2000年7月西吉野

29日仕事を終えた後、シュラフカバーとシーツ準備の上、吉野に出かける。過日、北アルプスで星空を拝めなかった欲求不満に加えて、翌日朝の行動予定を鑑みての夜出だ。終電で吉野駅へ。着いたら、日が変わる少し前だった。金峯山寺の方にするか思案したが、夏休みで人も多いだろうと考え、いつも行く温泉谷の方へ足を向けた。

上千本の少し上の方にある展望所まで登って行こうかと考えていたのに、星空を眺めつつ歩いていると面倒になってきて、止めた。吉野温泉の手前辺りにちょっと平たいところがあり、星空も良く見えるので転がった。

降るような…まではいかないけれど、街の中だと灯で見えないから、たいした星の数だった。川のせせらぎと虫の音、草木のさやぎで、一瞬たりと音が途切れることがない。川近くの草むらでチカチカ光が点る。蛍だ。この辺だったら平家蛍だろう。奥の木立ちから、たまにふくろうが鳴いている。しばらくすると、蛍も光らなくなり、また星空を眺める。星空をこんなふうに大の字になって一人眺めるのは初めてなのに気づく。流れ星も見た。あっという間に消えてしまう。八つ流れるのを数える。

翌朝4時起床。夜闇は少し薄れてきている。しばらく星を眺めていたけれど、人家も近い為、早々に撤収。天空にある星の光は薄らいでいく。ふくろうがしきりにぽうぽう鳴き交わしている。おやすみ前の挨拶かな。4時半頃一番鳥が鳴く。ホトトギスだ。駅に着く頃にはすっかり明けて、空も明るく鳥の声頻りだった。

始発電車に乗り下市口駅下車。目的地までのバス時刻にまだ半時間あるので、道なりに歩いて時間を潰す。橋まで出ると、雨も降っていないのに虹がくっきり立っている。その光の美しさをしげしげと眺める。紫、青、緑、黄、橙、赤…もひとつなんだっけ。どこからどうって分けることが出来ず、微妙に移り変わって、いつの間にか全く違う色になるのだ。本物の虹を目の前にすると、私達が幸せのシンボルとして絵にする、二次元の虹がいかに貧弱な表現であるかに今更ながら気付く。今日一日が素晴らしい日であることを確信しつつ歩く。そのうちにバスが来て、上栃原まで乗車。

前回、前々回は途中の道を無理やり繋いだり、横道に外れてしまったので、三度目の正直になる尾根街道?行き。栃原岳に登り、また下る。平原の熊野神社横から登り直しだ。細いけれどコンクリート舗装された道が大半なので、歩くのは楽だ。歩きながら周囲を見るに、果物畑がそこここにあって誘惑多し。りんご(まだ早い)、すもも(ほとんど終わり)、桃(美味しそう)、キウイフルーツ(小さくて硬そう)…。あと、冬前なら柿だ。西吉野の富有柿は有名だ。フルーツロードと命名したくなる。この道は山頂を繋ぐ尾根沿いの道なのに、とても人の気が濃い。特に西手は遥か下まで柿の木が植っているところもある。

思い出したように雲間から降る雨は、ひとしきり降っては、はたと止む。蒸し暑いことこの上ない。12時過ぎ銀峯山頂上、波宝神社到着。久しぶりの挨拶と併せて、祈祷。この神社も神功皇后にゆかりある式内社だそうな。神功皇后はさておき、その昔、修験のお山だったのには納得。大峰山に近いもの。ただ、手水に菊だけでなく桜の神紋があるのはなぜ?

とにかく、これで吉野三山制覇。下山後、サクサク城戸方面へ南の道を取る。

竜王山をもう少し南に行ったところに小さな小屋がある。ここで道が分かれる。黒渕方面でなく、左手の城戸方面へ道を取る。コンクリート舗装路だが、下り始めの頃はあちこち落ち葉が溜まっていたりと道が荒れている。途中、左手に微妙な林道があり、今回こちらを歩いてみる。たまに道が崩れていたり、草が生え過ぎて歩きにくかったり。極め付けは超ラストのススキの繁りよう。ハンパでなかった。それを越すとあっさり道が開け、まもなく人家も見え、きすみ館に出る。

きすみ館で小一時間温泉に浸かる。冷房は苦手なので、湯から上がるとさっさと外に出る。川縁のお社は鍵が掛かっていて、ダメ。その少し先で川原に下りて、パンを囓り、お茶をのむ。小さい子がいる家族連れが川遊びをしている。腰くらいまでの深さで、流れもキツくなさそうだ。これはいいかも。海の直ぐそばで生まれ育ったので、川で泳ぐというのは思考回路の範囲外だった。

帰りは城戸からJRバスで、バス専用道路を通って五条駅へ。バスは私の好きな古い型で、今時珍しく冷房が無い。窓を半開にして走るバスは心地良く、40分ほどの時間をうつらうつらと過ごす。一番前の特等席に座って、眺めを楽しもうと思っていたのに残念。バスの乗客は初めから終わりまで、私一人だった(と、思う)。

五条駅で田中の柿の葉寿司を購入。次の北宇智駅は珍しいスイッチバックがある駅だ。ここだけは起きて眺める。その後、王寺まで扇風機の動く音を子守唄に心地良くうつらうつらとまどろむ。各駅停車でゆっくりな速さなので尚更だ。



蛍の光る時間は、一日に三回。日没後、23時頃、深夜2時頃

バス専用道路の路線は廃止

北宇智駅のスイッチバックは駅改良工事により、廃止

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