第13話
「い……今、なんと?」
我先にと正気へ返った国王様が、あたしへと上半身を前に出して再度問うた。
「だから、この人が魔王だけど、害のないあたしの旦那様です!」
国王様によく見えるよう、ユーリィをもう一段階上へと片手で持ち上げた。
国王様は口をパクパクさせて、声にならない言葉を紡いでいるようだった。
ジャンからはため息が聞こえるし、レオンからは笑いを耐えているも少しだけ吹き出すような声が聞こえた。
「もういいですかー?」
これ以上報告する事もないし、あたしは何の反応も示さない人達を後目に、謁見の場を退室した。
◇
「どういう事だ!!」
「こんなはずではなかったのです!」
薄暗い部屋の中、男は机に拳を叩きつけ、怒鳴りつけた。
男の前には薄く透けた夜着を着て、震えながら膝をつき、頭を地面に擦り付けるように下げているロアナが居た。
「……ロアナ……勇者だけでなく聖騎士や賢者を誘惑する事もできず、魔王の血も手に入れられなかったとは……目的を忘れたわけではないだろう」
「はい。大神官様による世界の征服です」
ロアナは顔を上げて、真剣な顔でハッキリ言い放った。
前髪が長めのウルフカットをした金髪で、赤い鋭い目。キリっとした整った顔立ちをしている大神官に、ロアナは一瞬見惚れてしまう。ロアナより遥かに年上だというのは、大神官という位から分かるのだけれど見た目はどう見ても20代前半だ。
――世界征服。
一言で言えば簡単だが、それはまるで夢物語のような話だ。
だが、この大神官リュク・シヴィルは、この国にある教会を私物化し、神という名目で魔人を崇拝している。
勇者の鑑定で、ある程度教会は各国に対して実権を握っていても、結局それだけで終わっている。一定の事までしか口出しは出来ないし、勇者を見つけ出す為に必要だから敬われはしても、ただそれだけだ。結局、都合の良い扱いをされているのだ。
「勇者を手懐け、賢者と聖騎士を誘惑し、魔人へと捧げる供物として魔王の血を手に入れ、魔人の力を以てして世界を手に入れる筈が……っ」
リュクは、成し遂げられなかった事をブツブツ呟きながら苛立っている。いつまでも過去の事を責めるかのように口にしていた所で、意味がないのは理解していても、腹の虫は収まらない。
ロアナはいつもの強気が嘘のように、申し訳なさそうな顔をして俯いている。これが惚れた弱みというものなのだろうか。
――先に魔人を召喚し、それから魔王を供物にすればいいのではないか。
――どうせ、魔王はこの地にいる。
リュクの周囲に、リュクだけが見える小さな人の姿をして黒い羽根を生やした妖精が、リュクだけに聞こえる声で囁く。
「……そうか……そうだな……」
――供物は、既にある。
魔王とは、果てしない魔力を持つ者。それは賢者の比ではない程で、既に人の域とは言えないのだ。……そう、エルフである賢者よりも果てしない魔力量。
魔人を召喚したとして、その魔力の方へ勝手に魔人が行ってくれるかもしれない。そう思ったリュクは、急ぎ部屋を出て、ロアナは静かに後へと続く。
教会の地下へと続く隠し扉を開き、魔人を崇める祭壇と、召喚の為に描かれた陣の真ん中で膝をつき、リュカは祈り出した。
◇
「ありがとうございます!魔王と話してみたかったのです」
王城の中庭にある東屋で、微笑みながらそう言うのは、短髪の青い髪と金の瞳をした、この国の王太子ハロルド・アルスベインと言うらしい。
その正面には、がっくりと首を落としているユーリィが、椅子に縛り付けられている。勿論、横にはあたしがしっかり陣取っているし、レジェも逆らうだけ無駄だと理解したのか、側に立っているだけだ。
一応、念の為という名目でジャンとレオンも王太子殿下の側に仕えているのもあるからか、本来なら恐れられる存在である魔王に対し、王太子殿下は一切恐怖を感じていない。……むしろ、笑いさえするものの恐れるところが何1つないと言った感じだ。
……椅子に縛り付けられて項垂れる魔王なんて、考えられるか!とジャンが呆れながら言っていたのを思い出す。
「どこに住まれていたのですか?」
「…………」
「魔王と呼ばれた所以は?」
「…………」
「人々に対して何を思いますか?」
「…………」
王太子殿下が質問を投げかけても、ユーリィは返事をするどころか、微動だにすらしない。
「……」
あまりの不敬さに、ジャンが顔をしかめるも、レオンは吹き出しそうになるのを堪えて、身体を震わせながら顔を背けた。
全く反応のないユーリィに対し、あたしは首を傾げながらも、頭を掴んで顔を無理やり上げさせた。それに少しの抵抗も入らない。
「……気絶してる……ね」
「ぶはっ!!!!」
膝を付いて、もう我慢の限界だと言わんばかりのレオンは放置し、ジャンの言葉を確かめる為にユーリィの顔を覗き込めば、見事に白目を剥いていた。
うん、いくら白目を剥いていたって、いくらでも眺めていられる顔だなぁ。
「わぁ。本当にすぐ気絶するんだ」
面白いと言った感じで、王太子殿下は前のめりになってユーリィを眺めながらも、ユーリィの前で左右に手を振ったりして確認をしている。
うん、確かによく気絶はしてる。魔王なのに。
「ユーリィは身体が弱いのかな」
「臆病なんです」
あたしが零した疑問に対し、レジェが即座に返答するも、その内容でレオンの笑いは息も絶え絶えになり、ジャンは深く頷いた。王太子殿下も魔王なのに?と言った後、はにかむように笑っていた。
そう、ユーリィは魔王らしくないんだよ、本当に。
そんな和やかな空気の中、ユーリィの身体が一瞬震え、ハッと気が付いたかと思えば、叫び出した。
「……魔人の力を感じる!?」
逃げないと!と叫び立ち上がろうとしたユーリィは、自身が椅子に縛られている事を忘れていたのだろうか。立ち上がるどころか、勢いをつけすぎたせいか、椅子ごと倒れ込んだ。
「……魔人?伝説上の?」
「魔人は神に等しい力を持つとされていて、魔王より遥かに強い存在だが……」
魔人というのはあたしも聞いた事がある。魔王が悪いものとされているけれど、魔人も同じようなものだ。だけれど、魔人は魔神と言う言葉が変わったと言われる程で、神にも等しい力を持ち、この世を滅ぼす存在だとも言われている。
まぁ、完全におとぎ話のようなもので、悪い事をしていたら魔人が来ちゃうよ!なんて子どもに言い聞かせるようなものだったりもする。
ジャンと王太子殿下は眉を顰めて考えているようだが、考えても答えなんて出ないだろうに。
「俺には分かる!魔人の力がこの世に現れた事が……あぁあああ!もうおしまいだぁ!!」
「魔人はこの世を滅ぼす存在である事は確実です」
椅子に縛り付けられた状態で倒れ込みながら、ユーリィは絶叫をあげるも、力尽きたように動かない。レジェも悲痛な表情でそんな事を言う。そこに希望はないかのように。
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