第158話 少女 (アルス視点)

「はぁ、はぁ、はぁ・・・」


相変わらず獣人の少女は毎晩苦しそうに眠っていた。


悪夢にうなされているのか大量に汗を流し、時に誰かの名前を呼んでいた。


その様子は自分を不安にさせたが、何もできなかった。


かける言葉も見つからないし、無責任な優しい言葉もかけられない。


自分は近くの椅子に座って、ただ見守ることしかできなかった。


この屋敷に来て数日間はこれといった会話もなく、そんなふうに見守る日々が続いた。


夜は常にこの部屋で寝て、朝はある程度の身の回りの世話もする。


初日を欠席して以降は学校に通って、帰宅後、夜は仕事もこなしている。


自分がいない間は使用人が代わる代わるで世話をして、彼女は次第に元気になっていった。


やせ細っていた体にもだいぶ肉がつき、血色も良くなり、夜中にうなされる回数も減ってきた。


ルイ兄様はあの日以来ほとんど寄り付かず、セバスさんも彼女が寝ている間にしか顔を見せず、レーナは時々様子を見に来ている。



そんなある日。


休日で、特に外出する用事も仕事もなく、部屋で読書をしていた時。


突然、誰かに呼ばれた。


「おい、何でいるの?」


どうやら声の主は獣人の少女らしい。


「何でと言われましても、そう命令されていますから」


何故そんなことを聞くのか理解できなかったが、とりあえず、そう答えた。


「・・・・・・何で、ニャーにかまう?」

「何故と言われましても、そう命令されていますから」


淡々とそう答える。


「暇なの?」

「暇と言われましても、そう命令されていますから」

「そういう趣味?」

「趣味と言われましても、そう命令されていますから」

「あ”あ”、もう!さっきから同じ返ししかしない!どういうわけ?!ニャーをバカにしているの!?」


?何故そう思われているんだ?


「ニャーを奴隷にして何がしたいの?!そういう趣味なの!?」


くるまっていた毛布から出てきて、肘から先がない両腕を振り回しながらそう叫んだ。


そのいたたまれない姿に同情しながら、まっすぐ彼女の目を見て答える。


「知らない」

「えっ???」

「知らない。何故君が買われたのか知らないんだよ。君の主人は、一応自分の兄でもある”ルイ兄様”と言うんですが・・・・何故かは聞いていません」


自分は一応反対はした。色々と面倒くさくなるから。


それでも、ルイ兄様は買った。


・・・理由は今だから分かったけれど、この少女はセバスさんの”弱み”になるから。


でも、ルイ兄様の事だから他にも理由があるのかもしれない。兄ではないので、詳しくは自分もよく分からない。


「君が何をされるのか、これから何をしなければいけないのか、正直自分もよくわからない・・・」

「・・・・・・」

「ただ一つ言えることは、これまで以上に苦しむことはこの先、たぶんもう無いはずだ」

「どうして?どうして、そう言い切れるの?」


自分はまっすぐに答えた。


「自分自身がそうだったからだ。ルイ兄様に拾われて後悔・・・と言うより、苦しむことはなかったから」


後悔は少しあったな。


時々、無理難題を言われたり、無茶をさせられるから。


でも、”去りたい”と思ったことは一度もない。


「ふん、ニャーはそんな言葉は信じない!」


そう言って、反対側の壁の方を見るように横になる。


「別にかまいませんが…ところで、その一人称の”ニャー”、面白いですね!」

「なっ!」


自分の言葉に再び起き上がる少女。


「ニャーの”ニャー”を馬鹿にするのか!?」

「いえいえ、馬鹿になんかしていません。個性的だなぁ、と思っただけです」

「馬鹿にしているな!」


大声で叫ぶ。


どうやら元気は取り戻しているようだ。


しっかりと喋るようになったし、自分から動くようにもなった。


「何ニヤニヤしてるの!?」

「別に」

「・・・・気持ち悪い奴!」


自分はその言葉を気にせず、少女の方を向いた。


「ねえ、君。名前は何て言うんだい?名前で呼んだほうがいいだろ」


少女はしばし無言になる。


言いたくないのかな?


もしかして出自がバレると思っているかもしれないし、或いは、嫌な思い出があるだけかもしれない。


「自分の名前はアルスだ。よろしく」


そう短く伝えて、昼飯の時間を思い出し立ち上がった。


厨房に二人分の昼飯を取りに行こうと立ち上がった、その自分の背に向かって少女が一言告げる。


「ニャーの名前は、テラって言うの・・・」


テラ・・・か。


「そうか、テラ。教えてくれて、ありがとう。いい名前だね!」


自分は振り向きざま、笑顔でそう答えた。



その時、テラの顔が赤くなっていたのをアルスは知らなかった。




―――


しばらく二人の話が続きます。


ルイは・・・

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