第160話 過去 (テラ視点)
ニャーの生まれた家は、そこまで裕福ではなかった。
五人兄弟の真ん中に生まれ、そこそこの生活をしていた。
貴族様ほどじゃないけど、普通の生活ができていた。
『父さん、見て!おっきなお団子ができたニャ!』
『兄さん!もっと遊んでニャ!』
『大丈夫ニャ!姉ちゃんに任せてニャ!』
小さい頃は、語尾も周りと同じように『ニャ』と付けていた。
でも、父さんも母さんも兄さんも姉さんも私をあまり見てくれなかった。
特に兄さんと姉さんは常に暗い顔をしていた。
何かに絶望し、覚悟していた目。
当時の私にはそれが何なのか理解できなかった。
『ごめんね、テラ。姉さん、もう一緒に遊べないの』
五歳の誕生日の一ヶ月前に、姉さんから抱きしめられながら言われた言葉が未だに頭にこびりつく。
そして、数日後姉さんは死体になって帰ってきた。
後で聞いた話では、不可能な任務をやらされて亡くなったらしい。
そしてニャーの誕生日の日、運命の時が訪れた。
その日は朝から父さんと母さんに連れられ、とある施設に入れられた。
そこは暗殺者を養成する所。
そこで初めて両親たちの仕事を知った。
仕事は依頼を受けて暗殺を実行する組織の下請け。
うちは分家らしく、本家が全てを取り仕切っていた。
右も左も分からない場所に入れられたニャー。毎晩泣いた。
稽古は辛かったが先祖の血なのか、習っていなくてもある程度の動きはできた。
何より、ニャーには才能があったらしい。
どんどん上達して頭角をあらわしていき、卒業間近の七歳の時に初任務が言い渡された。
初めて殺した相手は新興商会の会長。
目障りだからと老舗の商会から依頼された仕事らしい。
最初の殺しをした後も、これも先祖の血なのか、平常心でいられた。
養成所の教官に教えられた通りに殺し、処理をした。
でも、その晩久しぶりに泣いてしまった。
人を殺したことにじゃない、罪悪感からじゃない。
自分がまるっきり変わってしまったことにだ。
養成機関にいる間に、体つきも変わり、喋り方も矯正され、価値観も作り変えられた。
自我は友人たちと喋るときに発する『ニャー』という一人称だけ。
それが唯一、過去の自分を思い出させてくれるものだった。
卒業後は家に帰り、両親の指示に従った。
弟は入れ替わるように施設に入り、妹の入所も1年後に迫っていた。
ニャーは丸ごと変えられ、昔のように愛おしく妹を見れなくなっていた。
どこか、虚しく、切なく、そして・・・憎く。
ニャーがこんなに苦労しているのに、こんなにノホホンと生きて・・・・
一ヶ月に一度のペースで仕事を依頼され、人を殺した。
難易度は徐々に上がっていった。
同年代よりも突出してたからか、大人たちとも仕事をするようになり、暗殺者として次第に認められていった。
でも、あくまで”人殺し”だ。
誇れるものは何も無い・・・
十一歳の頃、ある任務を依頼された。
普通の仕事だと思っていた。
とある貴族の令息を殺す依頼。
集められたチームのメンバーは十人。普段より少し多めに感じた。
でも、問題ないと思っていた。
どんな戦いがあったかは思い出せないし、思い出したくもない。
ただ、敵一人に対して一瞬で五人の首が吹き飛んだ。
あまりにも早すぎて、殺された本人たちの口元が動いていたことは今も鮮明に覚えている。
残り全員がそれを見て、一瞬で敗北、計画失敗を悟った。
そして、本能的に逃げを選んだ。
・・・・・ニャーも逃げた。
次々に仲間が殺されていく中で、それでもニャーは逃げた。
死にものぐるいで。
その時、初めて殺されていった人々の気持ちが理解できた。
生きたい、って。
ニャーにわずかに残っていた昔のような素直な心の声が次第に大きくなっていった。
遊びたい!甘えたい!!ご飯食べたい!!!家族と過ごしたい!!!!
あの戦いで片腕一本を失ったが、元に戻すことはできない。
それからは、どうなって奴隷として売られたか正確に思い出せない。
でも気づいたら片腕だけでなく手足の全てを失っていた。
この姿で一生生きていかなければならない。
それがニャーに下された人々を殺めた罰なんだ。
姉さん、姉さん、姉さん!!!!!
目を開けると部屋の中は真っ暗だった。
ニャーはとある貴族に買われたらしい。
近くの椅子にはもたれ掛かるように同い年の少年、アルスが眠っていた。
こちらをまったく警戒していない。
今なら・・・・いや、無理ね。
振り上げた腕の先には何もなかった。
・・・もう一人では生きられない。
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