第47話 伯爵令息 (ハンネス視点)
「早く立て。まだ私は本気を出していないのだ」
「兄、様」
「私の弟ならもう少しやれるだろう」
兄様は剣を離し倒れ伏したぼくの腹を蹴る。
「たっく、こんなに才能がないとは悲しいものだ。我がカッセル伯爵家の恥でしか無い」
無慈悲に持っていた剣をぼくの腹めがけて振り下ろす。
「うっ」
渇れた喉からは乾いた声しか出ず、ぼくは腹を抑える。
「さぁ、早く立て!のろのろしてるんじゃねえ!」
ああ、どうしてぼくの人生はこうなんだ。
何を、何をしたと言うんだ。
ただ生きているだけだと言うのに。
ぼくはそのまま意識を失った。
ぼくはフランシーダ帝国の中央貴族のカッセル伯爵家の三男、ハンネス・デ・カッセル。
カッセル伯爵家は代々官僚や宮廷魔法師を輩出する名家。
父は官僚としてもそれなりの地位に就いており、一番上の兄は帝国の学園に通っている。
当然期待されたぼくだが、残念ながら秀でるものは無かった。
魔法も剣術もそこそこ。同年代の中では頭一つ抜けるぐらいの実力だが、兄程ではない。
学園の首席である兄、ルーネス・デ・カッセルは期待の新星として皇帝陛下の覚えもめでたい。学力も実力も備えた優秀な兄を持ったぼくに向けられるのは哀れみと軽蔑の目。
誰も周囲とぼくを比べない。兄とぼくを比べる。
だから、嫌になった。
両親は兄ばかりを溺愛してぼくのことを見ても会ってもくれない。
もし会ったとしても兄のこととぼくへの侮蔑だけを話してくる。
兄もぼくを虫けらのように何回も何回も魔法や剣術の訓練で痛めつけてくる。
死にそうになっても回復させ、戦わせる。
そんな日常が嫌いだ。
死にたい。
意識が戻るとそこは自室だった。
あまり伯爵家の子息らしからぬ木の小屋にあるこの部屋。
痛む頭を動かして周囲を見てみると一人の男性がそこに立っていた。
ほっそりとした体で青い長髪を後ろで結んだ片眼鏡の執事服を着た人。
「おや、ハンネス様。起きられましたか」
「ギルヴァーさんか」
「おやめください、さん付けなど」
フレンドリーで爽やかなこの人は一応ぼくの専属執事。
何故一応なのかというと神出鬼没だからだ。普段は別の仕事をやっているらしく、あまり顔を出さない。
だけど、ぼくにとっては気軽に話せる大事な人だ。
「ねえ、ギルヴァー。ぼくは生きていていいと思う?」
「どうしてそのような質問を」
「家族に嫌われ、周りからも比べられ。存在する価値あるかな?」
数年前に合ったとあるパーティーで公爵令息に言われた言葉が心に残っている。
『可哀想な人だな』
憤りを感じるものだが、どこか自分の心をえぐった。
どれについて可哀想なのか分からない。
ただ、妙に心に来る言葉。
ぼくという存在がいらない。
そう言われた気がした。
誰にも好かれない、誰にも必要とされない、人生を生きる意味など―
「熱っ」
考え込んでいたぼくの頬に熱い何かが当たる。振り返ると淹れたての熱々の紅茶を片手に持ったギルヴァーがニッコリと笑いかけてくる。
「何するんだよ。熱いじゃないか」
「ハンネス様。そう悩まないないでください。存在する意味、生きる意味。私は貴方がいるだけで幸せです。邪魔などと思ったことはありません」
暖かみのある声でギルヴァーは言う。
それを聞いてぼくの目からは涙が溢れる。
「ありがとう」
「いえいえ。これからも生きてください」
ギルヴァーは紅茶を差し出して言う。
それを貰い、ぼくは飲む。
「そう言えば、ちょうどいいものがありました」
ギルヴァーは何かを思い出したように近くの机で探し出す。
「ありました。ぜひここに行かれてください。何かを見つけるかも知れません」
そう言って差し出してきたのは学園からの招待状だった。
「どうしてぼくに?」
「さあ?でもチャンスですよ。何か本当に生きる意味を見つけられるかも知れませんよ」
ぼくの不安そうな顔を見てギルヴァーは明るく答える。
兄と同じところで学ぶ。怖い、怖いけど、
「変わらなくちゃ」
ぼくは決心して学園に行くことにした。
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