妄想車間距離
園長
第1話
今後一切、イラつきやすい人は助手席に乗せない。
ハンドルを回しながら安藤は心に誓った。
夕闇に沈んだ畑の間を延々と続く片側一車線の道。
目の前を走り続けるクリーム色の丸っこい軽自動車は、法定速度より10キロほど遅いスピードでえっちらおっちらと進んでいる。
おかげでバックミラーを覗くと終わりの見えないヘッドライトの行列ができてしまっていた。
「おい、このままだと帰りの新幹線に間に合わなくなっちまうぞ」
「わかってますよ先輩。でも……」
ここは追い越し禁止ですよ、と言うのは止めた。
なぜなら、そんなことは百も承知であろう吉田の貧乏ゆすりをする右足が、もはや”ゆする”という言葉の限度を超えて削岩機みたいに振動しだしていて、助手席の床を破壊しかねないレベルに達していたからだ。
さっきからどこかの交差点であの車が別の道に曲がってくれないかと心の中で祈り続けているけれど、そもそもここらは信号が少ない上に、脇道も少ない道なので、結局軽自動車は道案内をするみたいにして安藤たちの前を走り続けていた。
「チッ。ああいう、ちんたらした車を運転してるヤツなんて、どうせババアだろ。煽っちまえ。そしたらビビって脇で止まるだろ」
吉田はものすごい偏見でそう断言した。
「えー、見つかって捕まるのは運転している僕じゃないですか。嫌ですよ、出張中に捕まるなんて」
「バカ、こんな田舎におまわりなんているわけないだろ」
そう吉田がそう口にしたまさにその瞬間、赤い回転灯を光らせた白黒の車とすれ違った。
気まずい沈黙が車内に流れる。
「それにほら、あおり運転なんてしたことないですし、どうすればいいかわかんないですよ」
「じゃあ教えてやるからやってみろ。まず車間距離をギリギリまで詰める、それでライトをハイビームにバチバチ切り替えるんだよ。あと、信号で止まったときはギアをニュートラルに入れて思いっきりエンジンをふかせ、こうブワァァァン! ってな具合にな。盛大にやれよ」
めちゃくちゃなことを言ってくる。
安藤には学生時代に交通事故で下半身不随になったクラスメートを知っていた。
だから他の誰よりも事故というものの恐ろしさを知っているつもりだったし、免許を取ってから一度も交通違反なんてしたことはなかった。
しかし運の悪いことに今回の出張はこの元走り屋だったとも噂される先輩と組まされてしまい、さらに、たまたま出張先の移動手段としてレンタカーに乗ることになってしまったのだった。
「もういい。運転代わるから路肩に止めろ」
シートベルトを外そうとしている吉田に安藤は「いえ、ちょっと待ってください」と反射的に言っていた。
もし運転を変わろうものなら強引に追い越しをするか、すごいあおり運転をするかのどちらかになるのは明白だ。
なんとかしてこの先輩を止めなくてはいけない。
「なんだ?」
威圧を含んだ先輩の声に少しビビりながらも安藤は必死に頭の中でことばを探した。
「あのーほら、もしかすると、運転してる人はすごく高齢の人なのかもしれません」
「……だから?」
「もしかすると、あー、名前は
安藤はアクセルを緩やかに踏んだまま必死で適当な話を考える。
それが空回りの努力であることはわかっていたけれど、とにかく口を動かして話した。
「それで、あの車の後部座席には山田守三の妻の、えーっと
「は? なに言ってんのお前?」
まぁそうなるよな。
「そもそも、なんで横たわってるんだ?」
「えーと、半年前に美智子さんに膵臓がんが見つかって、それで今まさに死にかけてるんです」
「……いや、そんなわけねぇだろ」
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