第21話:どっちもどっち




 サディスは落胆と共に階段を登り、社長室の扉をノックする。

 すぐに返答が有り、扉を開ける。

 部屋の中には、偉そうに踏ん反り返って椅子に座る社長が居た。


「魔核を捨てた上に、勝手に芋や南瓜、肉を買って来たらしいな?!」

 入室した途端に社長に怒鳴られ、サディスは頭を下げた。

「納品された魔核が少なかったので、隙間が有るよりはと思い食料を買いました。魔核は、帰路で荷を軽くして逃げる必要があったので、やむを得ず捨てました」

 頭を下げたままで説明したサディスには、社長とその横に居た秘書の表情は見えなかった。


「ふん、今回の出張費は無しだ。話は終わった。出てけ」

 社長に言われて、サディスは部屋を出た。

 扉に寄り掛かり、溜め息を吐く。

 そんなサディスに聞こえてきたのは、社長と秘書の会話だった。



「いやぁ、馬鹿真面目だから、頭ごなしに怒鳴りつければ自分が悪いと思い込むと思いましたよ。成功ですね」

「あの馬鹿は、今の王都での食料事情を知らないからな。それに、後で知ってもどうしようも無いだろう」

「本当は出張費どころか、特別手当も出さなきゃいけない案件ですよ」


 まだサディスが扉の前に居るとは思わなかったのだろう。

 社長と秘書は、サディスの功績を無いものとしたのを、楽しそうに話している。

 サディスが辺境近くの街から王都へ移動している間に、辺境付近の街にも今の状況が伝わっているはずだ。

 もうサディスが買った値段で野菜も乾燥肉も買えないだろう。




 サディスは、重い足取りで階段を降りた。

 馬車に3台、魔核分を抜いたら2台半の大量の食料だ。

 本来護衛が乗る分も場所が空いたので、護衛を雇う分の金を使って食料を買って来た。


 今、その馬車の前には一緒に旅をした傭兵達が居る。

 まだ荷物は降ろされていない。

「出張費が出なくなったから、君達が頑張った分の上乗せも出来なくなった。すまない」

 サディスは傭兵達に頭を下げた。


 自分が帰路の護衛を雇わなかったせいで、傭兵達には苦労させてしまった。自分の出張費を傭兵達に全額渡す約束をしていたのだ。

 怒るかと思った傭兵達は、頭を下げ続けているサディスの肩をポンと叩いた。


「他の傭兵から王都の状況を聞いた。俺達は辺境へ行き、隣国へ抜ける事にした」

 サディスが顔を上げると、傭兵がニヤリと笑っていた。

「アンタと辺境へ行ったお蔭で、向こうのが魔物が弱いし少ないと知る事が出来た。金よりもその情報の方が有り難い」

 傭兵の本店との契約は、明日に切れるという丁度良い機会だったそうだ。


 辺境から隣国へ行くには、荒野を通らなければいけない。

「護衛が乗るはずだった場所に乗せて来た余剰分の食料は、まだ報告してないから」

 サディスはその分を傭兵に渡そうと思った。旅をするには食料は必要だし、今の王都ではそれを確保するのが難しいだろう。

 おそらく旅行用の携帯食料など、更に手に入りにくいと予想出来た。



 出張時の護衛費には道中の彼等の宿代や飲食費も含まれるので、領収書が無くても許される金額がある。いつもは余るときちんと返していたそのお金を、今回は使い切ったと申告して余剰分の買い入れ金額の補填に使うつもりだった。


 横領? だから何だ。

 先に正しい出張費を払わなかったのは、社長だ。

 罪悪感は湧かなかった。




「この店に、大量に食料が納品されたと聞いた」

 王宮からの使者が店に来たのは、傭兵達が余剰食料を持って辺境へ向かった翌日だった。

 魔核を捨てた件と、食料を勝手に買って来た件の責任を取って、出張に行っていた職員が辞めた翌日でもあった。

 勿論、退職金などは払われていない。


「人脈ですかな。このご時世に命懸けで食料を買い付けて来た職員がいたのですよ」

 ハッハッハッと社長が使者へと話す。

「では、その食料は王宮へ献上するように」

 使者は書類を社長へと提示した。


「献上!? 無料タダで渡せと?」

 社長が抗議しようと立ち上がるが、使者の横に居た騎士がその喉元に剣を突き付けた。

「国王陛下が飢えても良いと?」

 使者が社長を見下す。

 それとこれとは話が別だ! と思っても、喉元に剣があるので何も言えない。

「解ったな?」

 使者に言われて、社長は頷くしか無かった。



 その商会が大量の食料を安価で手に入れた情報を王宮に流したのは、傭兵の情報網だった。

 そして勿論、王宮が理不尽に食料を献上させた事も、商人の間で話題になった。

 王宮としては自国の商会だから良いだろうとの、甘えがあったのかもしれない。

 しかし商売に貴賎なし、と容赦の無い他国の商人達がアッロガンテ王国から手を引くのは当然だろう。


 益々廃れる王都。


 そして、辺境の聖女の街の噂が王都に届いたのがこの頃だった。

 まだ移動手段があるうちにと、傭兵や商人の荷馬車に乗る住人達。


 増えるウサギ、ウサギ、ウサギ。




 聖女の街から隣国へ抜け、最初にウサギから人間に戻ったのは、傭兵団と一緒に移動していたサディスだった。

 真面目に仕事をしていたサディスは、付き合いのあった隣国の商人達にも信用があった。表に出られないサディスを裏方として雇った商会は、聖女の街のウサギの情報を信用できる商会仲間へと流した。


 情けは人の為ならず。

 自分の行いは、必ず自分へ返ってくるのである。



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