第24話:ウサギとして
何が起きたのか、サロモネは理解出来なかった。
突然砂埃が舞い上がったと思ったら、馬車が進み始めた。
自分達の列の前には、当然アフェクシオンの列が居ると思っていた。
馬車の窓は小さく、周り全てを見渡せるわけではないのだ。
街に入ると、初めて見る見事な畑が広がっていた。
大きいだけでなく、遠目から見ても瑞々しいと判る野菜達。
遠くに見えるのは果樹園だろうか。
果物など、ここ最近口にしていない。
今夜はご馳走な上に、あの清楚な聖女面をベッドで乱れさせ泣かせるのだと、気分が高揚していた。
その時だった。
急にサロモネの視界が低くなったのだ。
座っていたはずなのに、四つん這いになっているのは解った。
体を起こそうとして手を突き……自分の手が毛むくじゃらになっているのに気付く。焦って窓から外を見ようとしたが、届かなかった。
何が起こったのかと馬車の扉を開けようとしたが、動物の手なので扉の取手を持つ事が出来ない。
誰も居ない馬車の中。
扉を蹴ったり、床の上で飛び跳ねたり、椅子の上で跳ねて窓に手を掛けようとしてみたり、色々試したが全て徒労に終わった。
このままでは餓死してしまう。
「助けてくれ!」そう叫んだつもりだったが、声が出なかった。代わりにキーッという大きな音が出た。
それはどこから出てるのか判らないが、とても不快な音だった。
「あぁ、やっぱり中にも居たね」
暴れ疲れたサロモネが床で寝転がっていると、外側から扉が開けられた。
呑気な声に怒りが湧いてきたが、また閉じ込められたら困ると、急いで外へと逃げた。
外に出たサロモネが見たのは、大量のウサギだった。
どのウサギも怯えて震え、小さくなっている。
他のウサギより一回り大きなウサギは、怪我をしているのか呼吸が荒く、体を横たえるようにしていた。
「困ったねぇ。聖女様どころかアフェクシオンの人も居ないし、冒険者なら回復薬持ってるかねぇ」
グッタリとしたウサギを抱き上げた人間は、そのまま街へと歩き出した。
そこで何かを思い出したかのように振り返る。
「君達は畑の野菜や、果樹園の果物は食べられないよ。牧草や雑草、零れた種から勝手に芽吹いた物は食べられるみたいだけどね」
畑、果樹園、牧場を順番に指差した人間は、また向きを変えると歩き出した。
ウサギを抱いた人間が「なぜ街から出られなくなったのかねぇ」と呟いていた事に、サロモネは勿論、他のウサギ達も気付いていなかった。
まさか、あの人間は俺を本当のウサギだと思っているのか?
だから畑の作物を食べるなと?
ふざけるな!!
サロモネは怒りに任せて畑へと向かった。
そこで野菜に触れると、ツヤツヤで瑞々しく弾力のある手触りに感動した。
記憶の中の生野菜は、ツヤがなく水気が抜けたフォークの刺さりが悪いものだった。
行儀が悪いが、今はフォークも無いし、そもそも手に持てないしな、と大きく口を開けて齧りつき……吐いた。
口から落ちたのは、どろりと溶けた異臭を放つ茶色い物体だった。
目の前の野菜は、小さな歯型で齧り取られた跡のある、赤い野菜だ。
しかしサロモネの足元には、茶色く変色した汚物が落ちている。
手で触れても大丈夫だが、口に入れた瞬間には腐るのだ。
何という拷問だろうか。
今までは食べる物が無くひもじい思いをしてきて、今度は目の前にご馳走があるのに食べられない。
サロモネは、目の前に広がる広大な畑を眺めた。
サロモネの横に、一羽のウサギが並んだ。
同じように畑を眺めている。
何かを話そうと口を動かしたようだが、何も音が出なかった。
残念ながらウサギには声帯が無い。
他の動物のように鳴く事も出来ないのだ。
せめて猫や犬など鳴ける動物だったら、意思の疎通が出来たのだろうか。サロモネはそう考えたが、考えても無駄だとすぐに諦めた。
街の入り口へ視線を向けると、数羽のウサギが街の外を見ていた。
その足元には数滴の血が落ちており、あの運ばれたウサギの血だろう。
なぜあれほどの酷い怪我を負ったのかと、サロモネも街の入り口へ向かう。
歩くのではなく跳ねての移動だが、勝手に体が動いて問題無く移動出来ていた。
その跳ねるサロモネの目の前に、一羽のウサギが割り込んだ。
人間だった頃ならば、王の前に割り込むなど不敬だ! と怒鳴りつけるところだが、今は何も感じなかったし、そもそも声が出なかった。
サロモネの前のウサギはクルリと向きを変えると、数歩進んで二本足で立ち上がった。そのまま前足を前に出すようにして倒れ……何も無い空間に
まるでそこには見えない壁があるようだ。
ウサギは体を起こし、サロモネの方へと向くと四つん這いになり、今度は後ろ足で足元の小石を蹴った。
跳ね返ってくると思った小石は、そのままてんてんと転がっていった。
自分達ウサギだけが閉じ込められている。
サロモネがそう理解するのに、それほど時間は掛からなかった。
この街には人知を超えた力が働いているのだと、アッロガンテ王国の国民は、身を
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