第120話 帝立学園祭①


ついに帝立学園祭の始まりの朝を迎えた。


憂鬱な朝である。


今日は引きこもろうとした僕だが、それを事前に察知していたアルスによって、学校へと連行された。


生徒は担当の時間が決められており、午前の部には僕とレーナが、午後の部にはアルスが担当になっている。料理担当、接客担当、受付など、それぞれ仕事を受け持つ。



この学園祭に見学しに来る者は、貴族の親や親戚、友人、金持ちなどだ。


平民は来ない、というより来ようとはしない。


確かに、来ても煙たがられる場所にわざわざ来る物好きな人間はいないと思う。


そういうわけで、来園するのはある程度礼儀作法をわきえている者ばかり。


そしてこの学園祭の裏の目的こそ、派閥争いであり、引き抜き合いである!


親や親戚たちが来園し生徒たちを見定めたり、どの子と付き合えばいいか、誰が将来有望かを見極める場である。


そういう意味で、非常に大事な学園行事なのだ。


さて、学園祭一日目。


この日は最初に開幕式が行われ、全クラスが準備を終えたところで一般客が入場する。


もちろん、入場するのは一般客だけではない。


学園の生徒自身も友達とともに学園祭を見て回る。


自分の担当外の時間なのに、アルスは朝からクラスの模擬店カフェに張り付いているばかりで、他を見学しに行こうとしない。


そんなアルスにレーナがわざとらしく「友達いないの?!」と尋ねると、


「いいえ、数人からお誘いはありましたよ。ですが、ルイ兄様とクラスが心配なのでお断りしました」と返答。


すると何故か、その返答にレーナがショックを受けていた。


ていうか、アルス!お前は僕のおかんか!


・・・この冗談も通じない。アルスに「?」としか反応されなかった。


さて、僕たちの店はどうなったか。


開店と同時にぞろぞろと人が入ってくる。


開店後しばらくはクラスの生徒の親が多く、時おり、生徒も自分の両親の席に行き談笑したりしていた。


だが、お昼近くなってくると客層に変化があった。いかにも高そうな服や宝飾品をじゃらじゃら身に着けた成金客が増えてくる。


僕からしたら彼らが貴族ではなく商人だと見てすぐ分かる。


彼らの多くは新商品スイーツを生徒が作るという話をどこかで聞きつけて、興味本位あるいは、あわよくばレシピを聞き出せるかもという魂胆で来ているのだろう。


もちろん、レシピの口止めはクラス全員に伝えているし、一人一人に誓約書も書かせた。


国内でパンケーキのレシピを取り扱っていいのは、本来この僕だけなのだからな!!


後は、自分たちの店や商会で働いてくれるかもしれない有能な人材探しを兼ねて視察に来た商人もいる。


まぁ、ほとんどは普通の商人だった。



正午が過ぎ、そろそろ交代の時間になった時。


とある偉そうな商人が入室してきた。


「何なんだ、この薄汚い内装は!」


小さく呟いたが、その声は僕ら全員にはっきり聞こえていた。


「期待はしないが、パンケーキを一つ。早くもってこい!」


オーダーを聞きに来た女子に偉そうに言う。


察するに、この商人は部屋を見渡して皇子アレックスがいないことを見計らって、こんな傲慢な態度を取っているんだな。


一介の商人がこんな態度を貴族の子息女に取っていられるということは、きっと大きな商会を持ってるに違いない。


商人というのは厄介で、金にものを言わせている輩だ。


家柄では上の貴族も、金がないと食っていけない。


だから、貴族の中でも男爵や子爵、伯爵すらも頭が上がらない商人がいる。


入ってきた奴の偉そうな態度を見る限り、貴族の中でも子爵相手なら、ふんぞり返ることができるぐらいの商会なのだろう。


奴がまずアレックスがいないか確認したのは、流石に王族に対しその態度は取れないからだろう。


今この場には、アレックスやリリス、その他侯爵だったりの生徒はいない。


僕が公爵、ナータリが伯爵、他大体の生徒は子爵以下だ。


「チッ、不味いじゃないか!これで金を取るのか?これだからガキは困る!」


提供されたパンケーキを品無く食い散らかして、文句を言う。


流石にその態度を見ていられなくなったナータリが、近づく。


「あ”あ”、何だガキ?」

「私にはナータリ・デ・フットナという名前があります、お客様。先程から他のお客様の迷惑なので、退席してください」


意外にも冷静にそう告げるナータリ。だが、商人は嘲笑する。


「だから何だ?たかが伯爵家の長女風情がこの私に文句を言うのか?こんな不味い料理を提供しておいてよー!」


ガッチャーンッ!


商人がこれ見よがしにパンケーキがのった皿ごと、床に落とした。


こいつは、自分よりも家柄的に偉い存在である貴族の子供に対して、ここぞとばかりにストレス発散しに、ここに来たのだろう。なんて品性下劣な野郎なんだ。


店には親もいない時間帯で、自分に口答えできない弱い者しかいない時を狙って。


だがな、お前は僕の堪忍袋の緒をとうにぶち切っているんだよぉ!!!


何故かって?


この糞商人が床に落とした皿に乗っていたパンケーキ。


あれを作ったのは僕だからだ!!!!!!


ふざけんなよ!!!この僕が!!!この国きっての名門中の名門、ブルボン公爵家の嫡子たる僕の!!!!!!


この僕がわざわざ作ってあげたものを不味いと抜かし、さらには床に皿ごと落としやがった!!!!!!


それがどれだけ価値があるパンケーキなのか分かっているのか!!!!!!


っていうか、金なんかいくら積んでも食べれないプライスレスのパンケーキなんだよ!!!!!!


僕は、わざとゆっくりと席に近づく。


近寄って来る僕に気がついた商人。


「僕の料理をよくも不味いと言ってくれたなぁ!?」

「貴様が作ったのか!!!だったら・・・―――・・・・・      」


僕の顔を見た途端に商人は動揺し、一瞬で顔を青くして転がるように店を出て行った。


くそ、お代も払わずに!と思ったが、運の良いことに、奴が慌てて転げまわった時に落とした財布を見つけた。


そこからアルスがお代とお皿の弁償代を抜いて、落とし物として生徒会に渡しに行った。


そのまま全額貰えばいいのに。


しかし何故、あそこまで奴に怖がられたんだろ?


僕の顔を知っていたのか?




ルイは覚えているはずも、知るよしもない。


実はその男こそ、数年前、ルイが奴隷のレーナを買った時に路地裏で奪い取ろうとした商人であったことを。


そしてまた、ルイの後ろから、物凄い形相でその男をレーナが睨んでいたことを。

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