約に義母は口を出す事が出来なかったのだろう。一応最低限の淑女教育は受ける事が出来たし、侯爵家に嫁ぐのだからと、それなりの教育も受ける事が出来た。

 だけれど……その全てが崩れ去ったのだ。


「魔法馬鹿……か」


 それは正しいとも言える。実際、ティルトン一族は魔法が得意なのだ。だからこそ、お父様は魔物の討伐で遠征を繰り返しているのだ。

 そして私も例にもれず、魔法が得意だし、魔法具という物を自分で作っている程だ。

 魔法具は、魔法の力を道具に込めた物で、今や生活に必要な物だ。灯りをともしたり、お湯や水を出したり……高価な物だと空調を一定温度で保てたりもする。


「これも売れるかな……あとは……」


 ボロボロの棚に置いてある自作の魔法具を壊れかけたテーブルの上に置いていくと、カビの生えたパンと野菜屑の薄いスープが目に入った。

 ……これが私に用意されている一日1回の食事。

 虚しさが込み上げるものの、涙が流れる事はない。既に、慣れてしまっている光景なのだから。

 ……ただ、先がないだけだ。

 私はもう16。そろそろ嫁ぐと思っていたのだ……愛のない相手でも、それが貴族令嬢の仕事なのだからと。


「もう……真っ平ごめんだわ」


 満足に取れない食事。

 魔法を独自で使いこなせるようになれば邸を抜け出し、冒険者ギルドに登録して魔物討伐でお金を稼ぐ。そのお金で食事をし、更に魔法具の研究を始め、出来上がった魔法具を売る。そしてまた材料を集めるついでに魔物討伐でお金を稼ぐのだ。

 お風呂に入りたければ、お風呂が付いている宿屋に行く必要もある。自分の事は全て自分で行わなければならなかったのだ。

 ……こんな伯爵令嬢がどこに居るというのだろう。


 月に一度会っていても……幼い頃から知っていたとしても……エリックは私の変化など気が付かないし、私を全く見ても居なかった。

 夜会に呼ばれているのかどうかさえ知らない。でも、夜会に参加しない私を疑問に思う事もなければ、誘う事すらしなかったエリック。婚約者が社交界デビューしていない事にも気が付いていなかったのだろう。

 私の事になど全く興味がなかったと、今になってよく分かる。

 まぁ、こんな生活をしている私は人付き合いもマトモに出来ない。貴族同士で行われる腹の探り合いなど、苦手どころか無理な話だ。そう思えば鬱陶しい貴族社会から遠ざかっていたのは助かるのだけれど……そもそも、こんな生活をしていなければ、また違ったのだろう。


「そんな事を言っても意味ないけれどね」


 自嘲気味に笑いながら、私は手元にあった魔法具や魔法具を作る材料の全てを、空間魔法へ収納していく。


「もう……嫌だ」


 どうせ私は愛されてなんていないし、必要とされていない。私なんて居なくたって同じなのだ。この邸には、そもそも私の居場所はないし、貴族生活なんて私には無理だ。そんな事をしているより魔法具を作っている方が性に合う。

 それに婚約がなくなってしまえば、私がこの家に居る意味なんて皆無なのだ。私に残されていた唯一と言って良い、貴族の務めがなくなったのだから。


「出ていってやる……」


 私は私が作った魔法具や購入した物を全て空間魔法に収納して、決意した。

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