半獣王子とツンデ令嬢~婚約者が婚約破棄の心配をやたとしてくる~

束原ミヤコ

第1話 リラ・ネメシア 入学する


 仰々しい門が目の前に聳え立っている。

 黒光りする鉄製の門の前には門番が二人。

 馬車から降りた私のすぐ後ろを、荷物を持った傍付きメイドのルシアナが静かに歩く。

 今日から、はじまる新生活。

 ネメシア公爵家から外に出るのははじめてなので、うきうきと心が躍った。


「リラ様、入学式は明日、ですよね?」


「明日よ。でも、心構えというものがあるし、寮をじっくり見たいし、一日早いぐらいが丁度良いのではないかしら?」


 ルシアナに尋ねられて、私は答えた。

 確かに入学式は明日。午前中に寮に入り、式は午後からの予定だった。

 それを一日早めたのは、学園生活に対する期待値が高いからであって、公爵家を早く出たかったからという訳じゃない。


「旦那様も奥様も、寂しがっていましたよ?」

「子離れできる良い機会じゃないかしら。どの道卒業してしまえば、私はクロヴィス様の元へ行くのだし」

「娘というのは親につめたいものですね……あれ程大切に育てたお嬢様が、つめたい……」

「ルシアナはまだ二十歳でしょう。私はルシアナに育てられた覚えは無いわよ」

「酷い、お嬢様。ルシアナはお嬢様がお生まれになった時から、お嬢様を手塩にかけて育てたんですよ?」

「四歳のルシアナが私を育てたわけがないでしょう。ルシアナが私のメイドになったのは、私が十歳の時じゃない」

「そういう意気込みでお嬢様のお傍につかえている、ということです。お嬢様は私が育てました」


 ルシアナがあまりにも言い張るので、私は溜息をついてそれ以上何か言うのをやめた。


 メイド服を着て、黒い髪を左右で三つ編みにしているルシアナは、ぽってりとした赤い口元がセクシーな大人の女性である。

 有能なメイドなのだけれど、過保護なところが玉に瑕だ。


 ルシアナに限らず、ネメシア公爵家の者たちは私に甘い。

 甘いし過保護である。大切に育ててくれるのは嬉しいのだけれど、私はもう十六歳。三年間の魔道学園を卒業したら、クロヴィス様と結婚して王妃になる予定なのだ。


 なので、そろそろ大人として扱って欲しい。

 それなのに公爵家に居ると、お父様もお母様も「リラたん、リラたん」と、暇さえあれば私に構いたがるので、少々辟易としていた。

 特にお父様などは、銀色の髪の美しい美丈夫で、その見た目と厳格さから、『永久凍土』などと言われて恐れられているのに、家の中では私を「リラたん」と呼び、お母様の事を「リリーナたん」と呼ぶ。


 私は今思春期真っ盛りなので、お父様にちょっと冷たくしているのだけれど、「ツンデレなリラたん、可愛い」などと言って背後から抱きしめてくるので、腹が立つのである。

 なので、公爵家を出て寮生活を送れることを私は心から喜んでいた。


「お嬢様がかわいいんですよ、目の中に入れ放題。入れても入れても痛くないぐらいにお嬢様がかわいい。銀色の艶やかな髪、薄桃色の瞳、完璧な造形美! 私のお嬢様が、死ぬほど可愛い」

「……ルシアナ、うるさいわ」

「明日から、扇にリラ様☆って書いて、持ち歩きますね。私のお嬢様への溢れる愛情を、学園にいる有象無象に対してアピールしないと」

「そういう目立つことをしないで頂戴」

「お嬢様は、リリーナ様とアスベル様の愛の結晶なのですよ? もっと愛の結晶である自覚をもって生きて下さい」

「お母様とお父様が愛し合っていることは重々承知よ。年中新婚夫婦みたいだもの。見飽きたわよ」

「リリーナたん、アスベルきゅん、と呼び合う仲の良さですからね。お嬢様も見習って、クロヴィス様の呼び方を考えた方がよろしいかと」

「私にあれの真似をしろというの……? 絶対に嫌よ」


 仲が良いのは良い事だと思うのだけれど、ものには限度があると思うのよ。

 私は砂糖を煮詰めたような甘ったるい両親を見て育ったためか、少々恋愛が苦手だった。

 浮ついた恋人が出てくる恋愛小説などを読むと、お父様とお母様の顔が脳裏にちらつき、窓から投げ捨てたくなってしまうのだ。


 門をくぐって、桜並木の並ぶ道をしばらく歩くと、目の前に王立魔道学園が見えてきた。

 三階建ての煉瓦造りの古めかしい建物である。まさに伝統と格式を重んじる王立魔道学園といった様相だ。


 私は古い物が割と好きなので、学園の厳かな佇まいは悪くないように思う。

 遠い昔に通っていたことのあるお父様とお母様は「古い」「黴臭い」などと言っていたけれど、茶色い煉瓦と深緑色の屋根、外壁に絡みつく蔦の様子が素晴らしい。派手さがなく落ち着いた雰囲気で、好みど真ん中である。


「あれが学園ですか、古臭いですね」

「……ルシアナ、魔道学園は三百年以上前から王国に存在するのよ? それこそ、人獣戦争の時からあったそうよ」

「黴臭い歴史の話ですね、リラ様。まったくリラ様ったら、賢いんだから! ルシアナは鼻が高いです」

「ちゃんと話を聞きなさい。人獣戦争を経て、王国は半獣族と人族の共存する平和な国になったのだから」

「もう血が混じりまくっちゃって、どっちがどっちか分かりませんけどね」

「まぁ、そうよね。でも多少の違いはあるわよ。私のお父様とお母様は、人間だし、クロヴィス様は半獣だわ。耳と尻尾があるのが半獣」

「お嬢様とクロヴィス殿下に子供が出来るとしますよね、そうしたら、どうなります?」

「下世話ね、ルシアナ。半分半分になるから、どちらの特性が強く出るのか分からないわ。耳と尻尾があればそれは半獣族という事になるし、私に似たら、人族ね。最近はあまり種族についての違いを気にするひとはいないけど」


 ルシアナには耳も尻尾もない。

 元々エーギル伯爵家の三女だったルシアナは、私が十歳の時に行儀見習いとしてネメシア公爵家へとやってきた。

 年頃になれば伯爵家へと戻り結婚をする予定だったのが、そのまま我が家に居ついてしまったという状態である。


 ルシアナが言うには「お嬢様が可愛すぎて離れられない」らしい。私としては別に帰って貰って構わないのだけれど、そういう事を言うと我が家の者たちは私に甘いので「今日もリラ様のツンデレが素晴らしい」とか言われてしまうのだ。

 だからあまり言わないようにしている。私はツンデレとかじゃない。


「魔力があるのって、基本的には貴族だけですよね、お嬢様」

「そうね、そう言われているわ。魔力の発現は貴族に限られるとはいうけれど、一応庶民の方々にも、魔力持ちはいたりするのよ。強い魔力がある子供は国が保護するから、扱いは貴族に近しくなるわね。貴族同士で結婚したり、強い魔力持ちの子供を養子にむかえることも多いから、必然的に貴族にばかり、魔力持ちが現れることになったのよ」

「お嬢様、天才ですね。国の歴史に対する理解の深さ、もう生徒じゃなくて、教師になれるのでは?」

「……あのねぇ、ルシアナ。こんなことは、誰でも知ってるわよ」

「私は知りませんでしたよ? 興味ないですし」

「じゃあ聞かないでよ」

「お嬢様の声を聞くのが好きなんです。愛らしい天使の声です。永久保存して、常に聞いていたい」

「ルシアナ、うるさい」


 うっとりと言うルシアナを私は睨んだ。

 どれ程私が怒ってもめげないので怒るだけ無駄だということは分かっているのだけれど、私の魔力に対する講釈が無駄な時間過ぎるので返して欲しい。どうせ内容は聞いていないに違いない。


「私も貴族の端くれなんですけど、魔力、ないんですよね。魔力があったら、お嬢様をどんな悪者からも守れる最強のルシアナになれたのに」

「王国は平和だから大丈夫よ。ルシアナよりも私の方が強いし」

「お嬢様の魔法は最強ですからね! 魔道学園で更に磨かれることを楽しみにしています」

「最強、でもないけど……」


 正面にそびえる学園の前で、道が二つに分かれている。

 右に進むと学園寮がある。学園寮は、学園よりは新しい建物だった。公爵家よりも一回りぐらい大きい。


 男子寮と女子寮に分かれていて、私は当然女子寮で生活することになっている。

 隣同士で二棟立っている建物のうち、青い屋根が男子寮、赤い屋根が女子寮だと事前に説明を受けていた。


 入学式は明日からだし、上級生も明日まではお休みなので、ひとけが少ない。

 誰もいないと思っていたのだけれど、女子寮の前に長身の男性が待ち構えるようにして立っていた。


「リラ!」


 大きな声で名前を呼ばれて、私は眉根を寄せる。

 誰かと思ったら、クロヴィス様だった。名前を呼ばれたせいで一瞬睨んでしまった。公爵家で構い倒されることに辟易している私の、いつもの癖である。


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