第25話:神々の後悔




「中途半端な挨拶しか出来なかったけど……あの様子では仕方ありませんわよね」

 ミレーヌが流れるように変わっていく景色を見ながら、向かいに座るニノンへと話し掛けた。

 魔馬の全速力で移動している馬車の中だが、空間魔法が施されているので部屋の中のように静かである。


「驚くほど多数の妖精達が上から狙ってましたものね」

 表情は笑みをかたどっているが、ニノンの目は一切笑っていない。

 あの場に居たアフェクシオン国民全ての守護妖精達が、アッロガンテ王国一行の上に集まり、いつでも攻撃出来るように待機していた。



 あまり他国では知られていないが、妖精達は単独でも魔法が放てるのだ。実体の無い精霊とは根本的に違う。意思があり、感情があるのは精霊も妖精も同じだが、力を貸すだけの精霊とは違い積極的に動く。


 あのままあの場所に居たら、ありとあらゆる攻撃魔法が展開されていただろう。

 ミレーヌが知らない、聖女ミレーヌやアフェクシオン国を見下したサロモンやアッロガンテ王国の態度を、妖精達は知っていた。


「それにしても、1番に行動しそうなお方が居なかったですよね」

 ニノンがこっそりと声を潜める。

「あぁ、ーー様」

 ミレーヌが妖精王の名前を言うと、ニノンは自身の口に人差し指を当て「しーっ!」と焦った様子で言う。

 いつもは強気で騎士との力比べを嬉々として行うニノンの、あまり見られない姿。


 この姿を他の人の前でも見せれば、武闘派最強侍女などと言われて恐れられないのに、などと全然関係無い事を考えていたミレーヌだった。




 武神シュトライテンは、額を地面に擦り付け、土下座していた。

 気分的には、穴を掘って地面に埋まりたいほどである。

 目の前では、創造神シャッフェンと妖精王が優雅にお茶を飲んでいた。


『結局、この国は何がしたかったのか、理解出来なかったな』

 妖精王が呟くと、武神はビクリと肩を揺らす。

の為に、偶像の聖女が欲しかったのだろう。あまり求心力のない国王だったのでは?』

 創造神の言葉に、武神はその通りです、と答える。


 仮に聖女と結婚していたとしても、自分は王都の安全な王城に居て、聖女だけ辺境の危険な地域へ行かせて酷使していただろう。

 国の為、民の為に、他国の聖女を娶ったのだと宣伝しただろう。



 思いのほか大物の聖女……治癒魔法が使えるだけではない者が来てしまい、予定が狂ってしまった。



『ミレーヌが『愛されるもの』だと知れば、考えを改め大切にすると思っていたのだが……何も変わらなかったな』

 創造神は溜め息をいた。

 まさか『愛されるもの』の意味を知らない国があるなどと思っていなかったのだ。

 その為に、ミレーヌに要らぬ苦労をさせてしまった。

 本人は苦労だとは思っていなかったようだが、創造神は後悔していた。


 ミレーヌの人生に過干渉はしないと、祝福を与えた時に決めていた。

 だから結婚を決めた時にも、反対はしなかった。

『先に国ごと滅ぼしてしまえば、ミレーヌが嫌な思いをする事など無かったのにな』

 創造神の後悔は、アッロガンテ王国の良心に期待した事だった。




 武神シュトライテンは、後悔していた。

 アッロガンテ初代国王に祝福を与えた事を。


 当時から武力を重んじる民族だったアッロガンテは、他の国の民から蛮族と呼ばれていた。

 迫害されてたどり着いたのが、今のアッロガンテ王国のある土地である。

 魔物が跋扈ばっこする土地で生きていくには力が必要だろうと、蛮族の中で1番強かった者に祝福を与え、建国の手伝いをした。


 武神シュトライテンを崇めるクレーデレ教がおこされた事も、それが国教になった事も、問題無かった。

 いつの間にか、創造神シャッフェンを信仰するクロワール教を許さない風潮になってしまっていた事が問題だった。

 邪教扱いや、禁教にしていたならば、逆に止める事が出来ただろう。


 なんとなく、そんな感じ。

 ゆっくりと時間を掛けて排斥されてしまい、完全にクロワール教の事は忘れ去られてしまった。迫害されて建国した国民性からか閉鎖的で、戦う力が何よりも重宝されすぎて、王侯貴族が傲慢になっていった。


 神としてはまだ幼いとさえ言えるゆえの、武神シュトライテンの失敗だった。




 妖精王は、土下座している若い神を見下ろしていた。

 正直、神々の事など興味が無い。

 今は愛しいミレーヌを馬鹿にした者達の末路を見たいが為に、この場に残っただけだった。


『ウサギにするのは良い案だったな』

 横に居る創造神を褒める。

 弱く脆く戦うよりも、逃げる事にけている動物。

 声帯は無く、元が人間ならばお互いの意思の疎通も難しいだろう。


 今までは悪意や害意が有るものは入れない結界だったが、今は魔物が入れないだけだ。

 ウサギの天国ではなくなってしまった。

 それなのに、街の外に逃げる事も出来ないので、人間に戻る事も出来ない。


『善人だけは、結界を抜けられるぞ』

 創造神の言葉に、彼の言う善人とはどこまでの善を求めるのだろうか、と妖精王は首を傾げた。

 もしかしてそれは『善人』ではなく『聖人』では? と思ったが、心の中に留めておいた。




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